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15 脳内警告を無視



午後2時ごろポニーテールちゃんと紺ジャージさんが訪問する予定なので

私の手持ちの中で一番金額的に高い着替えを用意し、自室のお風呂に入った。

あの人たちはこの世界での貴族に部類されるので、最低限の身だしなみを整えるためだ。

ダブル洗顔抜かりなし。ムダ毛処理準備万端。

優しい香りのボディソープで身体を念入りに洗い次は髪を、と洗髪作業に移ろうとした時

脱衣所の方から物音がした。

いや物音どころか浴室の扉(曇りガラス仕様)から人影らしきものも見える。

どういった事態なのか把握することが出来きない私は、取り合えず髪を手櫛で整えた。

どんな状況でも女の子の髪型は重要です。


「……入るぞ」


その言葉と共にガラッと扉が開けられた。

そこに居たのは包帯といつもの紺ジャージを着ていない紺ジャージさんだった。

ん?何か字面が可笑しい気がする。

素っ裸に腰タオル一枚という出で立ちの紺ジャージさんは扉を閉め、そのまま

入り込んできた。

男性のこんな姿はお父さん以来だったのでまじまじと見入ってしまう。

無駄な肉のないソフトマッチョは裸体だとさらに迫力があった。


「どうなさったんです急に」

「……背中を、流しに来た」

「いやぁ、身体はもう洗っちゃいました」

「反応が……良くないな」

「きゃー!とか、紺ジャージさんのエッチ!とか言った方が良かったですかね」

「そうだな……是非”エッチ”と叫びつつお湯をかけて欲しかった。あと前くらいは隠せ」

「すみません。そういった方面に疎いもんで」

「まぁ、いい。……お前は友達だからな」

「友達?」

「身体が終わってるなら……次は」


なにがなんでも洗いっこしたいらしい相手は、少し泡の残る私の髪に触れた。

髪を撫で付ける紺ジャージさんの手の暖かさがじんわりと滲むように伝わってくる。

出しっぱなしのシャワーの音がノイズのように聞こえた。

上からとめどなく降ってくる水のせいで目がまともに開けていられない。


「顔が赤いですよ。大丈夫ですか」

「……大丈夫じゃない」

「まじですか」

「ああ、マジだ……うぉげぇええええ」

「NOォォォオオオオ!!」


浴室に紺ジャージさんのリバース音と私の大絶叫が響き渡った。




__後片付けを終えリビングへ行くと、テーブルにポニーテールちゃんが座っていて、

きっと自分で淹れたのであろう紅茶を飲んでいた。

紺ジャージさんに脱衣所を貸してしまったため私はこちらで着替えようとしていたのだが

そうもいかなくなってしまった。

そんな私の心境を汲み取ってか「私のことは気にしなくて良いわ」と言ってくれたが、

先程紺ジャージさんに羞恥心の足りなさをやんわり注意された後だったので、ここは

わきまえてトイレで着替えを済ますことにした。

今日は一心不乱の字が入ったパンツはやめておこう。


「愚兄が迷惑をかけたようで、ごめんなさいね」


笑うのを堪えているためか、ポニーテールちゃんの肩が少し震えていた。

機嫌良いらしく、いつもより表情が柔らかい。

その雰囲気は我が家のジェニーちゃん(ペットの亀)に似ていてとても癒される。


「いえいえ。それより何で今日はこちらに?」


お茶菓子を戸棚から出し、ポニーテールちゃんの前に置きながら向い側の席に座る。

いつもは出張サービスをご利用頂いているのに、どうして今日だけ訪問に変えたのか。

もしお金が掛かりすぎてうんうぬんなお話しだったら、今後は一切この人たちの指名を

受け付けないことにしよう。


「友達の部屋を見たいって、お兄様が駄々こねたからよ」

「お風呂場でも友達だから、とか言ってましたなぁ。光栄ですけど突然どうして…」

「昨日あんたが言ったんじゃない。ほら、日本のドラマ見てた時」

「ドラマ……」

「お兄様感化されやすいから」


興味なさそうに出されたお菓子を一つつまむポニーテールちゃん。

そういえば昨日訪ねたとき、紺ジャージさんの部屋で三人でテレビを見た。

部屋は完全ヨーロッパ風なお城には不似合いな現代の電子機器や家具で埋め尽くされていて、

アニメポスターだとかゲームだとかも山のように積んであったと記憶している。

ドラマが終わり、エンディングロールを目で追っていたとき

『……親友か。良いな、欲しい』

『引き篭もりのお兄様じゃ無理ですわ』

『そうか……だが、欲しいな。夕焼けの下で殴り合ってみたい』

『あ、なら私がなりましょうか?』

『お前は賞味期限が切れていても、一応異性だろうが……。親友は同性と決まっている』

なんて会話をした。そうだ。しました確かに。

でもあれ?これだと眼中にも無かったように感じるんですが。


「あの後どのような心境の変化が……」

「アリアが熱ぅい友情モノのドラマやアニメ見せながら、

 ”親友っていうのは性別や種族を超越した関係なの”って説得したから」

「んん?なぜに?」

「そろそろお兄様には妹離れしてもらわないとね。ついでに邪魔くさい恋敵も片付けられて

 一石二鳥。良い考えだと思わない?」


楽しそうに笑うポニーテールちゃん。

あれほどムカデさんや美人さんとは何も無いと指名されるたびに否定したのに、どうやら

全く信じて貰えていなかったらしい。

そうこうしている内にガチャリと脱衣所の扉が開き、紺ジャージさんがいつもの格好で

出てきた。


「汚してしまってすまない。年増の裸は見るに耐えなくてな……」


ふぅ、と息を付きながらまだ濡れている髪を拭く紺ジャージさん。


「むぅん。あんなこと言ってますけど、私なんかが恋愛対象になるんですかね?」

「……ふん、馬鹿ね。これから改善させていくのよ」

「ご期待には添えない気がするのですが…」

「おい。……ペットボトルの飲み物はあるか」

「え、ああ。そこの冷蔵庫に入ってますんで、お好きにどうぞ」

「そうか……なら一本、貰う」


紺ジャージさんは言われたとおり冷蔵庫から飲み物を取り出し、一気に呷った。

そして半分くらい残ったそれを私の前に差し出す。

目の前に持ってこられたので思わず受け取ったが、どうしろというのだろう。

まさか処分しろというのだろうか。それとも飲めと言うのか。


「……友達と言えば、回し飲みだろう」


飲めという方向でした。お礼を言いながらその飲み物を貰う。

しかし睨み付けるかのような紺ジャージさんの視線が痛くて、なかなか飲み辛い。

ポニーテールちゃんはにっこにこしながらその様子を眺めていた。

余程私と紺ジャージさんを片付けたいというか、くっ付けたいらしい。

何度かむせそうになりながら、かろうじて飲み下す。


「……飲んだな」

「はぁ、ごちそうさまです」

「よし。次は土手で……殴り合いするぞ」

「殴り合いっすか。足技はありですか」

「無しだ。……あと技名は大声で言えよ」

「インダス文明パーンチ!とか?」

「そのネーミングセンスはどうなん……いや、まぁそんな感じだ」


さぁ来いと腕を掴まれ、半ば引きずられ気味に紺ジャージさんに付いて行く。

ポニーテールちゃんが気になって振り返ると、力尽きたように両手で顔を覆っていた。

どうやら私たちは恋愛へは発展しないと判断したようだ。


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