強すぎる聖女、婚約破棄からのドラゴンの卵焼き係になりました。
ドラゴン可愛いです。
大きな結界で囲まれた山地。
その結界の中に、点々と小さな結界が野営地のように張られている。
その結界を一人の少女がドラゴンの背に乗って飛び回る。
ある結界では、
「火の最大魔法、インフェリート!」
また別の結界では、
「氷の最大魔法、ブリザリート!」
最大出力で小さな結界の中に魔法を放つ。
中にあるのはたくさんのドラゴンの卵だ。
小さな結界の中で、卵が魔法に飲み込まれる。
それを、少女──シア──は満足そうに見ていた。
──半年前。
大陸の中央にある、小国タイナル王国。
四つの大国に接するこの国には昔から神に選ばれし女性──聖女──が誕生する。
今世の聖女は、シアという平民出の十五歳の少女だ。
豊富な魔力を持ち、全属性の魔法が使用でき、さらに聖魔法まで使える。
だが、強すぎる力は畏怖や妬み嫉みの対象になるというのを今実感している。
「きっ、貴様は聖女などではないっ!魔女だ!悪魔だ!」
及び腰で言うのはこの国の王太子で、魔女と呼ばれたシアの婚約者カイザルだ。シアを直視することもできず、心なしか声は震えている。
先の戦争で、タイナル王国は大帝国ガンダル相手に圧倒的な力の差を見せつけた。その大半はシアの力だ。
戦場に一度も出たことのないカイザルはシアの活躍をどう聞いたのか分からないが、国のため戦ったというのに魔女や悪魔とは、なぜそのように言われなければならないのか、シアは首を傾げた。
「お言葉ですが、私は前線にて国のため、そして民のため、聖女として出来うる限りのことをしてきたつもりです。悪し様に言われるとは聞き捨てなりませんね」
「しかし貴様は、敵兵をまるでゴミのように殺していったというではないか! そんな、そんな野蛮な女が聖女であるはずがない」
聖女になにか夢でも見ているのだろうか?
戦争というのはそういうものだ。小国であるタイナル王国が国力も軍力も大きく勝る大帝国相手に被害を最小限に抑えるには、圧倒的な力を見せるしかなかった。
シアは敵兵の前線に向かって特大の風魔法を放ち、迫り来る敵兵を敵地へと吹き飛ばして送り返した。
そんな特大魔法を何度も放った魔力量と能力の高さに敵兵は戦意喪失し、撤退していった。
実際のところ敵兵の死者はほとんどいないだろう。本当にまとめて吹き飛ばしてただけで、攻撃した訳ではない。運悪く打ちどころが悪かった場合は気の毒だと思うが、死ぬほどの攻撃ではない。
「それで? 私をどうしようと言うのです?」
「貴様の処分の前に新しい聖女を紹介する」
新しい聖女? 神殿関係者に目を向けると目を逸らされる。グルのようだ。
現れたのは金髪に桃色の瞳の女性だった。たしか公爵家の次女だ。シアと違って庇護欲が沸きそうな可愛い女性。
なるほど、と思う。戦争云々はこじつけで、ただ彼女と結婚したかっただけなのだなと分かる。
「貴様との婚約を破棄し、国外追放とする」
先の戦争はタイナル王国と大帝国ガンダルの境界で拮抗し停滞していた諍いを先手必勝で攻め入ったことに端を発した戦争だ。
無茶であると進言したにも関わらず王子が功績を焦って指示した。
婚約者だったシアの力をあてにして。
身勝手にも程がある。婚約なんてこちらから願い下げだ。
「承知しました。婚約破棄及び、国外追放、しかとお受けいたしました。最後に……戦場に一度も行ったことない奴がグダグダ言うんじゃないよ、この浮気野郎」
「なっ!」
「なんと、不敬な」
「私はもうこの国の民じゃないからあんた達を敬うなんてしないから」
「衛兵、この罪人を捕えろ」
集まってきた衛兵が見えない壁に阻まれる。
「大人しくしてなさい。ここで最大魔法を放たれたくないならね。一つ忠告してあげる。今回の戦争の報告をなんて聞いたか知らないけど、大帝国は私の魔法で撤退していった。私がいなくなったと知ったらどうなると思う?」
「バレなければいいだろう」
「どうやって? 国を守る結界が消失するのに」
カイザルはようやくそのことに気が付いたようだ。
国全体を守る結界。外部からの悪意や攻撃から守り、結界内を豊かな気候に保っている。
「あ……と、止めろ。そいつをここから出すな!」
風魔法を使ってふわっと体を浮かせる。
衛兵達は結界に阻まれて近づくことはできない。
「それでは、ごきげんよう」
「まっ、待ってくれ! 行かないでくれ」
「ふふ、二度と戻りませんので」
王城の天井をぶち破って空高く飛翔する。
上空は穏やかな風が吹いている。結界内の環境を整えているため、一年を通して温暖な気候が保たれている。
ふっと国全体を覆っていた白い幕が消えた。
ビュウと刺すような強く冷たい風が吹いてくる。
怒りに火照った頬に気持ちがいい。
長い間、温暖な気候で過ごしてきた彼らが気候の変化に耐えられるだろうか。
それよりも、聖女に守られて他国に対して傲慢に接してきたこの国が、聖女を失って今後どうしていくのか。
「まあ、私の知ったことではないわね」
独りごちて、空中で全方向見えるように回る。
もうすぐ王国は戦場になる。
王国に隣接する四つの大国。もしその大国のいずれかに行くとすると、戦争に巻き込まれる可能性が高い。
どんな魔法を使っても、回復に専念したとしても、これから戦争が激化するだろうことを考えれば必ず戦場に行くことになる。
「戦争はもう嫌だなぁ」
戦争とは無縁の地はないものだろうか。
「よし、あの山へ行ってみよう」
王国の南にある未開の地。噂では魔物が出るとか出ないとか。
山のどこかに魔界と繋がる穴があって、そこから魔物が湧いてきてるとかなんとか。
「魔物って仲良くなれるかな?」
空を飛びながら期待に胸を躍らせた。
***
地上に降り立ったシアは一人歩いていた。
荷物は肩から掛けたバッグ一つだけ。
旅人とは思えない軽装備で人里から離れた山地を歩く。
山の中腹に差し掛かった時、開けた平地に巨大なドラゴンが蹲っていた。
「わ……あ! ドラゴンだぁ!」
見上げるほど大きな深紅のドラゴンはシアの声を聞くと、ゆっくりと首を上げ、金色の大きな瞳で見つめてきた。
「こんにちは」
挨拶をしてみる。
ドラゴンは一度だけ瞬きをした。
鼻を近づけてきたので、そっとその鼻先に触れると、ふすーとドラゴンの鼻息がシアの服をはためかせた。
「ふふ、お返事してくれたんだね」
胸の奥がじんわりと温かくなった。言葉は通じないのに、ちゃんと伝わった気がして。
嬉しくて笑っていると、ドラゴンがのっそりと起き上がる。その足元には大きな卵があった。
「あ! 卵だ。子育て中なの?」
フスンと鼻がなる。
鼻先でシアを卵から遠ざける。
「あ、ごめんなさい。不用意に近付いてしまって」
謝ると、フスフスと鼻を鳴らしてシアのお腹をくすぐるように鼻先を擦り付ける。
そして、見ててとでも言うように首を揺らすと、卵に向かって火を吹いた。
「わ! 凄い火力。へぇ、こうやって卵温めるのか」
ドラゴンはシアに視線を向けると、やってみろと言う風に首を揺らす。
「え? 私も? え、じゃあ、ファイブレース」
卵を中心に炎の柱ができる。
ドラゴンを見ると、少し不満気だ。
ドラゴンはもう一度、ゴォーと炎を吹く。
「足りないってこと? えっと、じゃあインフェリート!」
火の最大魔法を放つ。
地面がボコボコと泡立つ程の火力だ。
若干、卵が大丈夫か心配だが、ドラゴンを見ると満足したようにこちらを見ている。
ドラゴンは鼻先をシアにすり寄せた後、飛び立っていった。
「え? え? どこ行くのよー! 卵は? どうするのよー」
ドラゴンはもう遠くに行って見えなくなった。
「え、ええ……。とりあえず、燃やしとくか」
途方に暮れながら、でも、なぜか不思議と不安はなかった。きっとあの金色の目はシアを信じてくれているのだ。
卵の周りに結界を張り、その中に魔法を放つ。
卵は炎の中で、ぐつぐつと燃えたぎっていた。
ドラゴンが戻ってきたのはそれから二日後だった。
突然空から魔物が降ってきて驚いた。
「あーなるほど、ご飯食べてきたんだね」
恐らく卵を温めてる間ここを離れられず、ご飯も食べられなかったに違いない。
二日間たらふく食べてきたようで、満足そうな顔をしていて良かった。
シアは結界の中で燃えたぎる卵を指差した。
「ねぇ、こんなんになってるけど、これで大丈夫なの?」
大丈夫だ、と言うように鼻先をすり寄せる。
「ならいいんだけど、これ止めようか?」
そう聞くと、じっと見つめてくる。
続けるかと聞くと、首を動かした。
「じゃあ、このままで」
なぜか、ドラゴンと並んで卵を見守る。
ものすごく燃えたぎっている卵をただ見つめ続ける。
最初持ち帰った魔物はシアの分だったらしく、勧められたが辞退させてもらい、結界の応用で無限空間になったバッグの中から食べ物を出して食べた。
ドラゴンは時折、卵をシアに任せて飛んでいき、しばらくすると戻ってくる。
そして、また一緒に卵を見守る。
そんな日が一週間ほど経過した頃、ドラゴンが結界をちょんちょんと爪先で指した。
「結界を解けってこと?」
首を動かしたので、結界を解除する。
渦巻く業火が立ち上った。炎に供給していた魔力も止めると、卵がカタカタと揺れ出した。
「えっ、生まれるの?」
すっかり仲良くなったドラゴンの前足にしがみつきながらドキドキと卵を見つめる。
カタカタ揺れていた卵が動きを止めると、コツンコツンと殻にぶつかる音がする。何度か続いた後、パキッと音がして上部の殻がヒビ割れ、浮き上がる。
何度も殻に体当たりをして、出てこようとするが殻が硬くてなかなか出て来られない。
がんばれ! と、心の中で応援する。
何ヶ所か割れると、穴が開き鼻先が見えた。
思わず駆け出して殻を割ってあげたくなった。
しかしこれはあの子の最初の試練。
胸の前で手をギュッと握って祈るように見つめた。
やがて、真ん中から二つに割れてドラゴンの赤ちゃんの姿が。ギャーギャー鳴く赤ちゃんのそばにドラゴンが寄り添い、愛おしそうに頬を寄せている。
生命の誕生、そして親子のふれあいというものはなぜこんなにも心震えるのか。気づけば、ボロボロ泣いてしまっていた。
ドラゴンに連れられて子ドラゴンがこちらにやってくる。
生まれたばかりだけど、もうトテトテと自分の足で歩く。なんて偉い子なのだろう。
近付いてきてびっくりする。
「でっかいね!」
尻尾まで入れたらシアとそんなに変わらない大きさだ。朱色の体で、うろこがまだ柔らかそうだ。
大人のドラゴンよりも丸々していて手足がずんぐりとしている。
首を傾げてこちらを見てくる姿がとても可愛い。
手を伸ばすとクンクンと嗅いだ後スリっと頭を擦り付ける。
鱗は柔らかくて、少し熱い。ツルツルとしていてとても手触りが良い。
ギャーギャー、ガオガオ、親子で会話している。
「なんて言ってるんだろう。分かったらいいのになぁ」
子ドラゴンがシアに何か伝えようとしてくる。何を言っているのか全く分からない。でも、子ドラゴンは何をしていても可愛い。よしよしと頭を撫でた。
ドラゴンが子ドラゴンの首根っこを咥えて、背中に乗せると、シアにも乗れと言うのか、首を下げる。
「え、どっか行くの?」
背中の子ドラゴンがフラフラしていてあぶなっかしいので、ドラゴンの背に乗って子ドラゴンを抱えられ……はしないので、後ろから腕を回し、魔法の綱を手綱のようにドラゴンの首に巻いて腕の間に子ドラゴンを挟んで固定した。
「よし、行けるよ!」
ドラゴンが羽を大きく羽ばたかせて宙に浮く。
ドラゴンの背は羽ばたいているせいで結構揺れる。手綱をしっかり持って、子ドラゴンを落とさないようにしっかり挟んだ。子ドラゴンもしっかりと掴まってくれている。生まれたばかりなのに力が強いみたいだ。
少し飛んだところで地上へと舞い降りた。
「どうした……の、え?」
そこにいたのは深紅の大きなもう一匹のドラゴンだった。
羽が折れて大きく裂けている。体にたくさんの矢が刺さり、傷だらけだ。
周囲は地面が焦げ、大地が抉れていた。
薙ぎ倒された木々は土魔法と風魔法でできたもので、複数属性の魔法が使われていたことが分かる。
散乱している、網や檻。武器もたくさん落ちていた。
「密猟者?」
卵を狙ってやってきた人間がいたのかもしれない。きっとこのドラゴンは卵と母ドラゴンを守って傷付いたのだ。
稀にドラゴンの卵が闇市で破格の値段で売買されると聞いたことがある。
あの献身を、命がけの愛を、金に変えようとした人間がいる。その事実が同じ人間として恥ずかしいし、腹立たしい。
母ドラゴンが子ドラゴンを傷付いたドラゴンの近くに連れていく。
ゆっくりと、頭を上げたドラゴン──体が大きいから多分父ドラゴン──が愛おしそうに子ドラゴンに頭をすり寄せる。
子ドラゴンがキュウキュウと心配そうに鳴いている。
ドラゴン夫婦も愛おしそうに互いに頭を擦り付け合う。まるで愛を伝え、別れを惜しむようだった。
そして、怪我をしたドラゴンを置いて飛び立とうとした。
「え? 待って待って! 置いていくの?」
母ドラゴンが怪我した羽に悲しそうな顔を近付ける。これでは飛べないと。
「ダメダメ。ちょっと待って」
背から降りて父ドラゴンの前に立つと、魔法を唱える。
ふわっと放たれた光が父ドラゴンの体を包み込んで、傷が癒えていった。
「これで飛べるでしょう?」
バサっと羽を広げ、上下に動かす。
大丈夫そうだ。
父ドラゴンがシアを見つめた後、鼻先をお腹にすり寄せてくる。感謝されているようで、こそばゆい。
父ドラゴンが乗れと言う風に頭を下げる。
「え? 乗るの?……えっと、じゃあ遠慮なく」
母ドラゴンの背に乗る子ドラゴンも大丈夫そうだ。
シアはドラゴンの背に乗って、どこに行くかも分からないまま空を飛んだ。
行く先も目的地も決まっていない旅なのだ、道連れというのもそれはそれで楽しい。
どんなところに連れて行ってくれるのかワクワクする。
あっという間に山が小さくなっていく。
後ろを振り返ると来た道、王国の方角だ。
遥か遠くまで見渡せるところまで昇ると、自分のいた世界の小ささに気付いた。
この広く大きな大地で、王国なんてちっぽけだ。
「ドラゴンの背に乗って空の旅をするなんて、滅多にできないことしてるっ! 楽しいー!」
大声で叫ぶと、真似して子ドラゴンが可愛い声を上げた。その後、手本を見せるよう二匹の親ドラゴンがすごい声をあげる。
まるで同意してくれているようだ。
「すごい声ー! お父さんとお母さんすごいねー」
ギャギャー
「ギャギャー! あははは」
お互い真似し合って、目一杯笑い合った。
しばらくして高度を下げ始める。
上空を旋回するドラゴンの背から下を見ると、周囲を険しい山に囲まれた盆地が見えた。
空から入れば簡単に入れるが、地上からとなるとかなり険しそうだ。
高度を下げていくとそこには様々な色をした、たくさんのドラゴンがいた。
「ここ、ドラゴン達の棲家? すごい! こんなにたくさんいる」
ドラゴンなんて王国では見たことがない。こんなにたくさんいると壮観だ。
ゆっくりと地上に降りると、ドラゴン夫婦と子供はあっという間に囲まれた。
ギャウギャウ、ギャーギャー話をしている。
何を話しているか全く分からない。
「おや? このお嬢さんはどなたでしょう?」
突然分かる言葉が聞こえて、キョロキョロと周りを見回した。
母ドラゴンがギャウギャウ説明をしてくれているようだ。
その相手は、青い鱗のドラゴンだった。
艶々の鱗はまるでサファイヤのように美しい。
「ふぁあ、美人なドラゴンさん」
「私を褒めてくれたの? ありがとう。事情は聞きました。随分世話になったようですね」
「いえいえ、とんでもない。こちらこそ、ドラゴンの孵化もここにいることも貴重な経験をさせて頂いてます」
ペコっと頭を下げると、青いドラゴンは穏やかに笑う。
「私の名はサフィーラ。あなたのお名前を聞いても?」
「シアです」
「シア、良い名前ですね。それで、早速なのですが、この国の王に会っていただけますか?」
「お、王様……」
王族に良い印象がないせいか嫌悪感が湧いてくる。
「本人は王というより長と言った方がしっくり来ますが、便宜上王と呼んでいます」
「そうですか……」
無意識に母ドラゴンに目線が行き、見つめると一回瞬きをしてくれた。それが、大丈夫と言っているように見えた。
「分かりました。ぜひ、ご挨拶させてください」
「よかった。ではご案内します。どうぞこちらへ」
サフィーラの後に続いて、進む。
連れて行かれたのは盆地の中央にある建物の中だ。
周囲を堀に囲まれ、その堀の中は水が湧き出しているのか澄んだ水が満ちていた。
白い橋を渡った先に白く聳える建物がある。
装飾などはあまりないものの、白くて尖塔のあるその城は、王国の城に引けを取らない美しさだった。
だが、王国と違うのはその大きさだ。入り口、ドア、窓、全てが大きい。ドラゴンサイズなのだから当然といえば当然だが、シアが並んで十人は通れそうな幅と見上げる首が痛くなるほどの高さがある。
「わあ! 素敵……綺麗、でもでっかい!」
「ふふ、そうでしょう。何せドラゴンサイズですから」
サフィーラはコロコロ笑う。
「あの堀の水は湧き水ですか?」
「そうです。あの堀の水を国中に引いています。生命の水ですね。我々水竜にとっては特に。着きました。こちらは、ラーヴェン様の執務室です」
玉座ではないのか、と思った。
ノックをして部屋へと入る。
「ラーヴェン様、客人をお連れしました」
「ありがとう、少し待っていてくれ」
部屋の中にいたのは金色の髪に赤い瞳の男性だった。王は人? そんなわけないよね? と戸惑い、事情を聞こうと隣を見ると、そこにいたはずのサフィーラの姿がない。
え? とキョロキョロしても部屋には王と二人きり。どうしよう……と不安になり焦っていると、王が机から顔を上げて立ち上がった。
王はとても体の大きい人だ。
「お待たせして申し訳ない。この国の王、というか長をしているラーヴェンだ」
握手を求められたので握り返す。
「シ、シアと申します。よろしくお願いします」
「そう緊張しなくていい。王と名乗っているが、ただこの国で一番の年寄りというだけの話だ」
二十代半ばの見た目をしていて、長寿と言われるドラゴンの中で最長老。ドラゴンってどうなってるのか首を傾げる。
シアの様子を見てラーヴェンは豪快に笑う。
「ドラゴンは三百歳を超えたあたりで人の言葉を喋り、五百歳を越えると人型になれる」
その時、ワゴンを押して一人の女性が入ってきた。
美しいその女性は青い髪と金色の瞳をしていてやはり二十代半ばに見える。あまりにも美しすぎて見惚れていると──
「シアよ、そやつはさっきのサフィーラだ」
「え!?」
「ええ、サフィーラですよ」
物腰の柔らかい話し方だったからメスなのかなとは思っていたけれど、サフィーラも五百歳越え。この見た目で。
目を白黒させていると、二人ともその様子を見ておかしそうに笑う。
サフィーラ、笑うと途端に可愛くなる。
「さて、報告は聞いた。火龍の親子が大変世話になったようで、私からも礼を言う」
深々と頭を下げる。王国の王も王子も謝ることを知らないというか、王族は頭を下げちゃいけないと言っていたから、ラーヴェンの行動にびっくりしてしまう。
「頭を上げてくださいっ! 私の方こそ、とても良いご縁だったと思っておりますので。そもそも、我々人間が危害を加えたせいで、あんな……謝罪すべきはこちらの方です。申し訳ありません」
「いやいや、シアのせいではないだろう?」
「う、それはそうですけど……私、許せなくて。お母さんドラゴンは卵を守るため、私が来るまでご飯も食べられず、ずっと卵を守ってました。お父さんドラゴンもあんなに傷付いて……ずっと痛かっただろうし、卵が孵るところに立ち会えなかった。私がドラゴンの言葉が分かったなら、先にお父さんドラゴンの傷を治してあげられたのにって後悔もあって……」
手が温かい手に包まれる。
隣を見るとサフィーラが優しい顔で、こちらを見ていた。
「ありがとう、シア。あの子達のために心を痛めてくれて」
「いいえ、少しの間だったし、言葉は分からなかったけど、お母さんドラゴンはとても優しいドラゴンで──」
なぜか、よく分からないけど、ポロリと涙が溢れた。密猟者の残酷さや非道さが胸に刺さってズキズキと痛む。
今までどれだけの卵が、子が奪われ、傷付けられててきたのだろう。
「我々ドラゴンは元々人族と共に生活をしていたのだ。人族の子もドラゴンの子も等しく村で協力して育てていた。だが、人族は我々を害するようになった。我々は共存を諦めて人里から離れたこの地に集まり、生活するようになった。だが、最近はこの場所が密猟者に知られてしまったようでな、あの子達も卵を取り返しに行った先で、父親が怪我をし動けなくなったのだ」
「ここにも、密猟者が?」
「残念なことにな。道ができたのか、最近は頻繁に来るようになってしまった。我々はまた人の来ない場所を探して引っ越さねばならない」
「え? こんなにたくさんのドラゴンの居場所をって……」
人の来ない場所なんてほとんどない。
「ラーヴェン様、密猟者が入り込みました」
その時、ドラゴンが急いで部屋に入ってきた。
「すぐ行く。すまない、シア。すぐ戻るからここで待っていてくれ」
「いいえっ! 私も行きます」
燃えるような怒りにシアは立ち上がる。
外に出るとラーヴェンが姿を竜に変える。
「ふわぁ! 金色のドラゴンだ」
「ラーヴェン様は、最後の古代竜です。今はそれぞれの属性を持つものしかいませんが、ラーヴェン様は金色の鱗を持ち全ての属性を有します。我らドラゴンの王です」
「うん、確かに王様ですね」
大きな翼を広げて、飛び上がる。
陽光を反射し、金色の大きな体が宙を舞う姿はまるで絵画や物語の挿絵のように壮大で美しい。
「綺麗……って見惚れてる場合じゃなかった。私も行ってきます!」
「お連れしましょうか? 遠いですよ?」
「大丈夫です」
「そうですか? では、お気をつけて」
サフィーラに頷いて、風魔法で体を浮かせる。
「飛べるのですね……」
というサフィーラの囁きを聞きながら空へと舞い上がる。
卵の周囲を守るドラゴン達、そこに容赦なく魔法が撃ち込まれている。
シアはそこに向かって飛ぶ、しかしシアが着く前に、ラーヴェンが口から雷のようなものを出して応戦している。
圧倒的力の差があった。
ただ、人間の数が多い。前線で戦っている方向に注意が向いている間に違う方向から別の卵を狙う者が出てくる。しかも同時に何方向も。どれか一つ奪えればいいという考えなのだろう。
「子供を奪おうなんて、そうはさせないから!」
シアは卵が固まっている箇所全てに結界を張る。
密猟者に奪われない結界を。
薄い膜に阻まれて、密猟者は卵に近付けない。
「くそっ、なんだこれは」
刃物を出して傷つけようとするも、全く歯が立たない。
そうこうしているうちにドラゴン達が気付いて密猟者は退けられていった。
地上に降りて、傷付いたドラゴン達に回復をかけていく。
「シアっ! シアっ!」
「え、あ、はーい!」
ラーヴェンに呼ばれて回復をしながら返事をする。
「これは君がやったのか?」
「結界のことですか?」
ラーヴェンはコクコクと頷く。
「あ、はい。卵を守らなきゃと思って……」
人型に戻ったラーヴェンが、思いっきりシアを抱きしめ、抱え上げた。
「シア、ありがとう! 君は最高だ! 皆のもの、シアのお陰で卵は守られた! シアに感謝を」
ドラゴンの鳴き声に混ざって、ありがとうと言う声もする。
長く王国に結界を張っていたが、こんな風にお礼を言われたことなんて一度もなかった。
心の中に温かいものが溢れて広がっていく。
「えっと、じゃあ……」
嬉しくて、両手を広げると、ふわっと力を放出した。
盆地全体を包む大きな結界。
これで密猟者はここに入れなくなる。
「これで、引っ越ししなくても大丈夫じゃないですか?」
一瞬の沈黙の後、割れるような咆哮と歓声があがる。
「シア、君は本当に……」
ラーヴェンが鼻先をお腹にすり寄せる。
「へぁっ、ななななな、なにを」
「何って、ドラゴンが鼻先をお腹に擦り付けるのは親愛の行動だ」
「い、今人型です!」
「なんと、うぶな反応だ。可愛いな、シア」
「かっ……ひぇぇっ」
言葉にならない情けない声が出て、あまりの恥ずかしさに両手で顔を隠す。
「シア! いちゃいちゃしてるとこ申し訳ないけど、アーバンから聞いたんだけど、卵孵すの手伝えるって本当?」
横から別の初めて見るドラゴンが声掛けてきた。
「いちゃいちゃ……アーバンって?」
「シアが助けた母ドラゴンの名だ」
「あー炎魔法ぶっ放すのでいいならできる、のかな?」
「水は? 氷は?」
「魔法ぶっ放すのでいいのなら」
「王、シアを娶りましょう?」
「え?」
「シア、この国の住人になれ」
「え? どういうこと?」
問いに答えたのはいつの間にか来ていたサフィーラで──
「王は、古代竜なので人を番にできるのです。番は魂が繋がり、古代竜の子供を産むことができます。人の番が産むのは古代竜、黄金のドラゴンです」
「なんですって?」
現在、ラーヴェンしかいない古代竜。それを産めるのは人間の番だけってすごい。
「古代竜はラーヴェン様しかいらっしゃらないので現在は古代竜が増えることはありません」
どうやら古代竜を産めるのは古代竜同士か人間の番だけ。他の属性だと属性の子が出来るらしい。
「どうだ、私はシアの好みではないか?」
「いや、好みか好みじゃないかって……」
「私はシアを好ましく思っているぞ?」
「おおっ!」
「ギギャ!」
周囲から上る声や鳴き声。
「もう一つ良いことがある」
「な、なんでしょう?」
「私と番になれば全ての竜の言葉が分かる」
「え……それは、魅力的」
ギャウという声に目を向けると、アーバンと子供がいた。アーバンが優しい目を向けてくるし、子ドラゴンは首を傾げてこちらを見ている。
「ぜ……」
「ぜ?」
「善処します」
「とりあえずは、結界と卵を孵す手伝いで雇うということでいいだろうか?」
「え! 喜んで!」
「では、番は追々。どちらにしても番うと成長が止まるからな、もう少し大きくなってから」
「そ、そうなんですね。それは、助かります?」
動揺しておかしな言葉になった。確かにせめて十八歳くらいまでは待ってほしい。
「私と同じ寿命になるからな。末永くよろしくな」
下ろして貰ってつむじにキスが降ってきて、真っ赤になる。
「ドラゴンってこんなにスキンシップ激しいの……」
「ドラゴンは愛情深い生き物ですよ」
独り言にサフィーラが答えた。
子ドラゴンがトテトテと近付いてきて、何かをギャウギャウ訴えている。
「シアすごい、かっこいい。シア大好き。そう言っている」
ラーヴェンが通訳してくれたけれど、大好きのところで、心臓が跳ねた。
「え、あ……ありがとう。私も大好き」
子ドラゴンを抱きしめた。冷たい鱗が頬に気持ちよかった。
***
「ファマル、次は氷竜のところに行ってくれる?」
「ギャギャ」
自在に飛べるようになった子ドラゴン──ファマル──の背に乗って空を飛ぶ。
火竜の卵に最大魔法インフェリートを放ったシアは空に舞い上がり、次の場所へ。
区画ごとに種族の異なるドラゴンがいて、卵は一箇所に集められ、結界で囲まれていた。
氷竜の結界に氷の最大魔法ブリザリートを放つ。結界の中は氷の粒が渦になって吹き荒れ、卵を凍り付かせている。
本来、ドラゴンは種族に合った土地に生息していたそうだ。
火竜なら火山、水竜なら水中、氷竜なら氷山などだ。火竜はマグマの中に卵を、水竜なら渦潮の中に、そうやって孵すのだという。
しかし、人が竜を害するようになり、土地を追われた。
シアは魔法で、それに似た環境を作り出している。
水竜の生息地域はもう、ほぼ湖だ。地面を掘って土魔法で固めて、湧水だけでは足りなかったので水魔法で追加した。卵は水中だが、水面の一部が結界で半円分だけ飛び出しているので卵を囲む渦や、水中を泳ぐドラゴンが見えるようになっている。
卵を囲む結界の中は常に、適した環境に保たれている。
ドラゴン達にはとても好評だ。
ちなみに王国は周囲の国に統合され、国そのものが無くなったという。
王族と偽聖女がその後どうなったのかは知らない。
「ファマル、送ってくれてありがとう」
「ギ、ギャギャ」
「おかえり、シア。ご苦労様」
今お世話になっている王宮に戻ると、ラーヴェンが出迎えてくれた。
「ただいま戻りました」
「いつも皆のためにありがとう」
ラーヴェンはシアのつむじにキスをすると、抱え上げ、お腹に鼻先を擦り付ける。
何度されても慣れず、顔が赤くなる。
シアが抗議するよりも先に、ファマルがギャーギャー声を上げる。
「ファマル?」
聞いたことのない声に、ラーヴェンを見ると、ラーヴェンは楽しそうに笑っている。
ラーヴェンに通訳を頼むと──
「ふふ、私に恋敵ができたようだよ」
「恋敵……?」
ファマルが甘えるようにシアのお腹に鼻先を擦り付ける。
「恋敵!?」
「シア、モテモテだね? でも、こればっかりは譲れないよ」
「モテっ? ええっ!?」
ラーヴェンが頬にキスをしてくる。
いつの間にか、やりたい事も大切なものも一緒に過ごしたい人たちもシアの周りに溢れていた。
二匹のドラゴンに囲まれて、なんだかよく分からない悲鳴をあげるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ドラゴンが可愛く書けてたら良いなと思います。
また次回お会いできましたら嬉しく思います。
☆★宣伝★☆
【完結済み・全12話】
◆泣けるハッピーエンドが読みたい方へ。
不治の病を宣告された悪役令嬢が、愛する王子に嫌われることを選んだ──その理由とは。王子は真実を知り、彼女を救うために奔走する。シリアスだけど最後は絶対幸せになれる、涙の純愛物語です。
余命一年の悪役令嬢は、愛する人に嫌われるために画策します
こちら→ https://ncode.syosetu.com/n2802mg/
【完結済み・短編】
◆スカッとするざまぁが読みたい方へ
幼馴染の公爵令嬢が、証拠もない婚約破棄をされた。ただ支えていただけなのに、気づけば俺は王配に。王家には、誰も知らない秘密があった。
幼馴染の公爵令嬢が婚約破棄されたので支えていたら、なぜか王配になりました
→ https://ncode.syosetu.com/n0973mh/




