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第19話

 ドアノブを回す。

 カチリ、と小さな音が鳴った。


 部屋の外はいつもの廊下だった。木目の床。壁に掛けられた時計。階段へ続く手すり。

 ……でも、全部が少しだけ濃い。


 色というより、存在感。

 この家が世界に固定された拠点になった、という感覚。


 私は足音を殺さず、普通に歩き出す。

 階段へ向かう途中で、向こうから人影が現れた。


「……あ」


 兄だった。

 廊下の明かりに照らされた姿を見て、私は一瞬だけ目を細める。

 ――やっぱり。


 ゲーム内そのままの身体。少し背が高くなって、筋肉の付き方が違う。

 兄も、私を見て固まった。


「……お前も、か…。無事でよかった」

「うん。そっちもね」


 それだけで、通じた。


 言葉を重ねなくても、状況は同じ。

 理解の速さが早い、こういうところで面倒臭くないのは兄らしいな。


「下、行く?」

「行こう。たぶん……もう起きてる」


 その言葉通りだった。

 階段を降りる途中、リビングから声が聞こえる。


「ちょっと、あなた……これ……」

「落ち着いて。テレビは?ニュースは?」


 母と父の声。混乱しているけれど、悲鳴ではない。

 私は兄と視線を交わし、小さく頷く。覚悟は、できている。

 リビングに入る。


「……おはよう」


 その瞬間、両親の視線が一斉にこちらに向いた。


 沈黙。

 数秒の間の筈だけど、体感ではもっと長く感じられた。


「…………」


 母が、口を開けたまま固まる。

 父は、眼鏡を押し上げ、無言で私たちを見比べる。


「……」


 先に動いたのは、母だった。


「……え?」


 短い声。次に、私の背中を見る。


「……え?」


 そして兄。


「……ちょっと待って」


 母が、額に手を当てる。


「え、なに? コスプレ? 朝から? え?」

「落ち着いて」


 父が、低い声で言った。


「二人とも……そこに座りなさい」


 その声は、混乱しているのに、しっかりしていた。仕事でトラブル対応をしてきた人の声だ。


 私と兄は、ソファに並んで座る。

 母は、深呼吸を一つ、二つ。


 それから、私を見る。


「……説明、できる?」


 私は頷いた。


「うん。できる範囲で」

「全部じゃなくていい。まず、これは……現実なの?」


「現実。少なくとも、もう元には戻らないと思う」


 一瞬、母の顔が強張る。でも、すぐに息を吐いた。


「……そうか」


 父が、静かに言う。


「ニュースは?」

「世界的に起きてる。たぶん、今頃どこも同じ」


 父は、テレビをつけた。

 画面には、緊急速報のテロップ。アナウンサーの声が、少し震れている。


『――現在、原因不明の大規模現象により、各地で人間の身体的変化および空間異常が確認され――』


 母が、ソファに腰を下ろす。


「……なるほどね」


 その一言が、妙に落ち着いていた。

 兄が、少し驚いた顔をする。


「……母さん?」

「混乱はしてるわよ。でも」


 母は、私たちを見る。


「あなたたち、無事なんでしょう?」

「……うん」

「生きてる」


 兄が答える。


 母は、それを聞いて、肩の力を抜いた。


「じゃあ、まずそれでいい」


 父も、頷く。


「詳しい話は、後でいいから。今は――」


 父は、私たちを順番に見て、はっきりと言った。


「この家で、どう生活するかを決めよう」


 父の声は落ち着いていたが、指先だけが僅かに震えていた。


 ……さすが父さん。

 私は、少しだけ笑ってしまった。


「そのために、説明するね」


 私は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「世界が、ゲームと統合されたみたい。ゲートを通れば、向こう側に行ける。私と兄は……プレイヤーだったから、身体が変わった」


「あなたたちは?」


 母が聞く。


「……プレイヤーじゃない人は、そのままだと思う」


 母と父は、顔を見合わせる。


「……じゃあ」

「戦えない」

「うん」


 一瞬の沈黙。

 それを突き破るようにして、兄は言った。


「でも、妹は…俺が守るから。この世界がどうなっても、絶対に」


 ……相変わらず、ちょっと重くない?

 それを聞いて、父は言った。


「いや、戦わない選択を取ればいいだろう」


 母も、頷く。


「家に籠もるのも、立派な戦略よ」


 私はその言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


「……ありがとう」

「当然でしょ」


 母は、苦笑する。


「いきなり世界が変わっても、親は親よ」


 兄が、ぽつりと呟いた。


「……やっぱり、母さんと父さんは強いなぁ」

「当たり前でしょ」


 母は、立ち上がり、キッチンへ向かう。


「とりあえず、朝ごはん作るから。話は食べながらにしましょう」


 その背中は、いつもと同じだった。


 世界は変わった。ルールも、常識も。

 でも、この家の空気だけは、ちゃんと残っている。


 私は、兄と視線を交わす。


「……ね」

「あぁ」


 全てを手に入れる、その為には何でも犠牲にするつもりだったのに。

 ……やっぱり、この家族だけはできないな。

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