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第4話

 始まりの街の街道を抜けた先は、いかにも最初の狩場という感じの風景だった。


 なだらかな起伏のある草原。

 腰ほどの高さまで伸びた雑草が風に揺れ、ところどころに石が転がっている。

 遠くには低い丘があり、さらにその向こうには森の影が見える。

 空は広く、視界を遮るものは少ない。


 視界の端に、半透明の文字が浮かぶ。


《エリア名:始まりの草原》

《推奨レベル:1〜3

 出現魔物:スライム/ラット/ゴブリン》


 このエリアは、プレイヤー…というか読者に戦闘とはこういうものだと教えるためだけに存在している。

 危険性は低く、死亡ペナルティを受ける可能性もほぼない。


 私は街道から少し外れ、草むらの中へ足を踏み入れた。


 足元で、ぬちゃり、と湿った音がする。

 青色のスライムが、草の陰から姿を現した。こちらに気づいた様子もなく、ただ意味もなく揺れている。


 距離は十分、周囲にプレイヤーはいない。

 私は立ち止まり、手のひらを軽く前へ向けた。


 詠唱はしない。

 必要ない。


 意識を向けた瞬間、胸の奥で何かが静かに反応する。

 背中の羽――未成熟なそれが、微かに熱を帯びた。


 掌に集まる白い光。

 柔らかく、しかし曖昧さのない輪郭。


 【聖魔法】《ライトピアス》


 光の矢は、一直線に飛び、スライムに触れた瞬間――消えた。


 破裂音も、エフェクトもない。

 存在が「なかったこと」にされたかのような消失。


《スライムを撃破しました》


 表示は淡白で感情を挟む余地はない。


 私は視線を巡らせ、次の魔物を探す。

 少し離れた場所で草が揺れた。


 赤い目、尖った歯。

 ラットだ。


 こちらは警戒しているらしく、低い唸り声を上げている。

 今度は、別の力を使う。


 指先をわずかに動かすだけで、空気の質が変わる。

 周囲の光が、ほんの少しだけ沈む。

 胸の奥、悪魔の核があった場所がうずいた気がした。


 【暗黒魔法】《シャドウニードル》


 地面に落ちたラットの影が歪み、そこから黒い針が突き上がった。


 短い悲鳴。

 倒れる音。


《ラットを撃破しました》


 私はその場に立ったまま、二つの結果を比較する。


 聖魔法は、効率的で無駄がない。対象を即座に消去する、純粋な処理。

 暗黒魔法は、手応えがある。影を媒介にする分、対象との距離感がはっきりしている。


 どちらも問題なく使える。


 身体への負荷もない。反発も、拒絶も感じられない。

 天使と悪魔。本来なら、共存しないはずの力。……設定の綻びだな。


 私は淡々と狩りを続けた。

 スライムは聖魔法。数が多く、即処理できる。ラットは暗黒魔法。影がある限り、確実に仕留められる。

 ゴブリンが出た場合は、状況次第。複数なら暗黒、単体なら聖。


 効率だけを考える。


 十分ほど経った頃、視界に通知が浮かんだ。


《レベルが2に上昇しました》

《ステータスポイントを獲得》


 …やっとレベル2、か。


 背中に意識を向ける。羽は、まだ静かだ。

 存在は感じるが、主張は弱い。ローブの内側で、ただ待っている。


 ……今のうちに、できるだけ進めておこう。

 私は再び歩き出した。


 始まりの草原は単調だが、効率はいい。魔物の再湧き間隔は短く、湧き位置もある程度固定されている。

 原作の知識があれば、移動ルートを組むのも難しくない。


 丘の手前から草原中央を円を描くように回り、再び街道側へ戻る。

 その間に、スライムが三体、ラットが二体。運が良ければ、ゴブリンが一体。


 そんなルートだ。

 ……これじゃただの作業だな。実際そうだけれども、最初はもう少し気分が上がったていたのに。


 聖魔法で処理し、暗黒魔法で処理し、時々、同時に使う。


 【聖魔法】《ライトピアス》

 【暗黒魔法】《シャドウニードル》


 どちらも消費MPは軽く、レベルが上がるたび、最大MPが目に見えて増えていくのもわかる。


 未成熟天使という種族の補正だろう。聖魔法に限らず、魔法全般の効率がいい。

 ……本来は、暗黒魔法はここに含まれないはずなんだけど。


 ラットの影から黒い針が伸び、スライムが光に溶ける。

 その繰り返し。


 ゴブリンが出た時だけ、少しだけ注意する。


 スライムやラットと違い、あれは逃げるし、群れる。

 攻撃も、かすり傷程度とはいえある。


 だが、相手が一体なら問題ない。

 《シャドウニードル》で足を止めをし、《ライトピアス》で止めを刺す。


 あっけない。


 ゴブリンが倒れるたび、経験値が他より少し多く入る。数は少ないけれど、効率は悪くない。

 しばらくすると、視界にまた通知が浮かんだ。


《レベルが3に上昇しました》


 レベル4。

 レベル5。


 途中、何人かプレイヤーとすれ違った。

 剣を振り回している人、弓の距離感を掴めずに逃げ回っている人、魔法を撃ってはMP切れで座り込む人。


 誰も、こちらを気にしない。

 ローブを着た地味なキャスター。それ以上でも以下でもないからだ。

 ……まあ、天使だとは思わないだろう。


 レベルが5を超えたあたりで、少し変化が出た。


 魔物を倒した時、背中の奥がわずかに熱を持った。羽がほんの少しだけ存在感を増している。

 まだ布の内側に収まる。だが、確実に「成長している」。


 まぁ、ちゃんと今日はレベル8までだと区切りはつけている。


 最後は、丘の裏側でゴブリンを二体処理して終わった。


《レベルが8に上昇しました》


 通知を確認し、私はその場で立ち止まる。


 草原に沈む夕方の光、風に揺れる雑草。


 結構な時間が経っていたみたいだ。今は家族は眠っている時間とはいえ、これ以上続けると日常生活に支障が出る。

 背中の羽は……まだ、セーフ。

 もう少しレベル上げはできるかな。


 今日は、ここまで。


 私は街道へ戻り、人の多い場所に出る。ログアウトは街中の方が安全だ。

 広場の端で立ち止まり、ログアウト操作を呼び出す。


《ログアウトしますか?》

《Yes/No》


 当然、Yesを選択する。


 視界がゆっくりと暗転し始めた。


 ――天使になって、レベル8。初日としては、上出来だ。


 しばらくはレベル上げをして正規版に備えないといけない。

 ……羽が育ち切る前に。

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