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十八話 「スケベ」

回想の終わりにむかって、ちょっとつらい展開になるので、ここから数話は短い間隔で更新します。

「友だちに我慢させるのって、良くないと思うわよ」


 いきなり母さんが僕にそう言った。何のことだろう、と思いながら母さんの方を見る。


「……わかってないか。まあその内、和真も気付くでしょ」




 気が付くと一華の胸を見ていた。あわてて視線を一華の顔に戻す。一華がそれに気付いていないとは思えない。僕がまなみや陽向に対して同じ行動をとっていないのは、おそらく彼女たちの胸の大きさの違いが影響しているのだろう。


 僕がこれまで読んだ本の中には、性行為を文章で詳しく描写しているものもある。ネットを検索すれば性行為そのものの動画も簡単に見つかる。今までそう言ったものに興味のなかった僕は、自分がそういうタイプの人間だと思っていた。しかしそうではなかったわけだ。

 確かに僕は、第二次性徴の発現があっても早すぎない年齢だ。こんな風に女子の体に触れたり、女子の裸を見たいと思うのは、自然な生理現象なのだろう。もちろん、思うことと実際に行うこととは別で、自分の欲望に従って他人を傷つける行為は許されない。


「ドゥクス?」

「ああ、ごめん」


 一華と指した将棋の感想戦をしていたのに、僕は一華の話を聞かずに、一華が知れば傷つきそうなことを考えていた。なんとか本能から離れて理性で自分をコントロールしようとしているんだけど、気を抜くといつのまにか一華の胸を見ている自分に気付く。

 もしかして、母さんが言ってたのはこのことか。


 僕は、僕の知っている人が傷ついているのを見るのが嫌いだ。親しい相手ほどその思いは強くなる。僕が一華と出会ったときに彼女に対するいじめを止めたのは、それほど強い気持ちがあったからじゃない。不愉快だから止めさせたい、その程度の気持ちだった。


 まなみの時は事情が違った。一華はすでに友人で、まなみは一華にとって大切な人だ。僕に助けないという選択肢はなかった。ただし助けた手段については褒められたものではない。守川さんの人柄をよく確認してから行動していれば、僕がケガをすることもなく、それによって彼女たちを悲しませることもなかった。

 失敗した理由は明らかで、彼女たちが傷ついているところを見るのが一日でも我慢できなかったからだ。


 さらにひどかったのが陽向の時で、自分でもやりすぎだったと思う。陽向の意思を尊重していたとは言えない。失敗を避けるために幾つも手を打ったけど、その打った手の中には、陽向の父へのメールや119番の通報など合法と言えないものもあった。

 投資会社に対して使った策は、守川さんには違法な行為をさせないよう配慮したものの、指示した僕の方は大人なら罰を受けることになるような行為だった。しかしまた同じようなことが起これば、僕はまた同じようなことをするだろう。


 回りくどい話になったけど、僕が何を言いたいかというと、僕は一華を傷つけるような行為はしないということだ。一華が僕に胸を見られることを嫌がっている、ということがはっきり分かれば僕はもう一華の胸を見ないだろう。一華を傷つけることへの不快感が,性的な欲求より大きいからだ。

 でも一華は、僕が彼女の胸を見ていることに気付きながら気にするそぶりを見せない。本当に気にしていないのかもしれないが、僕に気を使って我慢している可能性もある。


「一華。ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「なに?」

「以前、まなみが悩んだように、親しい人に恥ずかしいことをされたらどうする?」

「ドゥクスに助けてもらう」

「……そうか」


 以前なら、僕は一華に対して上手くごまかしながら気持ちを確認しただろう。しかし今の僕は彼女たちに対して嘘をつかないと約束している。嫌がっているかもという可能性だけでは、僕の無意識の行動は止められない。


 僕は彼女たちを親友だと思っているが、親友にそのような感情を持たれるのは不愉快だと思う。例えば前の学校の親友が、僕の体に触れたいとか、僕の裸を見たいとか言ったら僕はどう感じるだろう。

 ……ダメだ。一華に対する罪悪感が強くなってきた。いや、僕はただ胸を見ているだけで、胸を見られるだけなら僕はそれれほど嫌じゃない。……というのは詭弁だな。男が女の子の気持ちを推察しようとすること自体が間違いなのか。


 もしかするとこれは、僕が一華に恋をしているのかもしれない。一華は確かに同年代の中では胸が大きい方だが、……たぶん大きい方だと思うが、年上なら一華より胸の大きな女子も珍しくない。

 しかし僕は、他の女子の胸を見つめていた覚えはない。これは僕が、一華に対して特別な感情を持っていることを示しているんじゃないだろうか。




 そう思っていたら、まなみの短いスカートにも目を引かれている自分に気付いた。やはり単に発情していただけのようだ。しかも状況はさらに悪くなった。

 まなみが自殺しようとしたのは、守川さんに性的ないたずら(と、まなみは思っていた)をされたせいだ。そのことを知っていて、苦しんでいたまなみを助けた僕が、まなみに性的な関心を持っていると知ったら、まなみはどう思うだろう。人間不信になるかもしれない。


 しかし変じゃないか? どうして彼女のスカートはこんなに短いんだろう。夏の頃だってこんなに短いスカートじゃなかったはずだ。


 いや。今は外を歩くときには丈の長い上着を着ているから、その下のスカートは短くてもいいのか。つまり僕の前なら大丈夫だと信頼してくれてるのか。


 でもだ。部屋の中は間違いなく夏より気温が低くなっている。スカートを短くする理由があるのか? いや。そもそもスカートを短くするのに気温は関係あるのか?


 だめだ、僕にはよく分からなくなってきた。


「ドゥクス。タイムを計って欲しいんだけど」

「ああ陽向。分かった。すぐ行くよ」


 そうだ、もし困っていたら、一華やまなみは陽向に相談するんじゃないか。


「なあ、陽向。一華やまなみが、僕のことで悩んでいる様子はなかったか?」

「何か相談していたよ。最近ドゥクスがどうだとか。オレには詳しく話してくれなかったけど」


 やはりそうか。早く聞いておけばよかった。


「ありがとう。今聞いた話は、二人には内緒な」

「……ああ」




 予想通り、僕の性的欲求は、彼女たちを傷つけても平気なほど強くなかった。今日の僕は、視線が勝手に一華の胸やまなみのスカートに向くことはなかった。これで二人に不愉快な思いをさせることもなくなるはずだ。


 念のため、二人と対面している時間を減らして、その分ネット経由での協力を増やすことにした。陽向については、僕の性的関心が今のところ彼女に向かっていないこと、トレーニングを始めて日が浅いことから、現状のままでいいことにした。




 一華とまなみの元気がない。あからさまじゃないけど、以前より笑顔が減ったような気がする。もうあいつらを変な目で見たりしていないはずなんだが。


 僕が見ないようになると、まなみのスカートの長さが元に戻った。やはり僕を気にしていたようだ。何かのきっかけで短くしたスカートを、僕に見られて恥ずかしいから元に戻したかったんだろう。でもすぐに戻すと僕の目を気にしていることが僕に分かる。僕に嫌な思いをさせないように我慢していたんだろう。


 僕がしなくなったのは、一華の胸を見ないことと、まなみのスカートを見ないこと、それだけだ。僕がエッチじゃなくなったわけではない。エッチというのは可愛らしい言い方で、もっとはっきりスケベと言うべきか。そのスケベな僕が、自分では気付いてないところであいつらを傷つけているのかもしれない。


 でも色々考えたけど分からなかった。PCのカメラで自分の姿を動画で撮って、みんなが帰った後に確認してみたけど、僕には何か問題があるようには思えなかった。しかし世の中には、自覚のないまま他人にセクハラをしている人もいるのだ。

 それにセクハラかどうかは行為だけで判断できない。誰がやったかで決まる面も大きいのだ。僕はすでにセクハラの加害者だから、僕がなんでもないと思っていることで彼女たちを傷つけている可能性は十分にある。僕は二人と会話するときに、モニターを見ながら最小限の言葉で済ませるように心がけた。




 二人の元気がなくなっていく。最近はほとんど笑顔を見ることがなくなった。そんなに顔を見ているわけじゃないけど。

 何が悪いんだろう。いくら考えても分からない。

 自分の顔からも笑顔が無くなっていくのが分かる。前と同じように話せて、互いに笑顔を見せることができるのは陽向だけだ。


「母さんの具合が悪くて、そんなにひどいわけじゃないんだけど、明日は家に来てもらえないんだ」

「いいよ。一緒にいないとできないことなんて、そんなにないから。ねえ、まなみ」

「うん……。大丈夫だよ。自分だけでできることならひとりでやった方がいいから」


 そう言われると、少し寂しくなってくる。




「一華とまなみは? 今日は来ないのか」

「……ああ、ちょっと」


 二人が僕の家に来ない日が増えてきた。まあ、別に家に来なくても、ネットで将棋や曲作りの手伝いはできるけどね。……正直に言って、直接会えないのはすごく寂しい。


 第二次性徴のバカヤロー。脳のどこかをいじったら無くなるとかないんだろうか。性欲を抑える薬を調べてみると、うつ病の薬にそういう効果があるらしい。ただし他にも色々な作用があって、元の僕に戻れるわけではないようだ。

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