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十三話 「常雷陽向 #2」

 教室に戻ると、歩原と優祈が僕を屋上へ連れ出した。


「千宝さん。また何か始めたでしょう。今度はヒナのため?」

「ヒナちゃんが困ってるの? あたしたちに、何かできることない?」


 気になってることはあるけど、まだ想像の範囲だ。


「二人に何か言えるほどのことは、まだ分かってないんだ」

「小さい頃、ヒナはわたしが男子にイジメられてると、すぐに飛んで来てくれたの。それが当たり前だと思ってた。でも、そんなの友だちって言えないよね」

「あたしも何かしてもらうだけじゃなく、千宝さんやヒナちゃんみたいに誰かを助けられる人になりたい。今までそんな風に思ったことなかったけど、今はそうしたいと思う」


 できるだけ早く確認して、二人の心配を解消しないといけないな。


「僕も色々と調べてみるから、二人に手伝ってもらえることができたらお願いするよ」




 放課後になり、僕は職員室に行って常雷の担任の先生を探した。


「常雷の教科書を借りたんですが、返す前に常雷が帰ってしまって。常雷の住所を教えてもらえませんか」

「ちょっと待てよ」


 先生は職員用のPCで生徒の住所が書かれたファイルを開いた。リストにあった常雷の名前と住所の横には、保護者の電話番号とメアドも記入されていて、僕はそれを暗記した。先生にお礼を言ってから職員室を出ると、急いで校門に向かう。常雷は約束通り待っていた。


「待たせたか」

「いや。相談したいことって何だ?」

「最近二人は、学校が休みの日はほとんど、僕の家に何時間もいるんだ」

「迷惑なのか」

「全然。だけど、二人の家の人から見てどうなんだろう。急に今までと行動が変わったら、悪い友だちができたんじゃないかと心配しないかな」

「親のことが気になるんだ」

「あいつらとは、これから長く付き合っていけると思ってるから。親の目を気にして会うようにはなりたくない」

「ふ~ん」


 常雷は何だか嬉しそうな顔で僕を見た。


「一度は二人のお父さんやお母さんに直接会って挨拶しておいた方がいいかな」

「そんなことをしなくても、あいつらは付き合ってる友だちの心配なんてされないよ」

「みんな、親からは信用されてるんだ」

「まあね」

「じゃあ、常雷が家に来るようになっても大丈夫かな」

「オレが? 何でお前んちに?」

「特に仲のいい友だちが二人も共通なんだから、僕と常雷も友だちでいいだろ」


 常雷は少し考えてから言った。


「オレは、家の用事があるからダメだ」

「そうか。お母さんがいないんだよな。家事とか大変だろ」

「今まであんまり手伝ってなかったからな。それにオレは、あいつらみたいに父ちゃんから信用されてないよ。あの女の子どもだからな」

「『父ちゃん』の子でもあるだろ」

「父ちゃんはこれまで俺のことを大事にしてくれてた。口数は少ないけどオレには分かった。でも今はオレと一緒にいる時も機嫌が悪くて、話しかけると時々『うるさい!』って怒られる」


 常雷は寂しそうに言ったが、事情をよく知らない僕には彼女を慰める言葉を言えなかった。二人とも黙ったまま歩き続けた。


「陽向。友だちか?」


 買い物袋を持った男の人が、僕たちの後ろから声をかけた。


「父ちゃん! 買い物なら帰ってからオレがしたのに。夕方からまた仕事なんだろ。家事はオレがするから、ちゃんと休んどかないと」

「ついでだから」

「その時間があったら10分でもいいから寝てろよ。最近疲れが溜まってるのは見てたら分かるよ。仕事だって色々変わって無理してるんだろ。あの女のせいで」「陽向!」

「……」


 会話が止まり、僕が何を話そうかと考えている時に二人が立ち止った。ここが常雷の家らしい。


「上がっていきなさい」


 玄関のカギを開けながら常雷父が言った。お言葉に甘えてお邪魔することにした。家に入って気付いたのは、常雷のお母さんのものと思える日常生活品が結構そのままになっていることだ。物の片付け具合を見て、常雷父がものぐさな性格とは思えない。

 テーブルやテレビのある部屋で、常雷父は僕に椅子に座るように言った。ここが居間のようだ。買い物袋を受け取った常雷は部屋の奥へ入った。そちらが台所なのだろう。常雷父はテーブルの上にお菓子の入ったカゴを置いてテレビをつけた。


「麦茶と炭酸と、どちらがいいかな?」

「麦茶をお願いします」


 常雷父は一度奥に入ると、コップと麦茶の入った容器を持ってきた。僕の目にコップを置いて麦茶を注ぐ。


「陽向とは同じクラスかな。名前は」

「和真と言います。クラスは別ですが、友だちの歩原と優祈が陽向さんとも友だちなんです」


 考えがあって、苗字は言わなかった。


「ああ、あの二人か。陽向とは今も仲良くしているかな」

「最近はあまり会えなくて、二人とも陽向さんのことを心配していましたよ。前はよく陽向さんに助けてもらっていて、いつかその恩を返したいとも言ってました」

「そうか」


 常雷父は嬉しそうな顔をした。僕を家に招いたのは、常雷のことを聞きたかったからだろう。


「今朝は優祈と一緒に登校してました。教室ではちょっと眠そうでしたが、クラスの子からよく声をかけられていました。そう言えば、陽向さんは朝になるとよく頭痛がするそうですが」

「ここのところ、色々あってね。気持ちの問題かもしれない」


 会話が止まり、しばらく沈黙が続いた。


「このお菓子の入ったカゴって、お母さんの手作りですか」

「ああ。あいつはこういうのが好きでね。他にも家の中に色々とある」

「今は陽向さんと二人暮らしだそうですが、お家の中はちゃんと片付いてますね」

「妻がいつもキレイに片づけてくれていたから、使ったものを乱雑に置かない癖がついたよ」


 常雷が言うほど、常雷父は常雷母を嫌っていないようだ。


「トイレをお借りしていいですか」


 トイレの場所を聞かずに居間を出て、探すふりをしながら他の部屋を覗く。ある部屋の一角に女性誌などが積まれていて、その中に投資についての資料がまとまった数であった。一冊取って簡単に目を通す。台所に行って常雷に声をかける。


「この資料。一冊借りていいか」

「……捨てるヤツだから」


 居間に戻り、常雷父に挨拶をしてから常雷の家を出た。その後に、少し離れた小児医療の総合病院である野木病院へ電車で行く。親から頼まれたと言って委任状の用紙を一枚もらった。


「この病院のサイトには医療施設が充実していると書いてありますが、救急車で運んでもらうときにこの病院の名前を言っても大丈夫ですか。テレビとかでは受け入れを断られることが多いと聞くんですが」

「先生がいなかったり、患者さんがたくさんいる時はそういうこともありますね」

「土曜の昼間とかは、忙しいですか?」

「夜間の救急でなければ、断ることはほとんどありませんよ」




 家に帰ってからメールを書き、職員室で見た常雷父のメアドに送った。


--------

 小見小学校で保健を担当しております千宝です。お忙しいとのことで、メールでの連絡となったことをお許しください。

 今回お伺いしたいのは、常雷陽向さんの健康状態についてです。最近一か月のご家庭での様子について、該当する番号があればお答えください。


 1.よく頭痛がする

 2.よく熱が出る

 3.何度か吐いたことがある

 4.ふらついたり、つまずいたりする


※ このメールは回答を強要するものではありません。現時点では、お子様の健康に対するご心配も不要です。

--------


 僕は保健委員だからクラスの保健を担当している。常雷とは別のクラスだけど。十数分後に返信があった。


--------

 常雷陽向の父の常雷誠です。

 娘の健康状態ですが、1、3、4が該当しています。何か娘の体に問題が起こっているのでしょうか。

--------


 二時間ほど待ってから、またメールを送る。


--------

 ご回答、ありがとうございます。

 メールにも書いていますが、現時点で何か問題があると分かったわけではありません。

 常雷さんは最近、環境に大きな変化がありましたから、一時の心理的な症状である可能性も十分にあります。

 今後の対応については、後日ご連絡いたします。

--------


「母さん。友だちのことで相談したいことがあるんだけど」

「友だちって、歩原さんや優祈さん?」

「その二人の友だちで常雷っていうんだけど、もしかすると病気かもしれないって思ってる。病院に行って検査するには保護者の付き添いが必要だけど、常雷の家は離婚したばかりでお父さんは忙しいんだ。常雷のお父さんから委任状を預かったら、母さんが代りに常雷を病院で受診させてくれないかな」

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