17 痩せた賢人※
一体どこで聞きつけてくるのか、またも私は出張サービスを希望されるお客様に
指名され、相手のお宅へ伺わざるをえなくなった。
大きな蜂に人間の腕を付けたような方が店まで迎えに来られ、私の胴体をがっつり掴んで
飛ぶ形で私はお客様の元へ連れて行かれる。
かなりの速度で宙を舞うので、まるでジェットコースターに似た感覚がした。
降下するときにお腹がひゅってなるのが私は好きなので、思わずぐふっとご機嫌な
笑いが漏れてしまう。
しかし楽しいのも束の間、すぐにインド風味なお城のバルコニーらしき場所に下ろされ、
蜂さんはさっさと何処かへ行ってしまった。
置いてきぼりにされてしまった私は、困って周りを見渡す。
「来たか」
声をかけられて振り向くと、バルコニーの入り口に大きな雄羊が立っていた。
首までが雄羊で、それから下は人間の身体と変わらなかったが、
とてもショッキングな事に男性器が蛇の形をしていた。
いや形だけではなく蛇のように動いていたので、もしかして生きているのかも知れない。
なぜそんな事が確認できたのかというと、羊さんが真っ裸だったからだ。
「のおぅ、すみません。お着替え中?いや入浴中にお邪魔を」
「別にそうじゃない」
「もしかしてノーパン健康法ですか?でも今日は肌寒いですしなにか羽織った方が」
「そんな健康法はやってない」
ぬぅ。相手にされていない感じです。これがいわゆるボケ殺しというやつか。
羊さんは私の傍まで来ると、軽々肩に担ぎ上げて建物の中に入った。
中は大理石作りで、天井にはなにかの模様のようなものが彫られている。
豪奢なようで控えめな印象を受ける不思議な内装だった。
感心しながら辺りを見回していたら、羊さんに突然下ろされて何故か上着を剥ぎ取られ
更にはスカートを破り捨てられた。
靴下とパンツとキャミソールだけになってしまった私は、鏡に映したらさぞ不恰好だろう。
ここは先日の経験を生かして「キャーエッチ!」と叫ぶべきなのだろうか。
「入れ」
促されて入った部屋は広く、奥に半透明なカーテンが掛かったスペースがあり、
赤いジュータンの上に柔らかそうなクッションが置かれ、美しいお姉様方が3人、
その上に気だるそうに寝そべっていた。
よくよく見るとそのお姉様方はほとんど布切れとも呼べるような、大事な部分しか
隠していない服を着ていた。ほとんど裸と一緒である。
横には果物や肉料理が盛り付けられた金の器が置かれている。
「こんにち、わっ?!」
ド美女さん達に挨拶しようとしたのを遮るように羊さんに引っ張られた。
羊さんはお姉様方の居るクッションの真ん中に座り、私をひざ上にうつぶせに寝転った
ような体勢にして乗せる。
がっとお尻を掴まれたので反射的に小さく悲鳴を上げた。
「……んだぁ?なんか新しいのが居るなぁ」
そのタイミングを計ったように、黒い固まりがこの部屋に入ってくる。
芋虫のように這いずって移動するその固まりに手や足は無く、
形の判然としない光った目があるだけだった。
「いつものぁどうした。俺ぁあの赤毛ちゃんがお気に入りだったんだが」
「悪いな。今日はちょっと遊びすぎて、動けなくなってる」
「おいお~い。どんだけ無茶したんだぁ?かんわいそうに~」
「こいつらが一匹減ったところで、どうってことは無いさ」
「冷てぇなぁ?相変わらず~。……そんで、そこの膝の奴を新しく拾ったんかぁ」
「まぁな」
「もう仕込んだかぁ?こいつぅ?」
「いや、まだだ。先日拾ったばかりだからな」
「へぇ~そうかい。じゃあまだ新鮮だなぁ?味見~~」
羊さんの膝に抱えられている状態から顎を引かれ、口付けられる。
いや、これは口なのだろうか。
舌に絡みつくのはまるで髪の毛のようにザラついた感触だけだった。
咽そうになるのを耐えながらそれを受け入れていたので、自然と涙が零れる。
「なんだぁ、あんまり嫌がらねぇなぁ、お前」
「……すみません…ちょっと、スランプ中でして」
「あぁ?」
口を開放されてゲホゲホと咳き込みながら答えると、黒さんはしばらく黙ってこちらを
眺めていた。
「変な女拾ったもんだなぁ、おい」
「たまには毛色が違う女も良いだろ。楽しめそうで」
「そうかぁ?俺ぁもっと、嫌々泣き叫ぶ感じがクるがなぁ」
「別にお前の好みに合わせた訳じゃないぞ」
「へいへい。まぁあの赤毛ちゃんが居ないなら、俺ぁもう帰るわ」
ずるずると身体を引きずり黒さんは出て行く。
それを見届けてから、羊さんは「ごめんな、突然」と謝罪しながら私の頭を優しく撫でた。
「急いでたから説明もできなくてな。怖かったろ?」
「いえいえ。そこまでは……」
「うちのが一人風邪ひいちゃってさ。悪いんだけど今日一日、交代要員としてここに
居てくれるか?客があと二人ほど来る予定になってるんだよ」
「それは大丈夫ですけど、女の人ならもう三人も美人さんがいらっしゃるじゃないですか」
「悪魔って階級ごとに侍らす女の数が関わってて、三人以上じゃないと立場上、
馬鹿にされちゃうんだよ」
「ほほぅ。成る程」
「……君、本当に怖がらないね。こんな所に拉致同然に連れて来られたのに、どうして?」
珍しいものでも見るかのようにまじまじと観察される。
しかし変わり者という点では羊さんも人のことは言えないんでなかろうか。
囲ってる美女さんたちを大事にしてるくせに、それを他の魔族さん達に悟られないように
しているとこなんか良い例だ。
「ラミア店長が引き止めなかったので」
「ん?」
「あの過保護店長が引き止めないでそのまま出張へ寄越すなんて、よっぽど信用してる
お方なんだろうなぁ、と」
「…そうか。それで僕も分かったよ。ラミアが僕に君を勧めた訳が」
「え、ラミア店長の推薦なんですか?」
「ああ。騒いだり余計なこと言わずに対応してくれる子が欲しいってリクエストしたら、
君を寄越してくれたんだ」
君も信用されてるんだねと言われて、なんだかむず痒くなる。
いつもはツッコミか説教しかしないラミア店長が、そこまで私を……。
よし。帰りはお土産に黒豆を買って行こう。
考えている最中、美人さんの一人が私の口にりんごを押し付けてきた。食べろという事か。
ありがとうございますとお礼を言うと、にっこり笑って返してくれた。
相手は外人さんなので、多分言葉は伝わっていないのだろうけど。
他の二人も私の髪を梳いてくれたり、頬をつついたりと構ってくる。
しかしそんな和やかな空気は次の来客で瞬時に凍りついた。
「いやぁ。いつもながら羽振りが良さそうで、羨ましい限りです」
不気味に笑うその魔族の容貌は、一言で言えば半分溶けかかったゾンビだ。
黒いフードを被っているが、脳みそがはみ出ているのがすぐ分かった。
私の知っているゾンビのお客さんとずいぶん掛け離れた姿だ。
「ふん。世辞は良い」
「おお、これは申し訳ない。それではさっそく本題に移らせて頂きます」
ぐい、と右手に持っていたロープを引くと、そこに繋がれていた若い男
それも人間の男性が前に出てきた。
目隠しに猿轡をされていて、犬の首輪のようなものまで嵌められていた。
服はぼろぼろで、何日もまともな扱いをされていないだろう事が簡単に想像できた。
しかし、それよりも驚いたのは……
「ちょ、うぇ……木戸さん…」
その人が私の元彼であることだ。