25 アドレナリンシグナル
3日ぶりに木戸さんに会いたくてラミア店長に娼夫館に連れて来て貰った。
相変わらず「ぐふっ」と笑いが漏れそうな色男さんたち揃いである。
毒々しいまでに赤いジュータンのひかれた廊下を歩いていると物珍しそうにじろじろと
通りがかりの人たちが私と店長を見る。
「私が木戸?だっけ?…を迎えに行くから、あんたはここの店長に挨拶して来なさい」
「はいはい。了解です」
しかし黒ブチさんはラミア店長が挨拶した方が喜ぶ気がするんですけども、と思ったが
もう連れて来ないと言われると困るので素直に指示に従う。
一階の出入り口のすぐ傍にある部屋に行き、ノックする。
はい、と感情の篭もらない声が聞こえて扉が開く。
相変わらず爽やかなイメージの漂うファッション雑誌モデルの容姿の黒ブチメガネさんは、
その爽やかな容貌とは似合わない不機嫌顔をしていた。
「…また来たの」
「ラミア店長も一緒ですよ」
「ママも?どこ?!」
「あ、いや、今は木戸さんの方へ行ってます」
「は?それでお前が僕の方来たわけ?」
のぉう。やはりそこツッコまれますか。
「……ママさ、お前に構いすぎだろ。どうゆうこと?」
「いやぁ。そう言われましても」
私が過保護に扱われているのは分かるが、過保護に扱われている理由は分からない。
その答えが気に入らなかったらしく黒ブチさんは舌打ちした。
黒豆を沢山献上すれば良いんじゃ?と助言しようとしたが、黒ブチさんがラミア店長の
好物を知らない訳無いのでその言葉は黙って飲み込む。
ラミア店長の部屋と違って書類が山積みにされておらず綺麗に整頓されていて、機能的な
というより無機質的な雰囲気の部屋だ。
「お前、ふられただろ」
突然話題が切り替わって一瞬何のことか分からなかったが、どうやら私と木戸さんの事を
指しているらしい。
いやぁ知っていたのですかお恥ずかしいもぅ。
照れたように笑ったら、黒ブチさんのご期待に添える反応ではなかったらしく目を眇められた。
「いっつもそんなヘラヘラ薄気味悪く笑ってんの?そりゃふられるわ」
「いやぁ、すみません」
「……僕と会話する気ありませんって感じだな」
「お喋りしたかったんですか?」
「あんたと喋ったところで実りある会話なんて出来なそうだけど」
「良く言われます」
会話はそこで途切れ、無言で木戸さんとラミア店長を待った。
部屋は静かそのもので、外の人たちの声がドア越しに聞こえてくる。
コツ、コツと黒ブチさんは足でリズムを一定的に刻む。
ぬぅん。気まずい。
十分くらい経った頃黒ブチさんの靴の音が止んだ。
「同情してやろうか」
何を、と聞き返す前に黒ブチさんが私のすぐ傍まで近寄って来た。
いきなり間合いを詰められて私は反射的に半歩身を引いたが、相手の動きの方が早く、
間に15センチ定規も入らない位の距離まで黒ブチさんが迫る。
手が伸びてきて服越しに鎖骨を指でゆっくり撫でられ、驚いて黒ブチさんの顔を見ると
なんの表情も浮かべておらず、それに気を取られている間に親指の腹で上唇をなぞられる。
その色気のある指の動きに私は
「ぶふぇっくしゅ!」
「おぐうぉわ、きったね…っ!!」
くしゃみをブチかました。
上唇なぞられてる時に爪が鼻を何度も掠めるんですもんそりゃ出ますよ。
黒ブチさんは不愉快そうにくしゃみをぶっかけられた顔を拭っている。
「出そうになっても我慢しろよぉぉ!雰囲気的にさぁぁ!!」
「いやぁすみません。あ、ティッシュあるんで使います?長時間ポケットに
入れてたんで少しくしゃってますけど」
「色気が無いとかいう問題じゃ無いなお前!!」
壊滅的すぎる!と黒ブチさんは怒鳴りながら、差し出したポケットティッシュをスルーして
私のTシャツを引っ張り自分の顔を拭き始めた。
捲くり上がるのもお構いなしに引っ張るのでお腹が出てしまう。
「ぽんぽんが冷えちゃいますよ私」
「何だよぽんぽんて!お前何歳?!」
「ハタチです。それにこんなとこ誰かに見られたらいやんな展開になりません?」
「なぁもう黙っててくれる?お前と会話してるだけで体力無くなるんだけど」
「黒ブチさんのエッチィ」
「言い回し古い!あとキモい!死ねよもう!!」
コンコン、と私達の会話を遮るようにノックの音が響く。
「もうそろそろ入っていい?」
ラミア店長がげんなりした声で扉越しに質問してきた。