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十話 「優祈まなみ #4」

 守川さんに言った通り、次の日は体調が悪いという理由で学校を休んだ。鏡を見ると顔全体が腫れあがり、左目の周りに目立つアザができていた。体には背中を中心に無数の青アザができてズキズキと痛み、左足首が軽いねんざのようになっていて歩くのが辛かった。


 当然だけど、母さんにはケガの理由を聞かれた。


「友だちのために正しいと思うことをした。他の人にケガはさせていない」


 そう言うと、母さんはそれ以上何も言わなかった。自分の親ながら、ちょっと物わかりが良すぎるんじゃないかと思う。体中、特に背中に冷湿布をたくさん貼って、左足首にはテーピングをしてもらった。

 打ち身で熱を帯びている体には、外から吹き込む風が気持ちよかった。短パン一枚になった僕は、縁側に薄い布団を敷いてそこに寝転んだ。背中が痛いのでうつ伏せだ。昨日は体の痛みでなかなか眠れなかったから、こうしているとまぶたが重くなっていく。


「千宝さん!」


 大きな声で目が覚めて、眠っていたことに気が付いた。目の前の庭に、驚いた顔の歩原と優祈が立っていた。何故ここに二人が? 居眠りしていたとしても、まだ昼前のはずだ。……時計を見るともう二時を過ぎていた。金曜ならもう授業は終わっている。


「おはよう、といっても昼過ぎか。気持ちのいい天気だね」

「ひどい……。お兄ちゃんが?」

「ああ、これ? 本当は大したことないんだけど、母さんが心配してこんな大げさな手当てをして」


 取り繕う僕の言葉に効果はなく、優祈は涙ぐんだ目で僕を見ている。変に誤解されても困る。僕が何をしたのか正直に説明した方が良さそうだ。


「守川さんは最初から手加減をしてくれていて、相撲の稽古みたいにコロコロ転がされただけなんだけど、僕が体が動かなくなるまで守川さんに突っかかるのを止めなかったから、塵も積もればというわけで、こんな打ち身だらけになったんだ」

「どうして」

「守川さんに、僕が真剣に優祈のことを考えていると伝える必要があったんだ。ずっと年下で会ったばかりの僕だよ。そうしないと、言葉で相手を説得することなんて出来ないから。でも守川さんは話の分かる人で、優祈のこともすごく大切に思っていた。本当はここまでする必要はなかったんだけど、僕にはそれが分からなくてね。いわゆる骨折り損というやつかな。折れてないけど」

「あたしのせい?」

「優祈は会ったばかりの僕のことを信用して任せてくれて、歩原は僕のことを『わたしと同じくらい信用して』とまで言ってくれて、これでダメだったらカッコ悪すぎだろ。僕がいいとこを見せようとしてね。ちょっと失敗したんだよ」

「失敗なんかじゃない!」


 優祈がいきなり大きな声を出したので、ちょっと驚いた。


「昨日お兄ちゃんがきて、あたしが勘違いしてたことを全部説明して、それで涙まで流して謝ってくれたの。死のうとしたことでお姉ちゃんにはものすごく怒られたけど、その後であたしを抱きしめて一緒に泣いてくれたの。千宝さんには、どうやったら伝えられるのか分からないぐらい感謝してる」

「わたしも、まなみから聞いてすごく嬉しかった。どうしてもすぐにお礼が言いたくて来たの」


 うーん。ちょっと評価が高すぎるよ。もしかして、僕が謙遜していると思ったんだろうか。


「感謝してくれるのはすごく嬉しいんだけど、僕に伝える時はもう少し控えめにしてくれないかな? 嬉しすぎて、何かあった時にもっと頑張っちゃうよ、僕は。これ以上頑張ると、さすがに身の危険を感じるから」


 僕がそう言うと、二人は困ったような顔をした。


「もう少しましな格好に着替えるから、歩原は優祈と僕の部屋へ行ってて。……あっ、歩原。優祈を部屋に連れて行ったら、一度ここに戻って来て」


 しばらくすると、襖を開けて歩原が入ってきた。


「ごめん。体が痛くて起き上がれない。手伝って」


 ああ、すごくカッコ悪い。何とか着替え終わって、優祈の待つ僕の部屋に移動した。


「お待たせ」

「おじゃましてます」

「まあ、座ってよ」


 部屋の真ん中にあるこたつ兼用テーブルの周りに、座布団を一枚追加する。優祈は僕の正面。歩原は左側に座った。優祈はかなり緊張している様子だ。


「えっと。何か飲み物でもいる?」

「いえ、お気遣いなく……。ああっ!」

「どうしたの!」

「お見舞いに来たのに、あたし何も持ってこなかった。どうしよう……」

「わたしも……」


 お見舞いだったのか? お礼を言いに来たんじゃなかったっけ。そう言えば、学校には体調不良で休むって言ったんだよな。体調が不良なのは本当だし。


「気にしなくてもいいよ、ホントに」

「でも……。あ、このお家、ピアノがありましたけど」

「母さんが子どもの頃に使ってたらしいよ」

「お礼に何か弾いてもいいですか?」

「弾けるんだ。……調律とかしてるのかな?」


 優祈が何度か鍵盤を叩いて音を確認する。


「大丈夫です。それじゃあ、いいですか?」

「はい。お願いします」


 優祈がピアノを弾き始めた。聞いたことのない曲だったが、優祈の腕は予想以上に上手かった。弾き終わった優祈に、歩原と一緒に拍手する。


「上手かったよ。何て曲だったの?」

「ええと。『千宝さん、ありがとう』かな」

「えっ。もしかしてオリジナル?」

「優祈は昔から、曲を作るのが好きなのよね」

「そうなんだ。だったら僕の作った動画に曲を付けてくれないかな」

「動画?」

「うん。無料ソフトで幾つか作ってみたんだけど、曲の方が残念な出来なんだ。ちょっと見てもらえるかな」

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