プロローグ
「放火魔」
プロローグ
重い瞼をこじ開けて、ほんの少しの隙間に映るものは霞かかっていた。
揺れ動くのは黒い人影と赤い情景。
ワタシを直視する人間がなにやら怒鳴り声でなんどもなんども声をかけてくるのがあまりにもうるさくて、思わず片目を瞑り顔を背けようとする。
そこで異変にはすぐに気付いた。
──身体がいつもよりも、重たい。まるで他人の肉体を背負っているようなそんな感覚。全身ギプスでもしていたのか。
生憎とワタシにそんな趣味はないハズ。
単に寝違えただけなのか、それにしてもそういう筋肉痛のような鈍い痛みはない。むしろ全身の熱さで体中の汗が蒸発してしまいそうだ。
それなのに大量に吹き出る汗と汗によって濡れた髪が顔にはりついて視界が悪い。拭いたくて手を伸ばそうと試みた。
気付けば何かで固定されたように左手は動かない。
いや、左手はどこにある?
頭の中で整理するように一つずつ確かめていく。
脚は──ある。太ももの部分にやたらと熱を感じるのはどうしてだろう。
きっとスカートなんて慣れないものを穿くから真夏の日差しにやられているかもしれない。
うねるようにして腰を動かす。相変わらず何かに縛られている感が拭えないのが少し癪だけど、
だいじょうぶ、下半身はまともなようだ。
次は右手を動かす信号を送り込む。
肩がなにやら濡れている気がする。けれど指先は息絶え絶えな虫けらのように動くのを感じた。動かせるのはほんの人差し指だけ。
それにしても──ほんと暑い。
温暖化と真夏日との連携コンビは最悪の組み合わせすぎて好きになれない。
このまま汗を流していたら間違いなく痩せるね。カンカンに日照り続ける砂漠のど真ん中にいる気分。いや砂漠なんて行った事もないけどさ。
口元に吹き出る汗を何かに拭われて、少し唇が湿った気がする。舌先でそっと触れるとそれは少ししょっぱかった。
その後、よくわからないものを口にあてがわれるのを無視して続きといかなくちゃ。
いま一度瞳を開ける努力を試みる。
服のあちこちが蟲に喰われたような斑点模様になっていることと肌を露出していることに少しのためらいを感じた。
何これ。何かの放置プレイかなんかだっけ。
そんな趣味もワタシは持ち合わせていないと思う。むしろ受けより攻め手のほうが性にあってるし。
どちらにしろそんな相手なんて居るわけもないし。
いやそれよりも──首元に見慣れないフリルなんて付いてワタシはそんなに好きな柄じゃない。
そこで、すこし思い出した。
たしか久しぶりに家族と外食する予定だった。
父さんの好きな色だからって、母さんが無理言ってくるもんだから渋々着ていく事にしたんだ。
それに合わせるように数少ない手持ちのスカートを穿いてメイクするのにたっぷりと時間をかけて待ち合わせのレストランで一人、待っていた。
──突然。
耳から脳の芯まで響く轟音が数度。
夏祭りの花火にしては近いところで打ち上げすぎ。小心者のワタシは花火の音が近くで鳴ると立ち竦んでしまうんだから他所でやってほしい。
音が止むと周囲が一層けたたましい声を荒げていく。
黒い影がワタシの周りに集まってワタシの身体が宙に浮いたと思うと背中にひんやりとした感触。
ああ、この感触には覚えがある。
誰も使ってない保健室のベッドで横になって寝るときとかと同じ。
どうせ寝るのならワタシ愛用のがいいんだけど、贅沢なんていってられない。
今は動く事も喋る事ままならいほど、気分が悪いから。
視界が少し高くなることで外の状態をより鮮明に観ることが出来た。
舞い散る火の粉と立ち込める黒煙。
炎の海の波打ちが辺り一面を飲み込んでいく。
逃げ惑う人々の群れと崩壊していく街並み。
真っ赤に染められた世界は夜を煌々と照らし続けている。
まるでこの街にだけ空から太陽を落としたみたいに、赤く赤く煌いていた。
現状を認識することで、ドッと疲労が押し寄せてきた。
熱い──そう感じるのは目の前に炎をあてがわれているからかもしれない。
ひりひりと。
ワタシの肌が焦げていく匂い。
熱い──それは体中の体液という体液が沸騰しているんじゃないかって思うほどに、心臓の動きが何倍も何倍もドクドクと激しく脈打つ。
悪い夢の中にいる気分だ。
衣服がぼろぼろなのもきっと焼け落ちたせい。
身体が動かないのは怪我をしているから。
全身が悲鳴をあげる。
「────っ、ああ────ああッ!」
身体が動かせないことの苛立ちか。
それとも視覚で認識したせいで痛みを頭で理解してしまったからもしれない。もがくように身体がワタシの意思と反して動き出す。
この身体はワタシのものだ。
血も肉も骨も何もかも。ワタシ以外の誰にも勝手に動かさせやしない。
相反する痛みと心の戦いが続く。
異変に気付いた誰かがワタシに何かしてきた。
ちくりと刺された箇所から次第に感覚が無くなっていく。
麻痺していくように、身体はマネキンのように重く、次第に空になる。
徐々に蝕んでいくのはそれだけではない。
瞼という扉が強制的に落ちてく。
左目は完璧に閉ざされ、残った右目の解除に挑むものの、呆気ないほど一瞬で片が付く。。
だって、抗う為の意識すら遮断されそうになっていくのだから。
抵抗するのは無駄と悟ってワタシは白旗を振る。
今はあれこれ考えることに疲れてきたから、続きは目覚めた時にしよう。
願わくば目覚めた場所があの世ではないことを祈りながら。
ワタシは深い深い眠りに堕ちていった。
/プロローグ 了
初投稿作品 初めて短編のつもりで書いた作品。
四章構成で完結済みですがそれでもきっと長いです。
少しでも自分の作品を楽しんでくれれば幸いです。
批評・感想などあればお待ちしてます。