第14話
目覚ましが鳴る前に、目が覚めた。
――正確には、「鳴る直前」だ。
電子音が鳴る、その半拍前。
来ると分かっていたみたいに、意識が浮上した。
天井。
昨日と同じ白。
でも、視界の端で一瞬だけ、薄い線が走る。
……UIじゃない、ただの残像。
そう分類する。
スマートフォンのアラームが鳴る。
止める。
指の動きは、現実のものだ。遅延も、違和感もない。
ベッドから起き上がる。
足を床につけた瞬間、わずかに――草を踏む感触が混じった。
「……」
声は出さずに、頭の中で訂正する。
床はフローリング。冷たくて、硬い。
そう確認した。
洗面所で顔を洗う。
水は、ちゃんと水だ。
鏡に映る自分も、現実の輪郭をしている。
ただ、目の下に薄く影がある。二日分の疲労。それ以上でも、それ以下でもない。
――今のところは。
朝食の席で、兄はすでにテレビをつけていた。
『本日も話題となっているVRゲームについて続報です』
……早い。
パンをかじりながら、私は画面を見る。
スタジオ。
昨日と同じキャスター。
違うのは、テロップの色だ。
『プレイヤー数、想定の120%』
増えた。
止まっていない。
『一部の学校では話題沸騰、専門家は冷静な対応を呼びかけています』
学校、という単語に、喉が少し詰まる。
「……今日、行けそう?」と兄。
「行く」と即答する。
行かない理由は、ない。行かない方が、むしろ不自然だ。
通学路。
いつもと同じ道。
自販機、電柱、コンビニ。
なのに、やけに情報量が多い。
人の足音の重なり。
制服の布が擦れる音。
風に揺れる木の葉の数。
……現実って、こんなに細かかっただろうか。
校門をくぐると、すでに空気が違っていた。
ざわつきが、はっきりと一つの方向を向いている。
昨日より、明確だ。
「昨日ログインした?」
「したした、ヤバかったよな」
「マジで匂い残らなかった?」
「分かる、朝まで草の感じした」
――共有され始めている。
これは、危険だ。
教室に入る。
机の配置は同じ。
黒板も同じ。
でも、クラスの半分以上が、もうゲームの話をしている。
「同期率って見た?」
「なんか数字出たんだけど」
「UI出るの俺だけじゃなかったんだ」
……出てる人もいる。
私は、何も言わずに席に着く。
鞄を置く。
椅子を引く。
その一連の動作が、やけに滑らかだ。最適化された動きで無駄がない。
――ゲームみたいだ。
前の席のクラスメイトが、振り返る。
「なあ、今日も入る?」
「放課後?」
「うん。昨日の続き」
「……様子見」
それだけ言う。
嘘ではない。全部は、言っていないだけだ。
チャイムが鳴る。
担任が入ってくる。
「えー、朝のHRの前に一言な」
一瞬、教室が静まる。
「最近、例のゲームの話で盛り上がってるみたいだが――」
来る。
「体調管理、ちゃんとしろよ。寝不足で倒れたら元も子もないからな」
……そこまで。
禁止も、注意も、それ以上はない。
クラスの空気が、少しだけ緩む。それが、一番まずいと私は知っていた。
授業が始まる。
板書。
ノート。
いつもの流れ。
なのに、黒板の文字が、やけに読みやすい。
チョークの粉の動きまで、目で追えてしまう。
集中力が上がっている。でも、それは「自分の力」じゃない。
――バフだ。
そう気づいた瞬間、背中に冷たいものが走る。
これは、便利だ。だからこそ、広がる。
いや、わかっていたはずだ。いずれはこうなることを覚悟していた。想定外が重なって、上手く把握できていなかったけど、理解していた。
深く、息を吸いこむ。
パチンッ!!
両頬を叩く。赤くなるだろうし、周囲の生徒に少し不審がられたが気にしない。
そう、私は自分の欲しいものだけを手に入れる。
全て予想して、物事を私の思う通りに動かすことができるはずだ。
私には、それを可能だと錯覚できるだけの頭脳があった。
動揺しない、怖がらないし、恐れない。
ちゃんと現実を受け止め、それを利用する。
私の物語は、ちゃんと形を取り戻し始めていた。




