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二話 「日記」

「お前、彼女たちと知り合いなのか?」


 二人のいない昼休みに、部長が僕に尋ねた。


「小学校の時に同級生でした」

「普通じゃないよな、あの態度は。例え嫌っている相手でも、あそこまであからさまな言動はとらないだろ。もしかして『ツンデレ』ってやつか」

「そんなもの現実には存在しませんよ。好きな相手をいじめるなんて小学生男子ですか。嫌われていると感じたなら99%は本当に嫌われているんです」

「1%の可能性はあるのか」

「1%は分け隔てなく暴言を吐く人です。彼女たちには当てはまりません」


 しかしツンデレとは……。あれだけ人を罵倒しておいて、後で『本当は好きなの』とか言うような相手がいたら、精神科で診察してもらうことを勧めるよ。絶対に無いな。


「そんなに嫌われるような心当たりがあるのか?」

「原因があるとしたら小学校の頃だと思うんですが、あそこまで嫌われる理由となると思い当たらないんですよ」

「その頃は親しかったのか?」

「三人は僕の家に何度も遊びに来ていました。引っ越した小5の時にはほとんど来なくなっていましたが」

「三人?」

「同じクラスの常雷も来ていました」


 そう言えば常雷にも悪口を言われたな。クラス内での僕のイメージは急落したけど、あのくらいの言動なら『ツンデレ』だとしてもアリかな。万が一そうだとしても、あれから一言も話しかけてこないので進展する可能性はゼロといっていい。


「網矢。一度は偶然、二度は奇跡、三度は必然って言葉を知っているか?」

「言いたいことは分かりますが、必然の意味が違いませんか」

「つまり、その頃のお前は美少女コレクターだったのか」

「小学生の僕を変態みたいに言わないでください。一緒だったのはあの三人が幼馴染だったからです」

「……ふざけるな!」


 部長席を挟んで反対側に座っていた副部長がいきなり大声を出した。僕と部長の話を聞いていたようだ。


「何もしなくても初期パラメータから好感度の高い、美人の幼馴染が三人だと! そんなキャラ、エロゲーだって普通は一人か二人だぞ」


 エロゲーを基準に非難されるのは、すごく理不尽に感じるんですが。


「あの三人がお互いに幼馴染で、僕は幼馴染じゃありませんよ。僕は小3の2学期に転校してきたんです。彼女たちの一人と友だちになって、後はその彼女とのつながりで他の二人とも知り合ったんです」

「……ああ、そういうことか」

「三人がよく遊びに来ていたのは半年ほどで、その後は来る回数が減っていきました。僕はそれでも彼女たちのことを友達だと思っていたんですが、また転校してその学校を去る少し前に、クラスの子たちに僕の悪口を言っていたのを立ち聞きしてしまったんです」

「それって、アレじゃないか? 友だちに聞かれて『アイツのことなんて何とも思ってないから』って言う、定番のイベント」

「……フッ」


 僕は思わず鼻で笑ってしまった。


「何だよ、俺を馬鹿にしているのか?」

「彼女たちは他の女の子の前で、僕のことを、嘘つきで、マザコンで、自分たちをいやらしい目で見てると言ったんです。それも三人揃って。確かに僕は、彼女たちを女の子として意識していたし、病気だった母のことを気にし過ぎていたかもしれません。でも、彼女たちに嘘はついていません」


 他の部員もキーボードやマウスを使う手を止め、部室の中が静かになった。


「僕はもう悔しくて……、布団に潜り込んで泣きましたよ」

「……すまなかった、網矢」


 副部長が、沈痛な表情で僕に謝った。


「かまいません。こうやって人に話せるぐらいには、もう気持ちを整理できています。でも、ここだけの話にしてください」

「もちろんだ」

「もしこの話を他に漏らすようヤツがいたら、必ず調べて退部させるからな。学校の秘匿情報を扱うこの部に在籍する資格はない」

「ありがとうございます。部長」


 僕がこんな個人的な話をしたのは、今後の部活動を円滑にするためで、彼女たちの言動によって僕の立場が微妙なものになっていたからだ。多くの生徒から好意を持たれている彼女たちが僕を意識していることに対する不満と、これほど嫌われるようなことをするヤツなのかという不審が僕に向けられていた。

 部のIT資産を最大限に利用できるのは言うまでもなく部長だ。僕はいずれ部長になるつもりだが、他の部員から嫌われている者が部長に選ばれるのは難しい。そこで彼らの同情心を買うことにしたのだ。ちなみに僕が話した内容には、多少の記憶違いはあるかも知れないが大きな嘘はない。


「そうなると、彼女たちが網矢に厳しく当たる理由が分からないな」

「今言った話をどこか他でも言ってないか? 網矢が彼女らの悪口を言ってる。そう伝わったのかも知れん」

「話していません。僕は小学校の時とは苗字が変わっていて、チビだった身長も平均以上になりましたから、昔の同級生にも前の苗字で呼ばれたことがありません。ですから、昔の話をしたこともありません」

「そうか。……それなら、私が彼女たちに聞いてみよう。部内の人間関係を潤滑にするのも部長の役目だからな」




「歩原さん。優祈さん。ちょっと話をしてもいいかな」

「はい部長。わたしを呼ぶときは歩原でかまいません」

「あたしも呼び捨てにしてください」

「そうか」


 部長はわざとらしく咳ばらいをした。女の子と話すのはやはり少し緊張するようだ。


「話というのは、君たちの他の部員に対する言動についてだ。もっとはっきり言えば網矢に対する発言が少し厳しすぎないかということだ。何か理由があるなら話してくれないか」

「学校から依頼された仕事でお忙しい部長に、余計なご心配をかけて申し訳ありません。でも、発言が厳しすぎるというのはどのようなことでしょうか。私たちとしては相手に合わせて適切な言葉を選んでいるつもりなので、理由と言われても思い当たることがありません」

「あたしたちの言ったことを不愉快に感じたのなら、部長を巻き込まずに直接言ってもらいたいですね。小学生が先生に言いつけるような、みっともない真似はして欲しくないです。もしかして日本語が不自由な方だったんでしょうか。この前は普通に話していたので気付きませんでした。ごめんなさい」

「その辺でもういい」


 部長は僕が受けるダメージを気にしたのか、話を切り上げようとしたが、僕はその会話を続けて、彼女たちの考えを探ることにした。


「優祈さんの言う通りですね。部長、お手数をお掛けしました。優祈さん、話を聞いて頂けますか」

「あ、はい」

「今、僕に日本語が不自由なのかと言われましたが、貴方は本気でそう尋ねた訳ではありませんね。僕が貴方とのコミュニケーションを避けようとしたことへの皮肉と理解しました。その解釈でよろしいですか?」

「……はい」

「おそらく僕に何か非があったのだと思いますが、申し訳ないことに僕にはその原因が思い当たりません。貴方がそれを口にしたくないなら、僕が何をしたら貴方の気が済むのか、それだけでも教えて頂けませんか」


 優祈が困った顔で歩原を見ると、歩原は僕に向かってこう言った。


「網矢さん。ほとんどの女性はゴキブリが嫌いです。おそらく不潔なイメージがあるからでしょう」

「……? そうでしょうね」

「では無菌の環境で卵から育てたゴキブリであれば、女性にも触れることができると思いますか? 無害と分かっていても私には無理です」


 その時、僕の顔は引きつっていたと思う。




 学校からの帰りに、僕は峰千家に立ち寄った。峰子さんから渡すものがあるとメールが来たのだ。


「これがポストに入ってたのよ」


 そう言って峰子さんは、僕にA4サイズの用紙が入る角形2号の封筒を渡した。表には『千宝和真様』とだけ書いてあって、住所はなく切手も貼っていない。誰かが直接ポストに入れたのだ。

 封を開けて中を見ると、文字を印刷した紙が百枚ほど入っていた。一枚目を読んで、それが僕の昔の日記だと分かった。日付を見ると、僕が小4になった頃から始まり、転校する少し前で終わっていた。最後のページの最後の行にはこう書いてあった。


『今のこの気持ちを忘れないために、この日記を計画書と共に残すことにする』


 計画書? 封筒の中をもう一度調べたが、その計画書らしいものは入っていなかった。日記と言っても、あの頃の僕は毎日書いていたわけではない。書き残したいことがあったときだけなので、日付が一週間以上抜けていることもあった。

 もう一度最後の日付を確認すると、それは僕が母の死と彼女たちの裏切り(当時の僕はそう思っていた)に打ちのめされた日だった。その後は夏休みということもあって、僕は一週間以上部屋に引きこもっていた。あの頃のことはよく覚えていない。


 僕はその日記を家に持ち帰り、自分の部屋で最初から読みながら、あの頃のことを思い出してみた。

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