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二十一話 「復讐計画書」

 僕にはある程度、他人の気持ちを読むことができると思っていた。そう思い上がっていた。だけど僕には、大切に思っていた相手の心さえ分かっていなかった。僕は誰かを助けている。僕は誰かに頼られている。僕が誇りに感じていた自分は幻想でしかなかった。

 三人のためと思って僕がしたことは、上手くいったように僕には思えていたけど、三人にとってはそうじゃなかったのかもしれない。僕は状況をコントロールできているつもりだったけど、一歩間違えば大変なことになっていた危うい状況だったのかも……。


 結論の出ない考えに取りつかれ、堂々巡りしている内に、僕は学校から十数キロ離れた海岸まで歩いていた。ここから母さんのいる病院までは、学校までの距離の半分ほどだ。周囲がうっすらと明るくなった頃に病院に着いた僕は、


 母さんの死を知った。

 

 僕は、母さんと、僕の中だけにいた三人の親友を、全て失った。




 何日も、自分の部屋でただボーっとしている。自分の中から、以前は溢れるほどあった何かをしたいという気持ちがなくなっていた。


 数日が経って、僕の家に電話がかかってきた。前の学校で同級生だった原瀬、僕がメトロと名付けた親友からだった。誰からか母さんの死を聞いて、心配してかけてきてくれたのだ。

 僕はメトロが僕の子分のような態度を取るのが我慢できなくて、転校する前にわざと大喧嘩して、そのまま一度も連絡を取らなかった。僕がいなければ、またみんなに頼られるメトロに戻るはずだ。

 メトロはそんな僕を心配してくれていた。中身がからっぼになった僕にもそれは伝わった。


 母さんの死から数日経って、父さんは僕にこれからどうしたいかを聞いた。僕は前に住んでいた家に戻って、前に通っていた学校に戻りたいと言った。ここには僕のすることが何もなかった。何かができるとも思えなかった。




「あの子たちが来たよ。三人揃って」


 峰子さんが僕の部屋に入ってきてそう言った。会ってどうすればいいんだろう。親友だった三人はもういないのに。


「会いたくない」

「そういうことは自分で言うんだね」


 峰子さんは、そう言って僕の部屋を出て行った。僕は何も考えることなく玄関まで行って戸を開けると、そこに三人が立っていた。三人の顔には笑顔が張り付いていた。表情は笑っているけど、僕には全く笑っているように見えなかった。


「帰れ」


 それだけ言って戸を閉めた。その時、少しだけ心の中にチリチリしたものが浮かんだ。それが何なのか気になって、しばらく戸に手を掛けたままでいると、外から笑い声が聞こえてきた。最初はクスクスという笑いで、やがてそれは哄笑になった。

 何故笑っているのか僕にはまったく分からなかった。やはり僕には彼女たちの心が分からないんだろう。でも、その笑い声を聞いているのは怖かった。聞けば聞くほどどんどん怖くなっていく。僕は玄関から逃げ出して自分の部屋に戻り、笑い声が聞こえないようにテレビをつけて頭から布団を被った。


 笑い声が聞こえなくなっても、僕の心に生まれた恐怖は消えなかった。やがてその恐怖は、半日ほどかけて彼女たちに対する怒りに変わっていった。


 僕はいつかこの町に戻ってきたときのために、三人に対する復讐計画を立てた。その頃には、彼女たちは努力によってその才能を伸ばし、周りから認められる存在になっているだろう。再び僕と会った時に、彼女たちが少しでも僕にしたことを後悔していたら、僕は彼女たちに関わることなく生きていこう。

 でも、彼女たちが僕のことを全く気にしていなかったら、僕が彼女たちのためと思ってしたことを馬鹿にしていたら、その時僕は彼女たちに対してこの計画を実行する。

 僕は思いつくあらゆる方法を使って彼女たちを罠にはめ、負債と契約によって僕の作った会社に縛り付ける。彼女たちはその才能が枯渇するまで、僕にその才能の使い方を制限されて、利益の一部を吸い上げられ続けることになる。


 僕は何日もの間、寝る間を惜しんで関係のありそうな法律と商習慣を調べ上げ、何重にも張り巡らせた罠を組み立てて数十ページの資料にまとめた。この罠から抜け出すことは彼女たちには絶対不可能だ。僕はこの計画書を読み返してそう確信した。


 最大の障害は、僕がこれを実行できるかどうかだろう。過去の経験から考えて、何年か経てば今の気持ちは薄れてしまっているかも知れない。時の経過で僕の心境が変化して、十分考えた上で彼女たちを許すというならかまわない。だが単に忘れただけというのでは今の僕には納得できない。

 そこで僕は、この町にきてから書き続けている日記をこの計画書と共に残すことにした。僕が彼女たちをどれだけ大切に思っていたか。彼女たちに裏切られてどれだけ苦しんだか。この日記を読めば思い出すだろう。


 計画書を入れた封筒に、『歩原一華、優祈まなみ、常雷陽向、三人に与えるべき報いについて』と書くと、日記を入れた封筒と共に丈夫な金属のケースに収め、離れの床下の土の中に埋めた。

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