05 悪循環な欲求
寝泊りは仕事部屋を寝室兼用で使えばいいと店長は言ってくれたので、
寝る場所には困らない。
さらにこの店は朝・昼・晩と三食きっちりまかないを出してくれる。
娼婦達はお客様と過ごすので決まった時間にご飯が食べられるとは限らず、
皆まちまちな時間に、来客がない事を確認して食堂へ食べに行く。
例外はお客様に手作り料理を頼まれたときか、一緒に外食するときだけだ。
しかし外食は娼婦たちにまったく人気がない。
ある人いわく「ゲテモノが可愛く見えてくるレベル」だそうだ。
そんなん言われたら食べに行くしかないじゃマイカ!
と意気込んで外出申請を店長にしにいったのだが…。
「うちの客はね、”人間に癒してもらいたい”なんて変わり者ばっかりだから人間を
酷い扱いしないけど、魔物のほとんどはそんな配慮してくれないのよ?
一方的に捕食されるだけで抵抗のできない人間なんて、おいしいご飯以外なんでも
ないんだから。特にあんたみたいなヘラヘラした奴一瞬でがぶりなの。分かってる?」
「うぃ」
「うぃ、じゃないから。私は店があるから一緒には行けないし、お客様と一緒に出かける
訳でもないから、誰も助けてくれないのよ?」
「分かってますよ店長」
「分かってない。外出は駄目」
「うぇええ~?そんなぁ」
さっきから説教と「外出は駄目」を繰り返す過保護ともいえるラミア店長。
しかしこんな事もあるだろうと予想し準備にぬかりはない。
「分かりました店長」
「いいえ分かってない」
「いやそういう分かってます、ではなく」
「じゃあ今までの話分かってなかったわけ?」
「だから、いや……ムカデさんを!呼ぼうかと!!」
「ムカデさん?」
あいつか…とぶつぶつ言い出した店長をじっと見つめる。
まだ何か考え込みながら、けれどどことなく諦めたように申請書に判を押した。
それを見た瞬間店長の気が変わらぬうちにムカデさんを呼ぶべく、受話器を取った。
__外に出るとどんよりした濃い紫とグレーが混じったような空が私を迎えた。
これはこれである意味芸術的な配色だと思う。
ギャアギャアと不吉な声が聞こえてくるがあれは鳥の鳴き声だろうか。
よし。今日は絶対鶏肉を食べよう。そんな気分。
「予想はしてたが、人間ってのは本当に歩くのが遅い。俺の上に乗れ」
「え、いいですか?!うぉっほい!」
「何だその叫び声……。で、どこに行くんだ」
ムカデさんが尻尾を下ろしてくれたので、そこから頭のほうまでよじ登る。
たっかい!ナニコレ超高い!ぎゃほほぃ!!
「とりあえず料理屋さんへ!ゴハンゴハン!!」
「お前…まだ10時だぞ」
呆れた声が返ってきたが気にしない。それが目的で来たのだから。
でも確かにまだそんなにお腹が減ってない。どうせなら極限まで減らしてから食べるのも
一興かもしれない。そのほうがより料理を味わえるだろうし。
「じゃあ、ムカデさん。図書館か本屋ってありますかねぇ。ここ」
「あるにはあるが……壊滅的なほど治安の悪い場所だぞ」
「え?なぜに?」
「本を欲しがるようなのは、相当性質が悪くて頭の良い悪魔ばかりだからな。要は
人間をどう罠にはめてやろうかと画策してる連中が、本を必要としてるって事だ」
「人間を騙すにはそれなりに博識になる必要がある。ってとこですかね」
「ああ。そうだ」
そういえばラミア店長に拾われれて最初に、この世界の必要最低限の知識を教えてくれた。
魔物と称されるのは人間と契約ができていない者で、
悪魔と称されるのは人間と契約ができている者。
その二つを総合して、魔族と呼ぶ。
お客様に失礼の無いよう、できることなら種族名は使わないほうが良いと言われた。
なにせ相手を「魔物」と呼ぶことは「お前ニート!」と言っているも同然なのだ。
「ようはハイレベルさんいっぱいいらっしゃると」
「俺じゃ庇いきれんかもしれんぞ」
「だーいじょーぶでーすよぉおぅ」
「その喋り方やめろ」
「私が出掛けるのにあれだけ反対してたラミア店長が、ムカデさんと一緒ならって簡単に
許可してくれましたもん。ムカデさんもハイレベルさんなんでしょ?」
「…………」
「人型にはなれますか?」
「……お前は、思ったよりも油断ならん奴だな」
「うふふ。ムカデさんたらお上手ぅ」
「…褒めたわけじゃ……いや、いい。もういい」
疲れたように溜め息を吐くムカデさんに「ぐふ」と笑いが漏れる。
油断ならない、かぁ。良い響きですなぁ。人間一度は言われてみたい単語だ。
「じゃあいっちょ図書館までお願いいたしますムカデさん」