12 脅迫※
広い石造りの部屋には食事用らしき長テーブルと、それに合わせて並べられた椅子。
その他は暖炉くらいしかなかった。高い天井の真ん中にはシャンデリアが吊るされている。
「へぶっ」
その部屋にばつーんという豪快な音と共に私の間抜けな声が部屋に響く。
お腹の次は頬に攻撃された。
その勢いで倒れかかった私を肩を掴んで支えるポニーテールちゃん。
指が爪ごと肩に喰い込むのが分かる。
「時間はたっぷりあるもの。楽しんでってちょうだい」
「あったったったぃいったったった」
「門の前に誰か待機させているようだけど、無駄よ。この城は侵入不可能で…」
「くぅ~つつ!痛っ、あばばばばば」
「……ちょっと、もう少し緊迫感のある声出せないの?」
「え~…緊迫感ですか?……あわわおぉ~~んぎゃわおぉ~ん!」
「遠吠えか!!」
ずびし、と頭にポニーテールちゃんのチョップが振り下ろされる。
「……アリアがあなたを、どんな用件でここに呼んだと思う?」
私を床に放り投げ、気を取り直したように言い放つ。
アリア?誰の名前だろう。それとも彼女の一人称なんだろうか。
頬の痛みがおさまってきた頃、いつまでも寝転がってるような体勢では失礼なのではと
思い至り、床の上に正座して身構えた。
そこで正座している体勢の私とポニーテールちゃんの身長がさほど変わらない事に気付く。
「もしかして、SMプレイをご所望で?」
「んなわけないでしょ馬鹿!」
「いやぁでもその見た目でそのご趣味とは、なかなかギャップがきついですね」
「だから違うっていうのに!」
「ぐふ。ご謙遜なさらず。かく言う私もM性質でして軽い痛みは案外気持ち良いなーと最近…」
「黙りなさい!それ以上掘り下げなくて良いから!!」
怒鳴った後、はっとしたように両手で口を隠すポニーテールちゃん。
こんな大声を出すなんてはしたないわ、アリアったら。と小さく呟いた。
やっぱりこの子の名前はアリアで合っているらしい。
それでさっきの質問の答えは、と言おうとした所で背後から大きなノックの音がした。
いやノックというよりは扉を殴りつけているに等しい音だった。
ポニーテールちゃんが「お兄様?」と声を出したのを合図に扉が開いく。
「……アリア。騒がしいんだが、何をしているんだ」
ぬっと大きな人が入ってくる。
身長は190、くらいか。
浅黒い肌に短い銀髪。なぜか口の辺りを包帯でぐるぐる巻きにして隠している。
目の色はポニーテールちゃんと一緒で薄い灰色だった。
強面だが整った顔。服の上からでも分かる鍛えられた体。
だが何故か紺色ジャージを来ていた。ポニーテールちゃんの服とは対極に位置するであろうその
服装に疑問符が頭に浮かぶ。
紺ジャージさんはこちらを一瞥すると嫌なものを見たという感じですぐ目を背ける。
「……誰だ…この年増は」
包帯を巻いてある口に手をやり、げっそりとした様子で吐き捨てる。
「お兄様にしてみれば皆年増でしょう」
「……皆、じゃないぞ。お前や、16歳以下の姿をしている娘は俺の範疇だ」
「気持ち悪いのでそれ以上喋らないで下さいません?」
「そう言うな……俺の愛しい妹」
「だからそれが気持ち悪いって言ってるのよ!!」
そうよ、大体お兄様が、こいつが、このアホが!
と何かがヒートアップしていくポニーテールちゃん。
慣れない正座で足がしびれ始めていた私は、時々体勢を変えつつ聞いていたがどうやら
ポニーテールちゃんの10~12歳の姿は紺ジャージ兄さんのせいらしい。
紺ジャージさんはいわゆるロリコンらしく、妹が人間の姿になるための修行中に
あれやこれや吹き込み、さらにはそれやこれな罠を仕掛けられ現在の幼女姿に至るそうだ。
「こんな子供の姿じゃ誰も振り向いてくれないんだもの!密かに狙ってたテンペランス様や
インフレイム様やロアー様だって、こんな女に取られちゃうし!!」
ん?テンペランスってムカデさんの事かね?
インフレイムさんは美人さん?
もしかしてこのことで私は呼ばれたのだろうか。でもロアーって誰だろう。
「私は取ってませんよぃ?テンペランスさんは他に好きな人が居るし、インフレイムさんには
この間こっぴどく振られました。ロアーさんとやらは存じ上げませんけど」
「……え?」
「アリアさんが思ってるほど、私好かれてないんですよ」
ポニーテールちゃんのご期待に添えなかったのは申し訳ないが、こればかりは自分では
どうしようもない。
あ、でもそういやムカデさん門の前で待っててくれてたんだった。
これは言わないほうが良いだろう。
固まったまま動かない彼女を慰めるように紺ジャージさんがお尻を撫でると、
ポニーテールちゃんは見事なまでのアッパーを繰り出した。
「それ本当なの?」
「ええまぁ。残念ながら」
「……お前のような賞味期限切れ女では、当然だな」
「お兄様。次ふざけたことぬかしたら、もぎ取りますわよ」
「悪かった。……黙ってる」
「そうして下さい」
ポニーテールちゃんは盛大な溜め息を吐くと、こちらを意味ありげな目でねめつける。
「門の前で待ってる人、テンペランス様ではなくて?」
おおぅ。やばい。バレてーらです。
ポニーテールちゃんは私に手を伸ばしかけて、すぐ引っ込めた。
「痛くしたんじゃ意味無いのよね」という言葉に、先程の自分の
軽い痛みは案外気持ち良い、の件が効いているのだと分かった。
だがそれも束の間のことで、ポニーテールちゃんはすぐに思い直したように
「まぁいいわ。気持ちよさを感じている暇も無いほど虐めてあげる」
と不適に笑みを浮かべた。
「……待て。アリア待て。今部屋からカメラ持ってくるから、まだ始めないでくれ」
「お兄様、ぶち抜きますわよ?」
「わ、私そういったプレイは初めてなので……優しくして下さい、ね?」
「だからSMじゃないというのに!!あと気色悪い言い回しはやめてちょうだい!!」
「おい、年増。お前セーラー服を着ろ。あと髪を二つに結べ。そうすれば少しは見られる
ようになるだろ。靴下は白だぞ」
「んもぅ。お客様ったらマニアックですなぁ」
会話がノってきた次の瞬間、紺ジャージさんの身体が宙に浮いた。
ポニーテールちゃんの一本背負いが綺麗に決まったからだった。
ダァン、と背骨に良い感じのダメージがありそうな音を立てて紺ジャージさんは石造りの
床に叩きつけられる。
白目を剥いた紺ジャージさんの身体は小刻みにぴくぴくと痙攣していた。
「…これで邪魔者は居なくなったわ。あなたには、洗いざらい吐いて貰うから」
手首の柔軟をし始めたポニーテールちゃん。
私生きて返して貰えるんでしょーか。