なつやすみ
―夏休みは、キラキラしていてとても楽しい。
しかし、だから儚く感じてしまうのだと誰かが言った。
キラキラと輝くあの夏休みの出来事を、彼女達はきっと永遠に忘れることはないだろう。
氷華、寧々、瑠璃、鈴乃。
彼女達の運命の歯車は、もうすでに廻り出していた―
蒸し暑いある夏の出来事 氷華
「氷華~!助けて~!数字が襲ってくる~!」
甘えたようなその声に思わず頬が緩む。
…ん?襲われた…?
「誰に!?」
この私を差し置いて、純粋無垢な彼女を襲うなんて!
たとえ神が許しても、この冷徹生徒会長の冬野氷華が死んでも許さない!
「誰に襲われたの!?言いなさい!寧々!」
「へ!?」
寧々は顔からつま先まで真っ赤にして
「ち、ちがうもん!氷華のH!」
「は?」
「ひ、氷華には、絶対言わないもん!べーっ!」
そう言うと、寧々は私に舌を出してどこかへ行ってしまった。
「寧々!?」
しまった…。
彼女が純情で、そのテの事は全く知識がないということをすっかり忘れていた。
完全に嫌われた…。
私はしばらく生徒会室の隅で沈んでいた。
彼女といると、いつも調子が狂ってしまう。
私は髪をかき上げて、ため息をつく。
―あのね、私氷華のこと大好きなの。
柔らかく微笑んで、私の心を一瞬で奪ってしまった。
彼女はいつも優しくて、でもどこか寂しそうだった。
―私も、寧々のことが大好きよ。
それは、私なりの精一杯の告白だった。
彼女は全く気付いてなかったけれど。
―わあ、それじゃあ私達「同じ」だね。
彼女はそう言って笑った。
「あの…生徒会長さん…。」
後ろの方からまるで鈴のように涼しげで、綺麗な声が聴こえた。
まあ、寧々の甘い声には敵わないけれど。
「物陰に居ないで出てきたら?」
私は後ろを見ないで言う。
「………………………………………。」
すると背後に人の気配を感じて振り向く。
「―!」
不覚にも、その可愛らしさに息を呑む。
肌は天使の羽根のように白く、夏服のセーラーの紺のスカートが白く細い彼女の脚の白さを際立たせている。
大きな瞳を縁取る長い睫毛と、明るく少し茶色がかった瞳。
そして、ツインテールで明るい茶色の綺麗な髪。
正直に言おう。
とても可愛かった。
「…なんだ、可愛いじゃない。…あなた誰?」
一瞬目を奪われた私は、我に返りおそらく誰もが最初に口にするであろう言葉を言った。
「夏山、瑠璃…。べ、別に生徒会長さんをつけていた訳じゃないんですよ!?
ただ、あのう…そのう…」
しどろもどろになりながら彼女は言う。
「ここは生徒会室よ。生徒会室で嘘は罪だと教えたつもりなのだけど。
それに、私嘘は大嫌いなの。
覚えておいて。」
すると彼女は泣きだしそうな顔になって
「うううっ…。」
そういうと、突然何かのスイッチがはいったかのようにいきなり喋り出した。
「べ、べつに生徒会長の大大大ファンでっ!つ、つけてた訳じゃないんですからね!
せ、先生から生徒会室に用事頼まれて「ラッキー」なんて思ってないんだから!
な、なによっ生徒会長さんなんてよく見たらそんなに美人だし…あれ?
す、スタイルだって良いし…あ、あれぇ?
と、とにかく第二生徒会室に用事があっただけなんだから!
せ、生徒会長さんになんか全然興味ないんですから!」
「第二生徒会室は、ここじゃないわ。
南校舎の端よ。」
すると、彼女は大きな瞳をさらに大きく見開いて
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
―絶叫した。
なに、この子。変な子…。
でも、何故か目が離せない。
私は会議用の椅子をひとつ出す。
「座って。」
すると彼女は激しく首をふって
「いい。」
「いいから。座って?」
「いい!」
この子、意外と頑固なのか。
少し寧々に似てる。
寧々を思い出すたびに、胸が甘く痛む。
「生徒会長さん…?なんで笑っているんですか?」
笑っている…?
私が…?
私は窓から景色を眺める。
「………………………私にも、分からないわ。」
どうして彼女に恋をしたのか。
どうしてこんなに彼女に執着するのか。
どうして彼女は私を好きじゃないんだろうか。
全て、分からない。
勉強も、運動も生きてきた中で分からないことなんて一つもなかったはずなのに。
「生徒会長さん…。」
彼女は一瞬切なそうな瞳をして何かを言いかけたが、やめてしまった。
「…暑いですね。」
「…ええ…。」
蒸し暑いある夏の日。
窓の外では、私の愛する寧々が友達と仲良く話していた。
(可愛い…。)
寧々が好きだ。
その気持ちは初めて出会ったときから変わってはいない。
もう、寧々以外の女性を好きになる気なんて全く無い。
きっと、永遠に。
「生徒会長さん…。」
後ろから、夏山さんの声が聞こえた。
「ああ…。夏山さん…。」
「瑠璃。」
彼女―瑠璃は涼やかな声で言った。
「瑠璃って、呼んで…、。」
「る…り?」
すると、瑠璃は淡く微笑んで
「ありがとう。氷華…。へへっ、ちょっと長居しちゃった。
先生に怒られちゃう。
用事があるから帰るねっ!
バイバイ!…さよなら。氷華…。」
瑠璃は儚げに微笑んで部屋を出る。
「ええ…また明日…ね?」
瑠璃はこちらを振り返って、また儚げに微笑む。
「…ん。また、逢えたら…ね。」
そう言って去って行った。
その姿は儚げで、目を離したら消えてしまう蛍の光のように輝いていた―
残された私は、残りの仕事を片づけて生徒会室を出る。
すると、前から歩いてきたとても長い髪の女子がすれ違い様に言った。
「あなたなんて大嫌い。瑠璃を盗ったら一生許さない。」
すれ違っただけだったから、顔までは判らなかったがあからさまに敵だと思われていることは直感で分かった。
「あなた―」
誰なのと言いながら振り返るともうそこには彼女の姿は無かった。
初めてだった。
生きてきたなかで、こんなに人からあからさまに敵だと思われるのが。
彼女は一体何者なのだろう。
やけに煩い蝉の声は、まるでこの後に起こるあの事件を予兆しているようだった―
蒸し暑いある夏の日の出来事 了
あの子のホント 寧々
―今日はあの子来てるかな?
借りた本を持って図書室へ歩く。
最近知り合ったあの子は、髪がとても長く濡れたように黒く艶やかな髪をしている。
カウンターによくいるから、図書委員なのかもしれない。
カラカラ…。
図書室の引き戸を静かに開ける。
本当は氷華も誘って行きたかったけれど、なんだか生徒会の仕事が忙しそうだったから一人で来てみたのだった。
「失礼しまー…ひゃあっ!」
―どてん!
足がもつれて、思い切り転んでしまった。
「いてててて…。」
私は筋金いりのおっちょこちょいで、よく氷華に助けてもらっている。
「うううっ…血がでちゃった…。」
今日は本当についてない。
苦手な数学の授業では先生に急に指されるし、給食は私の番で野菜が足りなくなるし、助けを求めに行った生徒会室では氷華に変な誤解をされてしまった。
挙句の果てには大好きなあの子の前で転んじゃうなんて…。
ドジすぎるにも程がある。
「…大丈夫?」
不意に視界に、白くて、細い手が現れた。
驚いて思わず見上げると、あの子がいつも通りの無表情な顔でこちらに手を差し出していた。
「え…。」
すると、彼女は形のいい眉を少し顰めて
「…大丈夫って言ったんだけど…。迷惑だったのなら良い。」
まるで電子機械音のように不思議と耳に残る声でそう言った。
「えっと…ありがとうございます。」
彼女に支えてもらって、ようやく立ちあがった私がお礼をいうと
「別に、お礼言われるようなことなにもしていないけれど。」
そういってカウンターへ行ってしまった。
ギュウッと心臓が痛くなった。
頬が赤く、熱く火照っているのがわかる。
どうしよう。
私は、彼女が好きかもしれない。
煩い蝉の声は、まるで私の心臓の音みたいだった。
あの子はどんな女の子なんだろう?
名前は?嫌いなものは?もしかしたら本が好きなのかもしれない。
もしかしたら、好きな人もいるかもしれない。
そんな風に思ったら、何故か涙が溢れてきた。
どうしよう。
私は彼女が、涙が出るほど大好きなんだ―
彼女の好きな人を知ったのは、その次の日の放課後だった。
「鈴乃!今日も図書当番だよね?」
ふいに鈴の音のような綺麗な声が聞こえた。
「うん…。帰りが遅くなりそう。」
「そっか~、待ってようか?」
「いい。先に帰ってて。」
「了解っ!じゃ、私は生徒会室に寄ってから帰ろうかな~!」
「いってらっしゃい。生徒会長に会えるといいわね。」
「うん!またね~!」
あの子の声だ!
そう思って声のした場所を探す。
すると、一つの教室から茶色い綺麗な髪の女子が出てきた。
―あそこかな?
そう思ってその女子が去ってから、その教室へ行く。
すると、あの子が窓を見ていた。
(あの子だ…!)
すると、あの子は涙をながしながら薄い唇で何かを言っていた。
「行かないで。誰のものにもならないで。」
その瞬間、彼女が誰を好きなのか解ってしまった。
ううん、きっと本当はもっと前から解っていた。
彼女の好きな人は―
「誰がそこにいるの…?」
一瞬、耳を疑ってしまうくらい冷たい声が聞こえた。
「ねえ、誰…?瑠璃?それとも冬野?」
そして、しばらくして彼女が思いついたように言った。
「もしかして、今日の放課後図書室で転んだ…?」
その瞬間、彼女の放つ雰囲気がガラリと変わった。
そこにはあの少しでも力をいれたら壊れてしまうガラス細工のような儚げな雰囲気は無く、しかし憎しみの感情も無い。
「無」の感情だった。
それは、ゾッとするほど冷たくて思わず身震いしてしまうほどの―
「帰って。」
低い声で言われた。
「帰って。今すぐ。そして、もう二度と私の目の前に現れないで。」
心の、それも一番弱い部分を刃物で抉られたような深い痛みを感じた。
―二度と私の目の前に現れないで。
「私はあなたみたいな幸せそうな人が大っ嫌いなの!」
―大っ嫌いなの!
そう言って彼女は教室を出て、どこかへ消えてしまった。
最後に廊下で私を見た彼女の瞳は、憎しみと苦悩が入り混じるひどく悲しそうな瞳をしていて―
まるで彼女が「助けて!」と訴えているようだった―
一人取り残された私は、酷く苦しくて切なくて。
でも、「あの子のホントの姿」が見れて嬉しくて。
そんな自分が酷く滑稽に思えて。
なんだか自分の気持ちが、自分でもよく解らなくて。
ホントのあの子は、傷ついてる。
それが自分でも解っていないくらいに、あの子の心は真っ暗で。
あの子を支えてあげたい。守ってあげたい。
それがたとえ、自分にとってハッピーエンドじゃなかったとしても。
愛して、愛して、結局最後まで自分を好きではなかったとしても。
それでも私は、狂ってしまうくらい「本当の君」のことを―
あの子のホント 了
怖い人 瑠璃
―あの人は、みんなからすごく怖がられている。
「鬼の生徒会長」とか「冷徹生徒会長」とか。
そういうのを聞くたびに、大声で叫んでしまいたくなる。
「本当のあの人は違うんです!」って。―
「…なので、これ以上問題を起こさないように個人個人で生活態度を正すように!以上!」
今日もまた、彼女は壇上で私達にくり返し言う。
「問題を起こさないように」「生活態度を正すように」…。
それは、彼女が人一倍正義感があるからこそ出た言葉であることをみんな本当は知っている。
知っているのに、彼女のことをみんなは怖がる。
冷徹?いつでも冷静な状況判断ができるだけじゃない。
鬼?自分たちがちゃんとしないから言っているだけでしょ?
本当の彼女は、人を傷つけるような人なんかじゃないのに。
優しくて、強く気高くて、とても私みたいな人となんて関われない位の人だ。
「生徒会長、今日も怖かったね~…。あたし、会長嫌いなんだ。
怖いし、優しくないしさあ~…。」
クラスに戻って、席についた私に友達の真美が言った。
一瞬、こいつは馬鹿なのかと思ってしまった。
生徒会長が嫌いとかアホなのあんた!?
容姿端麗で頭脳明晰でおまけに生活態度も優秀。
スタイルだっていいのに、それを自慢したことがない彼女に私はもうメロメロだった。
最初の出会いは、この天の邪鬼な性格が原因だった。
―調子にのってんじゃないわよ、あんた!
いきなり見知らぬ先輩に怒鳴られて、すごく驚いた。
そのあと怒りがふつふつと湧きあがってきて、気がつくとその先輩に怒鳴り返していた。
―調子にのってるってどこがのってるのよ!あんたこそ自分の失礼な態度、見直しなさいよ!
なーんて答えてしまって、もう大事件。
そんな時、騒ぎを聞きつけた彼女が慌てて走ってきたんだ。
―先輩方!それに、あなた!何やってるんですか!みっともないですよ!
上級生相手でも、怯まず堂々と言った彼女があまりにも綺麗で格好良くて目が離せなかった。
艶やかな長い黒髪。透き通るように白い肌。そして意志の強そうな瞳を縁取る長い睫毛。
声はまるで氷のように涼やかで、一度聞いたら二度と忘れられないような不思議な声をしていた。
―あなた、大丈夫?
そう言って微笑んでくれた彼女に損な性格の私はこう言ってしまったのだった。
―べ、別に嬉しくなんてないんだからね!勘違いしないでよね!
…思い出すだけでも恥ずかしい。穴があったら入りたい。というか、むしろ埋まりたい…。
彼女は呆気にとられていた。それはそうだろう。
誰だって、助けた相手に「勘違いするな」なんて言われたら訳が解らない。
言った本人の私でさえ頭がパニック状態だった。
でも、彼女はそんな私に丁寧に謝罪をしてくれてなんとクラスまで送り届けてくれたのだった。
(悲しいことに彼女はすっかり忘れていたが…)
―思えばこの瞬間だった。
「憧れ」が「恋」に変わったのは。
そして、私の心に新しく「独占欲」が芽生えたのは。
彼女が同じ生徒会の女子と話しているときには、絶えず会話をチェックし彼女がその人に好意を持っていないか、その人に彼女が好意を持たれていないかを調査した。
時には幼馴染の鈴乃に手伝って貰ったりもした。
最初はなんてことない出会いだった。
でも、いつの間にか感じていた「憧れ」は「恋」に変わり「恋」のほかに新たに「独占欲」が心の中に生まれてしまった。
好き。好き。大好き。
だからあの日、気持ちを伝えに行ったんだ。
―これでもしも受け入れてもらえなかったら?
そう考えると怖くて堪らない。
でも、言わないよりはマシな気がして。
きっかけは特になかった。
ただ、急にこの気持ちを伝えないと彼女が消えてしまうような気がして。
国語の授業で習った「衝動」ってこういうことをいうのかもしれない。
とにかく、一目散に生徒会を室目指して走った。
すると、部屋の中から彼女ともう一人の女の子の声が聞こえた。
(誰だろ…?)
ついでに顧問から頼まれた部活の報告書を提出しに。
「ひ、氷華なんてしらないもん!べーっ!」
そう言って出てきた幼い印象の女子は、私とすれ違って校舎の奥に消えていった。
(誰…あの子…?)
すれ違った時の、優しげな桜の香りがいやに鼻についた。
―まあ、いいか。
深く考えないところが私の良いところである。
「あの…生徒会長さん…」
まずい。声が震える。
「物陰にいないで出てきたら?」
彼女は振り返りもせずに言う。
―自分は人に好かれるような容姿をしていない。
きっと、この人も私の容姿をみて驚くんだろう。
小学生のころ、近所の男の子たちに言われた「不細工」という言葉を思い出す。
―でも、もしかしたらこの人は…
「…………………………………………………………………。」
しばらく考えて、恐る恐る彼女に向かって歩み寄る。
すると、振り返った彼女が息をのんで言った。
「…なんだ、可愛いじゃない。あなた誰?」
―可愛いじゃない。
可愛い?私が?ホントに?
「夏山、瑠璃…。べ、別に生徒会長をつけてた訳じゃないんですよ!?ただ、あのう…そのう…。」
ああもう、あたふたしちゃってみっともない。
自分でも、何言っているのか解らない。
「ここは生徒会室よ。生徒会室で嘘は罪だと教えたつもりなのだけど。それに、私嘘は大嫌いなの。
覚えておいて。」
彼女は堂々と言う。
ああ、もう、格好いいなぁ…。好きになりすぎて、困っちゃうなぁ…。
ドキドキしちゃうよ。
生徒会長さん、と心の中で言う。
自分でもとめられない位、好きになっても良いですか?
みんなの「怖い人」は、私だけの「好きな人」になってはくれませんか?
やけに煩い蝉の声は、私の心臓の音みたいで。
気がついたら私は、真夏の真っ赤な太陽に笑いかけていた― 怖い人 了
カタオモイ 鈴乃
「すずの~!学校行こー!」
外から明るい瑠璃の声が聞こえた。
「うん。」
そう言って前の日に支度したスクールバックと、ヘッドフォンを持つ。
ヘッドフォンを学校に持って行くのは、小学生の頃からの癖である。
誰とも話したくない。世界を壊されたくない。
だから、小学生の頃は人と会話なんてしなかった。
なにも聞きたくない。理解したくない。
この悪い癖は、さかのぼると親が二人揃って消えた日から始まっているのだろう。
その日は普通に始まっていたはずだった。
あの日、道路に飛び出した私を庇って二人がこの世からいなくなるまでは―
―お誕生日、おめでとう。鈴乃。
おかあさんの声だ…。
思わず、涙腺が緩みそうになる。
―ほらほら、そんなに急いで行くと転んでしまうよ?
おとうさん…。
ワタシノセイダ…。
ワタシガトビダシタカラ…。
―危ない!鈴乃!
最後におとうさんの叫び声が聴こえて…。
音は、幸せな世界は、全て
壊れてしまった。
隣では、瑠璃が鼻歌を歌いながらご機嫌に歩いている。
色白で、サラサラな明るい茶髪。
ツインテールにした髪が、歩くたびにゆらゆら揺れる。
ふんわりと香る香水の爽やかな香りは、瑠璃のお気に入りの香りだそうだ。
私の世界は、あまりにも脆すぎた。
簡単に壊れてしまった、私の世界。
でも、もう大丈夫。
もう、二度と絶対に壊れさせない。
そんなことを考えているうちに、校門が見えてきた。
瑠璃は笑顔で校門をくぐっていく。
炎天下、真夏の太陽。煩い笑い声。予鈴を告げる鐘の音。
ふとしたところで、生きている事を実感してしまうことが本当に辛い。
一緒に死んでしまいたかった。
真夏の暑さが、立ち揺らめく陽炎が
夏が、私の家族を連れさった。
瑠璃は太陽と夏が好きだと言った。
暖かくて、明るくて、綺麗だからって。
でも、私は太陽も夏も大嫌いだった。
大嫌いだから、同じくらい憎かった。
―帰ったら、みんなの所に遊びに行こう。
そう思って、空を仰いだ。
「鈴乃!今日も図書当番だよね?」
放課後、瑠璃にそう言われ前日に瑠璃に嘘をついていたことを思い出す。
「う、ん…。帰りが遅くなりそう。」
―うそつき。
昔の私が、そう呟いたような気がした。
「そっか~、待ってようか?」
何も知らない瑠璃は、そんなことを言ってくれる。
「いいわ。先に帰ってて。」
「了解!じゃあ私は生徒会室に寄ってから帰ろうかな~!」
その言葉に心の傷が疼く。
でも、私は―
「いってらっしゃい。生徒会長に会えると良いわね。」
そんな、心にもない言葉を言う。
瑠璃が行ってしまってから思わず口をついて出た言葉に驚いた。
「行かないで。誰のものにもならないで。」
しかも、聞かれていたとは…。
―完全に失敗した…。
何故か頭にそんな言葉が浮かんできた。
「誰がそこにいるの…?」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
もしかしたら、殺さないといけないかもしれない。
そう思うだけで、うんざりした。
「ねえ誰…?瑠璃?それとも冬野?」
それでも、ドアの向こう側の人は姿を現さない。
―瑠璃でも、冬野でもないとしたら…
「もしかして、今日図書室で転んだ…?」
そう言った瞬間、動いた気配がした。
―あいつか。いまさら何しに来た?
「帰って。」
気がついたら、そう言っていた。
「帰って。今すぐ。そしてもう二度と私の目の前に現れないで。」
止まらない。心の醜い部分から、言葉が洪水のように溢れ出る。
―言ってしまえ。
耳元で、ワタシが私に囁いた。
「私はあなたみたいに幸せそうな人が大っ嫌いなの!」
その瞬間、私の中の何かがぷつりと切れた。
消えてしまえ!みんなみんな!
―鈴乃。負けちゃダメ。強く生きないといけないの。
「五月蠅い!」
狂ったように、叫びながら走る。
五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い!
消えろ、消えろ!
視界が開けた。
外は、雨だった。
「クックックッ…アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
なんだ。簡単なことじゃない。
消えないのなら…
消してしまえば、良いだけだ。
ワタシに踏みつぶされた蝉の抜け殻が、粉々になった体で見えない空を見上げていた―
カタオモイ 了
無題~または、世界が終わる日~
世界が終わる日は、みんな何を考えているのだろう。
―絶望かしら。
冬野氷華は思う。
―悲しい気持ちなのかな?
春風寧々は涙をながす。
―早く逃げたいって思うのかな?
夏山瑠璃は空を仰ぐ。
―恐怖のあまり、パニックになるのかも。
秋宮鈴乃は笑う。
四人の世界は、崩壊寸前。
もう、何も見えていない。
四人は立ちあがると歩きだした。
愛する人を「自分だけのもの」にするために。
そして―
世界を、終わらせるために。
冬野氷華は愛する者を守るために走る。
「寧々!」
彼女は恋に焦がれ狂った彼女をまだ知らない。
春風寧々は愛する者を暗闇から助け出すために走る。
「あの子…鈴乃さん!」
彼女は狂気と正常な二つの面を持つ彼女と自分が起こす罪をまだ知らない。
夏山瑠璃は希望を失わないために走る。
「生徒…氷華!」
彼女は本当の自分の姿をまだ知らない。
秋宮鈴乃はもう一人の自分を殺すために走る。
「瑠璃…!」
彼女はもう一人の自分がどんなに恐ろしいかをまだ知らない。
…ああ、失礼。名前を名のっていなかったね。
と言っても、私に名前は無いのだけれど。
あえて言うのなら、私は彼女たちの「観察日記」を付けている「記録係」とでも名のっておこうか。
ああ、少しお喋りが過ぎたようだ。
そレでハ、この物語の終焉をみんなデ迎えにイコウか。 無題~または、世界が終わる日~ 了
なつやすみ
―寧々!
心臓が、ねじ切れてしまうほど走る。
蝉の声が、私の不安をより濃いものへとする。
今日、寧々の様子が少しおかしく感じてしばらく見ていると今日も図書室へ歩いて行った。
ただ、その足取りはふらふらと危なげで瞳にもいつもの明るさが全くなかった。
―私は、好きな人が他の人を好きだったら、きっと殺してしまうわ。
無表情でそう彼女が言ったのはほんの数時間前だった。
―ソロソロ、ジカンネ。
彼女はそう呟いて、立ちあがった。
慌てて、彼女の腕を掴んだら彼女は
「ごめんね。」
そう言って悲しそうに微笑んだ。
冷たく、変わり果てた彼女を見つけたのは少し前。
柔らかな髪を、躊躇いがちに撫でる。
「どうして…?」
どうして彼女が死ななければいけなかったのだろうか?
もう、彼女がいない世界なんて耐えられない―!
溢れた涙を拭うこともせずに、私は彼女に永い永いキスをした。
別れのキス。生まれて初めて大事な彼女にした初めてのキス。
彼女とのキスは、あの子の血の味がした―
私は、涙を拭うと彼女を抱き抱えた。
初めて彼女に出会った、古いとある公園。
儚げな姿をした彼女は、今にも消えてしまいそうで。
気がついたら彼女に声をかけていた。
―氷華…。
恥ずかしげに彼女が言った言葉を今でも覚えている。
―なあに?
彼女を後ろから抱きしめながら、私が聞くと
―あのね…私、氷華のことすごくすごーく…
だいすき。
嬉しくて、恥ずかしくて、でもやっぱり嬉しい。
だから、私も彼女に言った。
―私も、寧々が大好きよ。
彼女をあの日の公園に埋めた。
もう、なにも無い。
もう、希望も喜びも無い。
「大丈夫。すぐ、そっちに逝くから。」
そうしたら、あなたに伝えてみようか。
世界で一番、愛してると―
彼女を公園の花畑に埋めて、そのまますぐ近くの海へと向かう。
海は、とても暗くて少し肌寒い。
去年の誕生日に、寧々がくれたハンカチを握りしめて海へとはいる。
―このハンカチ、氷華のイメージにぴったりだと思うの。
そう言って青い包み紙を差し出した。
包み紙を開くと、中から出てきたのは青い百合の刺繍がしてあるハンカチだった。
ザブザブと海へはいる。
―氷華~
―氷華?
―氷、華…。
―さよなら、氷華…。
息が苦しくなって…
最後に想ったのは、
いつまでも、大好きよ。寧々。
スズノサンハドコダロウ…。
だんだんと、自分が壊れていっているのがわかる。
はやく。はやく見つけないと。
また、あの子にとられちゃう。
「鈴乃さん!」
必死に呼びながら走る。
鈴乃さん!鈴乃さん!!鈴乃さん!!!
心臓がバクバクして、すごく苦しい。
―やめなさい!寧々!
あの時、氷華が珍しく声を荒げていた。
でも、ごめんね。後戻りは、もうできない。
もう、ダメなんだ。あの子以外に好きになれる人なんていないの。
―ごめんね。
私がそう言ったら、彼女は絶望的な表情になった。
私はもう、止まれない。
大好きなあの子を、殺すまで…。
出口の見えない長い廊下を走り続けると、鈴乃さんの声が聞こえた。
「ダイスキヨ。ルリ…。」
そう言った鈴乃さんの声は、少し震えていた。
「鈴乃…?」
不安げに訊ねるあの人の声が消えた。
―ピチャッ、ピチャッ…。
後に残ったのは、血の音と廊下にまで流れてきた大量の血液だった。
「コレデ、ワタシダケノモノ二ナッタネ…。」
そう言って彼女は笑う。
「シンジャッタ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
そう言って笑った。
しばらく笑っていた彼女は、ふとしゃがみ込むとあの人の頭を撫で始めた。
愛おしそうに。嬉しそうに。
それを見た瞬間、忘れてかけていた嫉妬心が顔を出した。
なんでそんなにあの子が大事なの?あの子はもう死んじゃったんだよ?
ふと足元を見ると、ポケットから落ちたカッターナイフが鈍く光った。
ドクンと心臓が高鳴る。
ただ、鈴乃さんを自分のものに出来る可能性が少し見つかったような気がした。
鈴乃さん、と心の中で言う。
大好きです、鈴乃さん。
だから―
私と一緒に死んでください。
私が最後に聞いた音は、彼女の叫び声と、自分の狂気の始まりの音だった―
赤く染められた彼女の体に、白い百合の花弁が散る。
「あーあ、死んじゃった。」
つまんないな。そうだ、はやく
死んでしまおう。
目の前に横たわる彼女は、鈍く光るカッターナイフで刺しちゃった。
ズブズブと、彼女の心臓にナイフが突き刺さる。
苦痛に歪む彼女の顔は、とっても綺麗で。
血が彼女の体から勢いよく噴き出して、私の体を赤く染めた。
私は彼女を刺した位置と同じ場所にカッターを突き刺す。
「大好きだよ。鈴乃さん…。」
今度逢えたら…
あなたの恋人に、なれるかな。
「放課後、この場所に来て。」
そう鈴乃に言われた。
「うん。」
何だろう?
鈴乃に呼び出されることなんて今までなかったのに。
ハンカチをギュウっと握る。
ハンカチは、氷華のイメージにピッタリな気がしてなけなしのお小遣いをはたいて買った私の宝物だ。
不安な時、寂しいとき、悲しいとき、怖いとき、氷華に会いたくてたまらない時にいつでもこのハンカチをギュウッと握る。
瞳を閉じたら、いつでも笑っているあの日の氷華が浮かんできて私はとても幸福な気持ちになるのだ。
放課後、言われた場所に行くとすでに鈴乃は来ていた。
鈴乃は危なげな瞳をしていて、手にはカッターナイフを握りしめていた。
「鈴乃…?」
嫌な予感がして、私は恐る恐る訊ねる。
鈴乃は微笑んで言う。
「ダイスキヨ。ルリ…。」
瞬間、目の前が真っ暗になって…。
耐えられない位の痛みが私の喉を襲う。
痛い!痛いよ!
皮膚が裂けて、ヌルヌルとしたものが私の体内から出てきた。
意識が遠くなって…
気がついたら、私は血を流して死んでいた。
―ああ、痛いなぁ…。そうだ、早く氷華に伝えにいかないと。
心から、大好きだって―
瑠璃と話した。放課後の約束をした。
瑠璃は約束を守る人だから、きっと来てくれるだろう。
私は思わず笑みが零れる。
瑠璃とは幼馴染で、ずっと一緒だった。
大事な、大好きな私とワタシの女の子。
―殺してしまえ。好きなら、殺してしまえ。
耳元でワタシが私に囁く。
「…煩いなぁ…。解ってるよ。」
不貞腐れたように私は呟く。
女の子が、私を見て気味悪そうに足早にその場を立ち去った。
独り言が多いと皆に気味悪がられた。あいつはどこかおかしいと皆に言われた。
瑠璃だけだった。そんな不気味な私に話しかけてくれるのは。
彼女がいるだけで、世界が百八十度かわって見えた。
―大丈夫だよ、鈴乃。私は鈴乃の味方だよ。
そう言ってまた笑った。
彼女に好きな人がいると気付いたのは、かなり前。
許せなかった。どうしても許せなかった。
私を見捨てるの?そんなの絶対に許さない。
大好きよ。瑠璃…。
だから、あなたを許さない。
あなたは誰にも渡さない。
放課後、瑠璃を待つ。
右手にカッターナイフを握りしめて。
瑠璃に誕生日に貰った鏡を見る。
何だか私は狂ったような瞳をしていた。
「鈴乃…?」
不安げに私を呼ぶ声で、ハッと我に返る。
「ダイスキ…。ダイスキヨ、ルリ…。」
そう言って私は瑠璃に歩み寄る。
綺麗な、可愛い瑠璃の顔。
滅茶苦茶にしてやりたい。
この気持ちは私じゃない。
ワタシの方だ。
瑠璃の喉にカッターナイフを突き刺す。
痛そうな、苦しそうな瑠璃の顔。
血しぶきがあがる。
倒れた瑠璃を見て、笑いがこみあげてきた。
「コレデワタシダケノモノニナッタネ…。」
ああ、これで、やっと。
―ワタシダケノアナタニ…。
「シンジャッタ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
―やっと、やっと一緒になれる…。
人形みたいに動かない瑠璃の髪を、ゆっくりと撫でる。
ああ、愛おしい!大好きよ、瑠璃!
鏡を抱きしめる。
その時、アイツの声が聞こえた。
「鈴乃さん…。」
不快指数100%、大嫌いな幸せな世界の住人。
吐き気がする。
振り向いた瞬間、カッターナイフで心臓を刺された。
皮膚が裂けて、心臓に刃物が突き刺さる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
やめて!痛いよ!
彼女はなおも、微笑みながらより深く心臓を抉る。
―その瞬間、私は「天国」を見た。
いままで憎み、嫌い続けてきた幸せな世界を。
私の家族と、瑠璃が微笑みながら手招きする。
―待ってて。いますぐ、そっちに逝くから。
笑いかけて、手を伸ばした―
高いところから、私を見上げていた―は呟いた。
「君を幸せな世界になんて逝かせないよ?」
伸ばした腕は空中を彷徨い、―は無情にも
幸せな世界を閉じた―
ただ一人、暗闇に残された私は涙を流しながら笑った。
幼い頃の私が、隣で今の私を嘲笑していた― なつやすみ 了
観察結果
冬野氷華 自殺
春風寧々 秋宮鈴乃殺害ののち自殺
夏山瑠璃 秋宮鈴乃により殺害され死亡
秋宮鈴乃 夏山瑠璃殺害ののち春風寧々により殺害され死亡
行動記録
冬野氷華 生徒会長を務める。春風寧々に好意を寄せており、彼女を出来る限りサポートしていた。
彼女が死亡した際、公園の花畑に埋める。
海に入り、自殺する。
春風寧々 冬野氷華の友人を務める。秋宮鈴乃に好意を寄せており、図書室へ足しげく通う。
ただ、秋宮鈴乃には嫌われている様子。
秋宮鈴乃を殺害し、その後自殺する。
夏山瑠璃 秋宮鈴乃の友人兼保護者を務める。冬野氷華に好意を寄せており、生徒会室へ気持ちを伝えに行くが彼女の好きな人を知り、想いを伝えるのを諦める。
気にかけていた秋宮鈴乃に呼び出され場所へ行った際、秋宮鈴乃に殺害される。
秋宮鈴乃 夏山瑠璃の友人を務める。彼女に好意を寄せており、彼女に想われている冬野氷華を嫌っている様子。
また、彼女に想われている春風寧々も嫌っている様子。
夏山瑠璃殺害ののち、春風寧々に殺害される。
謎の人物に、天国への道を閉ざされる。
考察
このことから、誰も幸せにはなれなかったと考える。
また、幸せだと思われていた彼女たちは家庭環境が複雑で誰ひとり幸せではなかったと言えるだろう。
はたして彼女たちは幸せを見つけたのだろうか?
それは、誰も知らない。
幸せな世界を閉じたのは一体誰なのだろう?
それは、永遠に解らない―
END