09 似通った致命傷
先日インフレイムさんはキャビアちゃんの部屋に入る途中、
何を思ったのかいきなり踵を返しの別の部屋に駆け込んでいったという。
そしてその部屋がいわずもがな私の仕事部屋である。
その話をキャビアちゃんから聞いて、「受付さんの接客途中に乱入してきたアレか」
とすぐ合点がいった。
キャビアちゃんが私の所在を知り、ここまでの行動に駆り立てた原因はその一件から
と言われて、美人さんの評価が自分の中で「女泣かせ」に決定した。
「…泣きすぎて喉かわいた」
「んじゃあ部屋行ったらなんか出しますよ」
「炭酸系が良い」
「はいはい」
あの後部屋を掃除し、さて自室に帰ろうとしたところでキャビアちゃんが付いてきた。
最初は混乱したがあんなことがあった後女の子を一人残していくのも宜しくないので
結局私の部屋に一緒に行くことにした。
ちょこちょこと私の服のすそを掴みながら付いてくるキャビアちゃんは、さながら
甘えんぼのわんわんのようで、私の頭には花が咲いていた。
私たちの部屋は1階と2階でそれなりに離れていた。
階段を降り、もさもさの赤いジュータンのひかれた廊下を歩いていくと、私の部屋の前に
デジャヴを感じる紫色が見えて立ち止まる。
「受付さん……?」
その言葉を合図にしたように、下を向いていた受付さんの顔がおそるおそる上がる。
手には何故か花束が握られていた。
「…キシモト……あ、の…俺……また…会っ…おれ、でも…」
掠れた声に、徐々に嗚咽が混じっていく。
要は会いに来てくれたらしい事は分かった。あんな半ば追い返されるような形で別れたのに
また来てくれたことは素直に嬉しい。
けど、今はキャビアちゃんも居るし……。
ちらりとキャビアちゃんの方を見ると、彼女の目にもまた涙が溜まっていた。
受付さんに触発されたらしい。
心の中でNOォ…NOォォォオオ!と叫び声を上げた。
あわてて部屋の扉を開け、二人を中へ通し椅子に座らせる。
花束は花瓶が無かったので、細長いグラスを代用してテーブルに置いた。
「俺……好きな…人、とは…ずっ、と……一緒に…居たい、から…だから…両、想い…に
……なった、ら…お、俺と…同じ…リビング、デッドに、する……ん、だけど……けど、
みんな…そうする、と……泣かれて、怒って……俺から…離れて……行く…ん、だもん。
…でも…キシモト、なら……最初…会った、時…から、優しかった、から…だから……」
ずっと一緒に居てくれると思って、と消え入りそうな声で最後を締めくくる。
「分かってたの。インフレイムって、すごいイケメンだし…私だけじゃなくて、他の人も
指名してたっておかしくないもんね。でも、でもさ……あんな優しくされたらさ、
もしかしてって思うじゃん、普通。だけどどうせ騙すんなら
もっと上手く騙せよって感じ。何も言わずにアンタんとこ走っていくとか、もー最悪」
出されたコーラを飲みながら吐き捨てるキャビアちゃん。
それを聞いて、なぜか受付さんが眉間に皺を寄せキャビアちゃんを睨み付ける。
「俺が……今、しゃべ…って、ん…だけど?」
「は?それが何?大体、こいつと先に一緒に居たのあたしじゃん。後から来てさ、
勝手に入ってきて何言ってんの?」
「……俺の…は…昨日、から…の、話し…だも、ん……」
「てかさっきから気になってたんだけど、その話し方遅すぎてイラつく」
「…君、だって……ペラペラ…しゃべ、る……から…聞き、取り……づらい」
「そんなんアンタだって一緒じゃん?大体、」
「お二人さんや~い」
声をかけると何?と言わんばかりの二人の視線が私に向けられる。
その目はもう乾いていたのでほっとする。
正直私が泣かされる分には「よっしゃバッチ来いやぁぁあ!むしろ生ぬるいわ!!」くらいの
心持ちでいられるのだが、相手を泣かせる趣味は無いので涙を流されたりすると居心地が悪い。
よきかなよきかな、と己の心に収束をつけ二人に笑いかける。
「トランプしません?」
言った途端キャビアちゃんから「空気読めバカ」と怒られ受付さんには控えめに笑われた。
それをOKの合図と勝手に受け取りトランプを棚から出し、カードを切る。
最初はやはり王道のババヌキが良いだろうか。それとも貧民のほうが盛り上がるだろうか。
「きっとそーいう間抜けな感じが、インフレイムに好かれるんだろうなぁ」
しみじみと言うキャビアちゃんに私はすかさず首を横に振った。
「言い忘れてましたけど、インフレイムさん、キャビアちゃんのこと超気に入ってますよ?
他の娼婦さんたちの悪口は聞いても、キャビアちゃんの愚痴は聞いたことありませんもんよ」
「……なにそれノロケ?」
他の人の愚痴を良く聞く=それだけ頻繁に指名されてると受け取られたらしい。
確かにその通りだけれども、今気にして欲しいのはそこじゃ無いんですよ…。
恋する乙女のフィルターは随分厄介だ。
どこまでも勘違いしやすく盲目的になるのに、変な所で鋭くなる。
「本人、に…直せ、つ…聞け…ば……良い、のに」
「……そんなん出来たら、とっくにしてる」
「いやいやキャビアちゃん。その方が効率良いと思いますよ?」
「無理。怖いじゃん。ヤダ」
「……チキ、ン…」
「はぁ?!アンタに言われたく無いんだけど?好きな女子ゾンビにするとかふざけてんの?
そんなんする位だったら魔界側来て貰えば良いじゃんか」
キャビアちゃんの言葉にそりゃそうだ、と同意する。
ラミア店長が、魔界に居る間は人間は歳を取らないと最初に教えてくれたことを思い出す。
「…だっ、て……人間…の子を……魔界、に…なんて、連れて……来たら、かわい…そう」
受付さんは気遣いが別の方向で働いていたらしい。
私は持ち札をそれぞれに配り終えてから苦笑気味に言った。
「受付さん、女としては身体が腐るより魔界に引越ししたほうがマシですよぉ」
「だよねぇ。こいつ考え方が浅すぎね?」
「…そ、なの……?」
「多分そっちなら、みなさん喜んで一緒に居たと思いますけども」
「…そ、っか……そうか、ぁ…」
照れたように受付さんは「頑張、る……ね?」と私に笑いかける。
恋愛経験の多くない私にも分かるくらいに露骨なその態度にまんざらでもない気分にもなるが、
相手が悪魔さんなだけに困る事柄の方が多そうで自然と目線が泳ぐ。
横からキャビアさんの「ごめん」が聞こえてきたので、受付さんの視線の意味が私の勘違いでは
ないことが判明してしまった。
…まぁいいや。とにかくトランプをしよう。