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18 アジェンダの矛盾



「あれは知り合いか」

「知り合いよりもディープな関係です」


ぽそぽそと小さな声で羊さんと相談する。

とろけるゾンビさんによると敷地内をうろうろしていた人間を捕まえ、商品棚に並べたまでは

良いが態度が悪すぎて買い手が付かないということらしい。

そりゃそうだ。日本人相手に奴隷だとか下僕だとかいう単語を使ったって「お前頭大丈夫?」

ぐらいの反応しか返ってこないだろう。

平々凡々に平等主義を唱える日本生まれに奴隷制度など通用する訳が無い。


「お優しい貴方様ならば、買い手の付かない可哀相なこの奴隷を引き取って下さると

 思ったのですが、無駄足でしたかねぇ」


その言葉に羊さんの目が細くなる。

どうやら優しいだとか親切だとかはこの世界では褒め言葉にならないようだ。

いや褒め言葉にならないどころかもっと状況は悪そうだ。

美人さん方の不安そうな顔や羊さんの痛いほど握り締められた拳を見れば、部外者の

私にもおおまかな察しが付く。


「数日ほどこの辺りに滞在しておりますので、もし気が変わりましたらご一報を」


にやつき顔で退室していくとろけるゾンビさん。

木戸さんの値段くらい聞きたかったが、仕方ない。


「買わないで下さいね」


羊さんが何か言う前に先手を打つ。

ラミア店長と同じ香りがするこの親切雄羊さんがどんな行動に移るかなんて簡単に予測できる。


「美人さんいっぱい居るんですから、あの人まで取らんで下さい」

「……良いの?」

「お金も借りませんよ。どこから足つくか分かりませんしね」

「君、親切すぎて破滅するタイプの奴だ」

「そんなんお互い様です」

「人間の奴隷は高いよ。用意できるの」

「そこら辺は創意工夫次第ですな」

「つまり無策」


言い募ろうとする羊さんの鼻を指で軽く押す。ちょっと湿ってた。


「この問題は私のなんで、羊さんにはあげませんよ」


ぷにぷに鼻を人差し指で押しながら言うと、羊さんは苦虫を百匹くらい噛み潰したように

黙り込んだ。

この優しい羊さんと、その羊さんに幸せにして貰っている姉様方を巻き込んでまで自分の

やりたいことを成し遂げる勇気なんて私は持ち合わせていない。




破かれた物の変わりにサリーのような服を羊さんが用意してくれた。

そしてせめてと言わんばかりに移動に便利な蜂さんも貸してくれた。

羊さんの所へ送ってくれたあの大きな蜂さんだった。

たった数時間一緒に居ただけのしかも人間にここまでしてくれる羊さんに

囲われていたお姉様方がでれでれになっている理由が痛いほど分かる。

私とてあの羊さんと数日一緒に過ごした日には「好きです」発言して体当たりかましそうだ。

蜂さんが娼婦館の前で止まった瞬間に飛び降りて店長の部屋に向かう。

書類や本がまるで事務室のように雑然としているその部屋に転がり込む。


「明日、明後日お休みを下さい」

「理由は?」


息が荒い私とは相対的にラミア店長は動じず、書類に目を通したままの体勢で返事をする。

床を見ると店長の下半身である蛇の部分が狭い部屋一面にうねうねと動いている。

これご機嫌損ねたらキュッと締められてしまうんでは。


「えー…。愛を取り戻しに?」

「へぇ。取り戻すほどの愛なんて経験あるわけ」


馬鹿にするでもなくいつものツッコミでもなく言い返してくる店長に言葉に詰まる。


「客には自分で断りの電話入れなさい。私はやーよ」

「……それは勿論」

「親切丁寧頭を床に摩り付けて面積減っちゃうくらい下手に出なさい」

「はい」


受話器を取ろうと手を伸ばす。

しかしそれを何故かラミア店長に阻まれた。

薄いファイルでぴしっと叩かれたのでそれなりに痛かった。

思わず引っ込めた手をさすりながら何事かとラミア店長の方を見る。


「まず私になんか言うことあるでしょうが」

「……お電話使わせて頂きます」

「違う」

「失礼かとは存じますが店長のお電話を」

「言い方の問題じゃない。分かってやってるでしょあんた」


ラミア店長の尻尾が大きくうねりながら私を取り囲む。

じりじり追い詰められる感覚に息を呑む。

こんな緊張感は小学生時代、近所の良く吼えるポメラニアンにランドセルを武器に戦いを

挑んだとき以来だ。


「何も言わずに済むなんて考えるほど、あんた馬鹿じゃないくせに」


店長の瞳が細くなる。いっそエグイぐらいに綺麗な顔が恐ろしくて目を逸らす。

いつも手加減して私達と接しているのだと思い知らされる怖さだった。


「話さないならあのムカデのお客はる」

「え、そこから攻めるんですか?!」

「あんたあのムカデの客、相当気に入ってるみたいだし?

 そのせいか私とあのお客引っ付けようと努力してるみたいだけど、徒労に終わりそうね」

「いやいやムカデさん超有料物件ですよ?こんな駆け引きじみたはじき方したら

 店長絶対に後悔しますって!」

「だから、あんた次第よ」


私を幸せにして頂戴、なんて意味深げに微笑むラミア店長。

まさかあらぬ方面で人質を取られるとは。

ラミア店長に迷惑は掛けまいと思ったのに、どうしたもんか。


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