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十二話 「常雷陽向 #1」

 歩原が廊下で、珍しく別のクラスの男子と話をしていた。その男子は、前に優祈と一緒に登校しているのを見かけたことがある。歩原が僕に気付いてこちらへ歩いて来ると、その男子も一緒についてきた。


「この人が前に話した千宝さん。それで、こっちはわたしやまなみの友だちの常雷陽向じょうらいひなた


 名前が陽向って女なのか? そう思ってみても、常雷はちょっとかっこいい感じの男子に見える。


「あんたが千宝さんか。イメージと違ってチビだな。もっと大人っぽい感じかと思ってた」

「ちょっと、ヒナ!」


 ああ、この子がヒナなのか。二人の会話に何度か出てきた女の子だ。ヒナっていうから雛鳥を連想してもっと可愛いイメージだった。よく助けてもらったとも言っていたけど、確かに頼りになる感じだ。


「初めまして、常雷さん。歩原とは付き合いが長いんですか?」

「友だちだと思ったのは、幼稚園の年長からかな。それと、オレを呼ぶときは常雷か陽向でいい」




 昼休みに僕がトイレから教室に戻ろうとしていると、常雷が声をかけてきた。


「話をしたいんだ。いいかな」


 僕はうなずくと、常雷の後を付いて玄関で靴を履き変え、人のあまりいない中庭の方に出た。途中で何かにつまずいて、常雷は履き潰していた靴のかかとを履き直した。


「一華とまなみを助けてくれたんだって。ありがとうな。オレは二人が困っていた時に、自分のことばかり考えていて何もしなかった。友だちとは言えないな」

「何があったのか聞いてもいいかな?」

「母親が男を作って家を出たんだ。もう二ヶ月ほど前にケリはついたけどな」

「離婚して、常雷はお父さんと残ったのか」

「あんな女について行くわけねーよ」


 常雷は吐き捨てるように言った。


「オレの母親には親の残した借金があって、父ちゃんはそれを承知であいつと結婚した。苦労してほとんど返した頃にあの女は……。父ちゃんが仕事ばかりで寂しかったって、ホント、バッカじゃねーの……」

「二人にその話はしたのか?」

「……いや。言ってもしょうがないし」

「話さない方がいいのか?」

「ああ……。できればそうして欲しいかな」

「二人に話したくないことを、知り合ったばかりの僕に話していいのか。常雷にそこまで信用してもらえる理由が分からないんだけど」


 そう言われて、常雷は腕を組み考え込むようなそぶりを見せた。


「あいつらと話して、あんたがあいつらに何をしてくれたかは聞いた。オレはあんたを信用していい奴だと思ったよ」

「ほんと? そう言われるとすごく嬉しいな」


 常雷は、校舎に戻る時にもまたつまずいた。運動神経は良さそうに見えるんだが。




 登校中に常雷を見かけた。優祈と一緒だが、何だか不機嫌そうに見える。


「おはよう。優祈。常雷」

「おはよう。千宝さん」

「おはよう」


 常雷と別れて教室に入ってから、僕は優祈に尋ねた。


「常雷がずっと静かだったけど、何かあった?」

「前にヒナちゃんに聞いたんだけど、朝はいつもちょっと頭が痛いんだって」

「昔からそうだった?」

「3年までは朝から元気でよく話しかけてきてた。今年になってからは学校を休むことが増えて、一緒に登校しなくなった。最近はまた一緒に行くようになったけど、今朝みたいにあまり話さなくなった」




 昨日は何もない所でつまづいていたし、どうも気になる。給食を急いで食べると、僕は常雷がいる3組の教室に向かった。常雷はまだ給食を食べていて、見ていると箸を慎重に使っていた。常雷が僕に気付いたので、片手を上げて彼女の席に向かった。


「ずいぶんとゆっくり食べるんだな」

「前はもっと早食いだったけど、この頃はよく噛んで食べることにしたんだ」


 朝の不機嫌さは消えて、僕に愛想よく話しかけてくる。


「鼻の頭に何かついてるよ」


 僕は自分の鼻を指差しながらそう言った。常雷がまず触ったのは鼻ではなく頬だった。それから手のひらで顔全体をこすった。


「ああ、取れた」


 僕がそう言うと、常雷はまた給食を食べ始めた。僕の疑念が大きくなった。僕は母さんの病気が気になって、色々な症状について図書館の本やネットで調べ続けたことがあった。小脳の機能に問題がある場合、一発で自分の指を自分の鼻に持っていくのが難しくなると、何かで読んだことがある。


「常雷。頭の具合は大丈夫か? 病院でちゃんと検査してもらったか?」

「……何だよ」


 常雷の手が止まり、僕をにらんだ。


「優祈から聞いたよ。最近よく頭痛がするんだろ。2~3日ならいいけど、もっと痛みが続くときには病院で見てもらった方がいい」


 そう言うと、常雷の表情が緩んだ。


「痛みが気になるのは朝だけで、そんなにひどくないんだ。痛みが何日か続いた時に病院で見てもらったら、風邪だろうって言われたよ。オレ、病院って苦手なんだよな。金もかかるし、忙しい父ちゃんに付いて来てもらわないといけないから」


 給食を食べ終わり、食器を片付けて戻ってきた常雷は、また席に座ると大きなあくびをした。


「眠そうだね」

「最近、ずっと眠いんだ。布団に入ってもなかなか眠れなくて」

「そういう時は、昼寝をするといいらしいよ。5時間目まで15分ぐらいしかないけど、昼寝はそのくらいの時間の方が長く寝るより効果的だって」

「そうか。それじゃ悪いけど少し寝る」


 そう言うと、常雷は手を枕にして机に突っ伏した。


「今日の放課後。何か用事がある?」

「いや」

「だったら一緒に帰らないか。あいつらのことで相談したいことがあるんだ」

「いいけど」

「じゃあ、終わって三十分ぐらいで行くから、校門のところで待ってて」


 常雷は顔を机に伏せたまま、その手を上げた。

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