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02 薄暗い楽園の最初



私の他にも何人か迷い込んだ人が居たらしい。

人種は様々だが日本人は私しか見かけない。暫くの休憩時間を与えられた後、

大広間らしき場所に集められた私たちが受けた説明はこうだ。



お客様への接客時間は一人一時間。ただし追加料金で延長も有り。

体での接触(要はエッチ)は最後までしなければある程度OK。

あくまでこの店の売りは”精神面での癒し”なのだそうだ。

お客様の要望によっては外デートも有り得るという。ただし店長に許可申請しなければならない。


…以上のことを踏まえ、ここで一生懸命働きノルマをこなせば人間界に返してくれると

彼女は言った。彼女、とは下半身が蛇のラミア店長のことだ。


ノルマは一万人のお客を取ること。

お客様に粗相をし、途中で帰られてしまったり店に苦情が来た場合はノルマ人数を

10人ずつ増やされる。

娼婦達は一人一人個室の仕事部屋を与えられ、そこでお客様を向かい入れ仕事をする。

ちなみに魔界にいる間、人間は歳は取らないそうだ。なので浦島太郎状態を回避するため

人間界へ帰るときはここに迷い込んだその時間にきっちり帰してくれるという。

なんという好条件。しかしさすが魔界。なんでも有りだなぁ。

これだけの条件を出されれば誰も断れないだろうなぁ。いささか待遇が良すぎて胡散うさん臭くても。

不安そうに青ざめながら各々振り当てられた仕事場へ向かって歩き出す

皆に習い私も自分の部屋に向かう。





仕事部屋は実にシンプルだが、置いてある調度品が明らかに怪しいもので埋め尽くされていて、

今にも黒魔術が始められそうな雰囲気だ。なんだかどきどきして「ぐふ」と笑い声が漏れる。

あの首をつられてるテディベアはどこで買い揃えたのだろうか。なかなか愛らしい。

キッチンや冷蔵庫、シングルベッドなどといった家庭用品はしっかり揃っていた。

ボードゲームやTVゲーム、お手玉だとかおはじきみたいな娯楽用具も幅広く置いてある。

ぼんやりそれらを眺めていたら早速扉がノックされた。

「入ってますよー」と答えると数秒間を置いてズルリと大きな影が部屋の中に入って来た。



「……お前が新人か?」


這うように入ってきた私の第一番目のお客様は大きなムカデだった。

その体躯で部屋の三分の一が埋まる。大きくて赤い目がトンボのように飛び出していて

そこに私が映る。まるで鏡のようだ。

じっとりと湿っている長い体には無数の足がわさわさと忙しなく動いていた。


「でっっかぁぁあ!」


第一印象の感想を述べ、ムカデさんに手を伸ばす。体に触れるとびくりと跳ねた。


「おい」

「あ、すいません。触られるのヤでした?」

「………触られるのが嫌と言うより、触ることを嫌がられる側だ」

「へぇ、勿体無い。かっこいいのに」

「…………」


ムカデさんは暫く黙っていた後、出入り口の前にいたラミア店長に目配せする。

それを合図にばたんと静かに扉が閉まった。たぶん初見は合格ということなのだろう。


「人間のわりに怖がらないな」

「怖いというよりかっこいいですよ。ここは譲れませんな!」

「いや、譲るもなにも……」

「そういえばお菓子置いてあるみたいなんですけど、食べます?」

「……甘いものはあるか」

「ありますよ~。ええっと、クッキーとようかんと……黒豆が」

「黒豆が?!」

「なぜか置いてあります」


ラミア店長の好物なんだろうかと考えながら袋を開け、備え付けの皿に移す。

どうぞ、とお菓子を渡すとムカデさんはちょっと嬉しそうに顔ごと皿に顔を突っ込んだ。

がしゅがしゅと豪快な音がする。皿をあまり動かさないように支えるのが大変だ。

しかし一人目のお客様がムカデさんだとは。

昆虫やでっかい怪獣が大好きな私に対する挑戦か。受けて立とうじゃないか。


「ぐふっ。可愛い~」


隠す気もなく漏れ出たその呟きにムカデさんの口の動きが止まる。


「…………なに」

「もう食べないんですか?」

「お前、今なんて」

「意外と少食なんですね。かんわいぃ~」

「……っだ、いや、お前!俺のどこを見てそんなこと……!」

「いやぁ、口の動き?甘いものが好きなとこ?真っ赤な大きい目とか??」

「…………」


おや?怒ったかな?それとも照れているんだろうか。如何せん相手が虫さんなもので

表情が分からない。

ゆらりと赤くて大きな瞳が揺れた気がした。


「…ふざけたことを」


低い声を出されたので威嚇されたと思ったが、そっぽを向いてもこの場から出て行こうと

しないのを見るとどうも照れてるという考えが有力そうだった。

けれどそう思ったのもつかの間、ムカデさんはゆっくりした動作で戸口まで移動した。

(あ、嫌われちゃったか)

溜め息をついてその後姿を見送る。こんなに早く帰るならお茶も一緒に出せばよかった。

甘いものだけじゃ喉が乾くだろうに。


__しかし、すぐにムカデさんはまたこの部屋に帰ってきた。


「んあ?どうしました?この食いかけクッキー持って帰ります?」

「……いや、それはここで食べる」


後ろのほう、開いた扉の横にラミア店長がまたいたのが目に入った。

にっこりと満足そうに微笑みながら親指をぐっと立てる。



「二時間の延長を申し込んできた」



ムカデさんのその言葉に無意識にガッツポーズしてしまう。ラミア店長の笑顔の理由はこれか。

私の初陣は見事大勝利だった。

にんまりと笑みが零れる。しかしこれは言っておかねばなるまい。


「ぐふっ。延長の申し込みはこの部屋に付いてる電話からもできますぜ、旦那」

「そ、そうなのか……」


そして今度こそムカデさんにお茶を淹れてあげよう。



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