19 落胆の声
結局包み隠さず全部ラミア店長に話し、ようやく電話の使用許可が下りた。
スケジュールを確認し、電話する順番を決める。
まずはサソリさんからだ。
『はいはい。ファミリア』
「あ、もしもし。岸本ですが」
『うお、どうしたー?きしもっちゃんが電話掛けてくるなんて』
「はい。ちょっと予約を取り消させて頂きたく……あれ?ファーミンどうやって
携帯持ってるんです?お手々ハサミじゃないですか」
『そこはお前、頭の使いようだって。棚の上に置いて壁に立て掛ければ
通話ボタン押すだけじゃん?俺器用だからそのくらい簡単なの』
「やたら微笑ましい図ですな」
『微笑ましいっつったらさ、こないだムーミン再放送してたの知ってた?』
「え、何ですかそれ?私知りませんでしたけど?!」
『なに?やっぱ見たかった?』
「ごっつ見たかったですよ!凄い悔しいんですけども!あ~…ムーミンパパが……」
『念のため録画しといてやったから今度貸してやる。俺が居れば確かな安心』
「素敵!ファーミン素敵ぃ!!」
『あっはっはっはもっと褒めろ。じゃ今度一緒に見ようや』
よし。多少話しがズレ込みましたが一人目攻略。次は受付さん。
番号を押して受話器に耳を当てると、1コールの途中で即座に繋がった。
『…ルイン……です』
「もしもし、岸本ですが」
『…………』
「あの、もしもし。もしもし?」
『ごめ…ん。……聞こえ、てる。…声、聞けて、嬉し…くて…びっくり……した』
「…そうですか。喜んで貰えた後に伝えるのは心苦しいのですが、その、
予約を取り消させて頂きたくお電話した次第で……」
『……予約……取り、消し?』
「はい。すみません」
『……俺に、会う、の…嫌?……今度、いつ…会える…?』
「いえ、あの、明日入っている予定だけで大丈夫ですんで、そんなに長くは」
『マフラー、貰え……なかっ、たし…酷い……』
「マフラー?…クリスマスのやつですか?」
『……キシモト…ひどい…』
「そのくらい編みますよ。受付さんのためなら先着とか関係なく、マフラーでも手袋でも」
『…とくべ、つ?』
「ああ、え?……ああ、まぁ」
『なら…許し、て……あげ…る』
キャンセル出来たのに仕事は増える結果に。
受付さんには今度腹割って話し合う必要がありそうだ。
3人目は、ポニーテールちゃん。
「もしもし、岸本ですが…」
『アリアの知り合いにこんな間抜けな声の人は居ないわ』
「ぬぅ、アリアさんてば照れ屋さ」
『切るわよ』
「すみませんでした!あの、予約日程を変更して頂きたくお電話を…」
『……その日は一緒に買い物する日よね』
「…はい……」
『……へぇ。キャンセルさせようっての。へぇ』
「この埋め合わせは後日必ず…」
『謝罪は結構。あんたなんかもう要らないわ』
がちゃりと電話が一方的に切られる。
重い溜め息が口から漏れる。少しの間落ち込んでいたら、手元の電話が鳴った。
店長の部屋の電話だということも忘れて反射的に受話器を手にとってしまった。
『……キシモトか』
「あれ、紺ジャージさん?」
『紺ジャージってなんだ。……アッシュと呼べ』
「アッシュさん。アリアさん怒ってます?」
『少し拗ねてるだけだ。時間が経てば……落ち着く』
「だと良いんですけども」
『……会えないのか。明日』
「はい。こちらの都合で振り回してすいません」
『別に構わない。……ドタキャンも友達同士では良くある事だ』
「……そうですか」
『買い物はいつでも出来る。友情を深めるには……ちょっとした行き違いも必要だしな』
4人目……いや5人目攻略。
最後はムカデさんか。
失礼だろうが一番柔軟な方なので気が楽でいい。
「もしもし。岸本ですが」
『どうした』
「大変申し訳ないんですが、予約の日程をずらして頂きたく…」
『……何があった』
「いえ、ちょっとした私事で」
『ちょっとした事で前日キャンセルか。もう少しまともな嘘を吐け』
なにやら雲行きが怪しい。
もしかして今回、一番厄介な相手はムカデさんなのか?
『説明も無しにそちらの要件を呑めとは、ずいぶんな物言いだと思わないか』
「…ごもっともで」
『……10分…いや20分で支度する。そこで待ってろ』
「支度って、え?!来るんですか?!」
ツーツーと音がする。電話を切られたようだ。
ラミア店長も付いてくる気でいるのにムカデさんにまで迷惑は掛けられない。
店長に早く行きましょうと呼びかけ外に出て、羊さんが移動する際にとお供に付けてくれた
蜂さんの姿を探す。
が、周りを見渡してもそれらしきお方が見当たらない。
早くしないとムカデさんが来てしまう。
慌てて探し回るとラミア店長が壁に貼ってある書置きを見つけ、私に聞こえるように
読み上げた。
”残業届けを提出してきます。すぐ戻ります”
「律儀!いや律儀って言うか……蜂さーーん!!」
無駄と分かりつつ灰色の空に向かって叫ぶ。
残業届けとかあるんですね魔界にも。
力なく項垂れている私の腕をラミア店長が掴む。
「今日店に来てる客の中から飛べる奴探すわよ」