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08 ××安定剤



__しいたけ食べたい。

日本人生まれの方々なら大半はこの気持ちを分かって頂けるだろう。

美形の人は人並みに大好きなんだけれども、でもこうも美形しか居ないとなると結構きつい。

娼婦さんたちも美人さんが圧倒的に多いので、右見ても左見ても……状態だ。

連日連夜フランス料理フルコースを食べているようなものでそろそろ胃もたれしそうである。

キャベジンが必要だろうか。胃に優しく効きますよキャベジン。

高級食材はもういいんです。煮物が、納豆が、アジの開きが、食べたい。

そっと祈るように胸元で両手を合わし祈る。

ひとしきり瞑想した後、食堂へ向かうべく部屋を出た。


「話があるんだけど」


廊下を歩いている途中、女性特有の、しかし少し低めな声に呼び止められる。

それに応じてそろっとその声の方を向いて


「ちぃっ!!」


盛大に舌打ちした。

そこにはつり目なセミロングかわい子ちゃんが居たからである。

茶色に染められた髪。運動部所属なのであろうと容易に想像できる引き締まった身体。

しかしバストは人並み程の大きさが有り全体的にバランスが良い。身長は170前後くらい。

言葉と見た目からして十中八九日本人だ。年齢は私よりも3、4歳年下だろうか。

……まーたキャビアだった、と軽く肩を落とす。

キャビアちゃんは私の舌打ちをどう取ったのか「上等じゃん」と吐き捨てる。


「ここじゃなんだから、あたしの部屋で話つけるよ」

「ははは。いや無理ですよ」

「何が無理なわけ?さっさと付いて来なよ」

「いやいや無理。むりむりむりむりむりむり」

「そこまで?!」

「むりったら無理マジ無理本当無理結局無理存外無理何がなんでも無理」

「無理無理うっせぇぇえ!」

「今日ミルククレープなんですよ?食べ逃したくありませんね!」

「しかも食いモンのためか!!あたしの話よりクレープが大事かよ!!」


そんな「仕事とあたしどっちが大事なの?!」みたいなこと言われましてもなぁ。

初対面という壁もなんのそので超絶ツッコミをかましてくるキャビアちゃんは、

なんだかんだで食堂で朝食に付き合ってくれた。

途中「ここんちの蕎麦って美味いよね」「もはや匠の技ですな!」などと親しげな会話を

交わしたりして、ちょっとほのぼのな空気が流れた。

そしてごちそうさまをした後、キャビアちゃんの部屋まで案内された。

初期装備である西洋の魔女みたいな装飾は全て可愛い物グッズと交換してあった。

水玉のカーペットにハートのクッション。クマ柄のベットとガラス作りのテーブル。

ぬいぐるみもいくつか置いてある。


「これ可愛いくない?」


黒いブタさんのぬいぐるみを手に取りこちらを振り返るキャビアちゃん。

その愛らしさに「こらこら~お持ち帰りしちゃうゾ☆バキューン☆」てやろうとしたが

それを行動に移したら鳩尾に一発(いや三発くらい?)くらいそうなのでやめて置いた。


「そんでキャビアちゃん。お話というのは?」

「ん?んん、まぁそこに座っ……今あたしのことキャビアって言ったかおい。おい!」

「煮ても焼いても美味しいキャビア~」

「なんの歌?!」


なんという打てば響くリアクション。爽快なまでの鋭いツッコミ。

もうこれはあれですね。コンビ組むしかないっすね。ぐふ。

突然「一緒にショートコントやらない?」って誘ったら怒るだろうか。

そんな私の思惑を他所に、キャビアちゃんは私をテーブルの前に座らせポカリを淹れてくれた。


「……あの人ともう会わないで」


真正面で向かい合う私に重低音で告げる。

テーブルに置かれているキャビアちゃんの手が震えているような気がした。


「あの人とは?」

「ふざけんな!お前が分かんないわけ無いだろ!あの人だよ!!」

「名前をいっちゃいけないあの人的な?」

「違げぇぇぇええ!!インフレイムのことだ!!」

「あ~…そっちの。……いや、ん?インフレイムさん?」


成る程。この子が美人さんお気に入りの愛美まなみさんか。

いつも私を指名しては他の娼婦たちの文句を言っていた美人さんの顔が浮かぶ。

バーニスは喋りすぎてウザいとかヘリョンはすぐ泣くだとか色々言っていたが、

愛美さんに関しては「あいつ結構可愛い」「今日はお前よりも愛美な気分」など、

良い印象の話しかインフレイムさんの口から聞いたことは無い。

しっかし見事にインフレイムさんにかどわかされちゃってますなぁ。


「会うなと言われましても仕事ですし。しかもあちらさんから指名されてる訳で…」

「はっ。なにその言い方?超余裕じゃん」

「いやいやいや、余裕とかではなくてですね」

「あんた自分が可愛いとか思ってんの?鏡見てみたら?」

「毎日見てますよぅ失礼な。朝の洗顔は乙女の常識ですからね」

「ふざけんな!あんたあたしを馬鹿にしてんでしょ?!」

「してませんって。むしろ可愛いなぁと……」

「なにその上から目線?キモいこと言うなブサイク!」


こういった場合、なんと言えば相手は引いてくれるのだろうか。

この世に生を受け苦節20年。まさか私が男を取り合うような状況下に直面しようとは。

ちょっとこそばゆいような体験を噛み締めつつ、ふとした疑念が頭を過ぎる。


「インフレイムさんに名前教えること、店長に許可貰ったんですよね?」


聞いた途端、立場が逆転した。

問い詰める立場から一転、問い詰められる側の雰囲気を纏いだしたキャビアちゃんは

視線が思いっきり左側へと流れていた。許可は貰っていないらしい。

ラミア店長はくれぐれも、と念押しして下の名前を教えることを注意していた。

きっとなにか理由があってのことだろうに、目の前の青春真っ盛り爆走反抗期な年頃の

キャビアちゃんには、恋愛での弊害にしか感じなかったのだろう。


「キャビアちゃん、相手はお客様なん…」

「うるさい!!」


バシャ、と手元にあったポカリスエット入りのコップを投げつけられた。

じんわりと染み込んだ後、髪からぽたぽたと水滴を作った。

少し額がひりひりする。

ごめんと小さな声が聞こえてきた。ほぼ反射的な謝罪だったのだろう。

キャビアちゃんは泣きそうな表情になっていた。


「インフレイムとあたしは、営業なんかじゃない」

「それ本人に聞いたんですかね?あの人、他の人の所へも結構通ってますよ」

「やめてよ!そんなんじゃないもん!!」

「いや、そんなんじゃないっていうか…」

「うっさい!ウソ言うな馬鹿!ブス女!!死ね!!」


堪えきれず嗚咽を漏らす。ガラステーブルに少しずつ涙が落ちていった。

困った。どうしよう。この子泣き顔もかわゆい。頭なでなでしながら飴をあげたい。

やりきれないのか、近くにあるクッションやらぬいぐるみやらを投げつけてくる。

コアラのぬいぐるみが顔面を直撃し「おぶ」っと乙女らしからぬ声が漏れた。

その声を聞いてキャビアちゃんの肩がびくりと跳ねる。


「どうせ……どうせあたしなんて…こんな、エゴの……固まりみたいな…違っ……

 あたしより、あんたの方が…あの人、は………」


泣いてしまったことで、呂律と思考に混乱が生じたらしい。

たどたどしく、少々分かりづらい文法をぽそぽそ呟きだした。


「おバカだなぁ。女の子のそういう可愛いのは、エゴじゃなくてヤキモチって言うんですよ」


タオル借りますよ、と断って頭にかかったポカリスエットを拭く。

キャビアちゃんは何を言われたのかいまいち理解できない様子で、流れる涙もそのままに

こちらをじっと見ていた。

その涙のせいで彼女の服も私のと同じくらい濡れていた。


「大体相手は悪魔なんだから、むしろエゴイストの方がモテるかも知れませんよ」


私は敵じゃありませんからね~とばかりににかっと笑って見せる。

キャビアちゃんは鼻を一回すすって、目を乱暴にごしごし擦りだした。

それにぎょっとして、私は今まで自分を拭いていたタオルを無意識にキャビアちゃんの顔に

押し付けた。女の子なのに目が真っ赤になったら大変だ。

最初の勢いが無くなってしまった、しおらしい彼女は抵抗せずそれを受け入れた。

ある程度拭いてから今使っているタオルがポカリを拭いた後の物だと気付き、しまったと思う。


「おおぅ、すいません。逆にべたべたに」


謝罪している途中で腕の辺りの服を掴まれた。

そしてキャビアちゃんの目からまた涙がにじむ。

ふんわりポカリスエットの匂いがした。



「友達に、なって」


俯きながら囁くように零れた言葉は予想外すぎて、しばらく返答ができなかった。


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