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第22話

 ――翌朝。


 目が覚めた瞬間、違和感があった。

 静かすぎる、のではない。逆だ。家の外が、やけに騒がしい。


 低いエンジン音。

 複数の足音。

 何かを運ぶとき特有の、段ボール同士が擦れる乾いた音。


 私はベッドの上で一度だけ天井を見つめ、状況を整理する。

 ……来たな。


 布団を畳み、部屋を出ると、すでに廊下に兄が立っていた。

 寝癖のまま、目を丸くしている。


「……なあ」

「うん」

「これ、なに?」


 兄の視線の先。

 玄関のほうから、聞き慣れない男性の声がする。


「こちら、鷹司グループの物流部です。支援物資の搬入に来ました」


 ……あぁ。

 私は、内心で小さくため息をついた。


 やっぱり、仕事が早いな。


 階段を降りると、すでに玄関は半ば制圧されていた。

 黒を基調とした作業服の男たちが、手際よく箱を運び込んでいる。

 米。水。缶詰。レトルト食品。保存の利くパン。

 医薬品。乾電池。簡易発電機。


 ……やりすぎだ。


 母は玄関の横で完全にフリーズしていた。

 父は眼鏡を押さえたまま、箱に貼られた管理番号を読んでいる。


「……ちょっと待って」


 母が、ようやく声を出した。


「これ、間違いじゃありませんか? うちは……」

「いえ」


 作業員の一人が、淡々と答える。


「鷹司翼様のご指示で、こちらの住所へ優先的に配送するよう手配されています」


 その名前が出た瞬間、兄の視線が、ゆっくりと私に向いた。


「…え……お前?」


 私は、目を逸らした。


「……知り合い」

「どんな奴なんだよ?」

「ちょっと、厄介な」


 兄の顔に、理解と警戒が同時に浮かぶ。

 父が、私を見る。


「説明を、お願いできるかな」

「……うん」


 私は、観念して口を開いた。


「昨日、電話したの。鷹司翼、世界有数の財閥の御曹司」


 母が、息を吸い込む音がした。


「……財閥?」

「うん」

「なんで、そんな人と繋がりがあるの」

「……色々あって」


 正確には。

 原作知識を使って、この男がいずれ動くことを知っていて、動く前に、先に唾をつけただけだ。


 結果。少し距離を誤った。


 原作通りなら、この男は人類側の敵になる存在だ。

 ……それを先に捕まえた代償が、これなのかもしれない。


 作業が一段落し、玄関が段ボールの壁みたいになった頃、私はスマホを取り出す。


 着信履歴。

 未読メッセージ、十七件。


 ……ちょっと引く。

 最新のメッセージだけを開く。


『おはよう!無事届いたかな?量が足りなかったらすぐ言ってね!君の生活圏は最優先で回すから!』


 私は、画面をそっと伏せた。

 兄が、横から覗き込む。


「……何これ」

「見ないで」

「いや、無理だろ」


 母が、恐る恐る段ボールを一つ開ける。

 中には、丁寧に梱包された保存食と、手書きのメモ。


『無理しないで。困ったら、いつでも連絡して』


 ……正直、やめてほしい。

 父が、深く息を吐いた。


「……つまり」


 私を見る。


「昨日の電話一本で、これが動いた、と?」

「……うん」


 沈黙。


 母が、私の顔をじっと見てから、静かに言った。


「……その人、あなたのこと……」

「考えないで」


 即答した。


「深く考えないで」


 兄が、腕を組んで唸る。


「いや、これは……」

「重いよね」


「「「重い」」」


 全会一致だった。


 私は、内心で肩をすくめる。

 正直、引いている。好意の方向性も、温度も、全部ズレている。


 でも――使える。


 物資。

 物流。

 情報網。

 人脈。


 原作では、主人公である阿礼葵の背後支援として機能したそれらを、私は一足先に手に入れた。

 代償が、重すぎるほどの好意である点を除けば、理想的だ。


 奴は本来、主人公の支援者の皮を被った裏ボスだ。

 阿礼葵と対峙する組織の首魁になるはずだった奴を、懐柔した結果が……これ。


 私は、もう一度スマホを手に取る。


『届いた。ありがとう、助かる』


 送信すると、即既読がつく。


『よかった!!!君が困らないなら、他はどうでもいいしね!君の周囲、他にも支援が必要な人がいたら教えて。必要ならこっちで()()するから』


 ……本当に、やめてほしい。


 兄が、私の肩をぽんと叩く。


「まあ……お前の役に立つなら、いいんじゃないか?」


「そういう問題じゃない」

「でも助かってる」

「それは否定しない」


 母が、苦笑しながら言う。


「……世の中、持ちつ持たれつね」


 父は、段ボールの山を見て頷いた。


「少なくとも、初動としては完璧だな」


 私は、その言葉を聞いて、胸の奥で小さく頷いた。


 ――やっぱり。アレは、役に立った。

 感情的には微妙でも、戦略的には、これ以上ない。


 私は、窓の外を見る。

 空は昨日よりもさらに深い。変化は、確実に進んでいる。


「……しばらくは、大丈夫だね」


 誰に言うでもなく、呟いた。

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