表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

03 アイロニィ



浅黒い毛並み。三つに分かれた頭。骨肉を噛み切るためだけにあるような牙。

ふさふさの尻尾、鋭くも動物独特の愛嬌ある瞳、あの前足テーブルに乗せた背伸び姿勢。


「ワンコやぁあ~~!!」

「ぐお?!なんだお主?!!」


いきなり横抱きに飛びついた私に怯んだ様子で体を引くワンコさま。


この店は中央にでっかく陣取った出入り口の前に、娼婦の特徴・性格を記した紙を顔写真付で

張り出す。お客様はそれを見てどの子が良いか選べるようになっている。

娼婦の方からお客様を誘うのも有りで、積極的な人は出入り口でお客様をナンパしたりする。

私はトイレに行こうとしてたまたまそこを通りかかり、張り出してある娼婦紹介の紙が身長的に

見にくいらしく一生懸命背伸びをしていたワンコさまと出会ったのだ。


「ワンちゃんワンちゃんワンちゃんやぁあ!!」

「テンション高いな!気味が悪いから近付くでない!!」

「ワンちゃんワンちゃん!ワンちゃんですぞ~~!!」

「だから近付くなっちゅーのに!!私を誰だと思って」

「モフモフモフモフワンちゃんやぁ!!」

「いい加減かみ殺すぞこのっ……店長!助けて店長ーー!!!」


ワンコさまを周りを円を描くように俊敏に動き回っていたらラミア店長にがしっと捕まえられた。

ワンコさまは今がチャンスとばかりに逃げ出し、店を出て行った。

あぁ…と残念そうに呟く私を尻目にラミア店長は長く重たい溜め息を吐く。


「お客様を誘うなら誘うで、もっと他のやり方ってものがあるでしょう」

「私にあはーんうふーんは無理ってもんですな」


こつん、とキセルで軽く額を小突かれる。

しょうがないわぇといったラミア店長の苦笑いが慈しみに溢れているように見えて予想外に

愛らしい。「良いもん見たなぁ」とその表情に見惚れる。

思ったよりも可愛がって貰えていることを実感した最中、店長と私を遮るようにぬっと茶髪の

頭が間を割り込んできた。


「微妙顔」


突然の嫌味に驚きつつ、至近距離で見たその美人さんの顔の歪み具合が気難しいアヒルに

似てる気がして「ぐふ」と笑う。それをどう取ったのか、美人さんは更に不愉快そうに顔を

くしゃくしゃにする。しかし美人は顔をどこまでぐしゃにしても美人だ。

ラミア店長が「騒がしくてすみません」と丁寧に誤っているので多分お客様なんだろう。


「なにに笑ったんだよ。お前キモい」

「やーすいません。アナタは美人さんですねぇ」


先ほどから思っていたことを口に出したら、くしゃくしゃに寄っていたしわがさっと

引っ込んで色白つるつる美肌青年の顔をしっかり確認できた。

耳にピアスがいーち、にーい、さん……三個付いていて、左頬には目の丁度すぐ下辺りから

なんとも形容しがたい形の、刺青らしき模様が入っている。茶というよりはごげ茶に近い色の髪が

首辺りまで伸びていた。まるでビジュアルバンドのような容貌だ。

口にピアスは痛くないのだろうかと目の下のクマが濃い美人さんの口元を凝視する。


「あんたはもう自分の部屋戻りなさい」


店長に促されて「はーい」と軽く返事をし、仕事部屋に向かう。

が、ここで可笑しなことに、後ろに美人さんの気配を感じ振り返る。

「こっち見んなブサ面」と吐き捨てられたので気のせいかと思い直しまた歩き出す。

しかしやっぱり美人さんに付いて来られてる気がする。

扉を開け中に入ってからそれが気のせいではないと確信した。

美人さんが私の部屋に入ってきたからだ。


「コーヒー淹れろ。ミルク入り砂糖なし」

「お茶菓子は?いります?」

「あるもん全部出せ。お前が誘ったんだから当然だろ」

「あ、はいはい」


ん?私美人さんを誘ったかね?いやでも男女間のやり取りに詳しいわけでもない自分だ。

何か美人さんを誘うようなニュアンスを知らずに使ってしまったのかもしれない。

ふむふむ。異性間交友とはかくも難しきかな。


「コーヒー入りましたよ~」

「…そこに置いてあるの、チェスか」

「ん?ええまぁ、備え付けで置いてあるんで。TVゲームとかもありますよ」

「じゃあチェスやってからPSP」

「はいはい」

「……お前のそのダルい返事、なんとかなんねぇ?むかつく」

「いやぁ、私の持ち味なもんで」

「はぁ?そういうキャラは可愛いから許されんだよ。お前がそれとか無いわ」


ぶつぶつ言いながらちゃっかり椅子に座って黒の駒を手元に置く美人さん。

もしゃもしゃ両手でお菓子を食べている。

言葉が厳しいわりにやっている事は可愛らしいのであまり嫌な気分にならない。


「美人さん、何でそんな人間ぽいんですか?他の人たちはもっとこう」

「インフレイム」

「ん?お名前ですかね?」

「そうだよ」

「じゃあ、インフレイムさん」

「……悪魔ってのは人間と契約できて一人前だからな。内容によっては人型にならなきゃ

 いけない場合もある。っていうより、人型になんなきゃこなせない仕事の方が最近多い」


だから人型になれない=人間と契約しづらい=落ちこぼれ。の方程式になると

美人さんは言った。

魔界の人たちはやっきになって人型になる方法を身につけるのだという。

ちなみに美形が多いのは万人受けするし相手を油断させ、たらしこみ易いからだそうだ。

その話を感心しながら聞いていたらいつの間にやらチェックメイトを決め込まれていた。


「つ、強いうえに早いだと……?」

「お前がザコいんだばーか」

「いやぁ、美人さんが強いんだと思いますがねぇ。頭良いんですねぇ」

「たかがゲームで何言ってんだ。そんなに俺からの好印象欲しいわけ?やめろよキモい」

「あ、じゃあ一回戦終わったしゲームやります?」

「は?何言ってんの。早く終わりすぎてつまんねーよ。もう一回やる」


そのもう一回、は二回戦が終わった後にもやってきた。

結局は22ゲームほどつき合わされ、私は悟る。

(インフレイムさんは褒められるのが嬉しいんだなぁ)と。

あまり褒めすぎるといつまでもそれを続けたがる習性があるらしい。しかも、


「ちょっと寝る」


と言って布団の上に寝転がった。

起きるまでに晩御飯の準備と、時間延長の連絡を入れておけと言い残して。

キッチンも奥に備え付けられてるし、料理が出来るには出来るが…。



__むぅん。夕方からムカデさんの予約が入っているのだと、いつ伝えよう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ