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第九稿 君がため

 後日、私は『星の花びら、地に堕ちて』の続きを手に、魔法学校の寮にあるクローヴィスの部屋を訪ねた。


「驚いた。君が来てくれるなんて」


 ヴィラントによく似ているけれど、ヴィラントよりも理知的で落ち着いた眼差し。

 クローヴィスは学校で勉強をしながら公務もこなしているため、実は彼の部屋を訪ねるのは四度目だった。三度の訪問はクローヴィスが不在で空振りに終わった。


 仮面文芸即売会で会える日を待つ方が良いかも、と諦めそうになっていた所で、やっと彼が部屋から出てきてくれた。


「今日はどうしたの?」

 優しげな紫の瞳が微笑みの形に細められ、私を映している。


「これを」

 私は一冊の本を差し出した。

「これは……『星の花びら、地に堕ちて』の新刊?」

「はい」

「私に?」

「はい。……クローヴィス様にだけ」

 クローヴィスは受け取ろうと差し出した手の動きを止めた。


「何か、あった?」

 クローヴィスは声をひそめて、慎重に尋ねてくれる。

 あった。

 心境の変化という奴だ。


「『星の花びら、地に堕ちて』を即売会で売るのを、やめます。この最終話は、クローヴィス様にだけお渡しします」


 クローヴィスのために書いた本の内容は、地上の花を集めたジェイミーが、星の世界に飛び立つ話。

 彼女は自分に常に優しい光を届けてくれていた『彼』と出会う。


「ずっと、みんなに私を選んでほしいと思っていました。マチルダの『あたくしを選んで』は、『誰でも良いから私の作品を選んで』という私自身の気持ち」


 沢山いるヒロイン達の中から自分を選んでほしいと愛を乞うマチルダは、自分が生み出した物語を誰かに読んでほしかった私そのもの。


「でも、きっとそれじゃダメだった。ジェイミーは、そんなこと言わない」

 本を渡して、クローヴィスに告げた。


「私は、クローヴィス様を選びます」

 クローヴィスは、綺麗な紫色の瞳を丸くした。やがて、穏やかに微笑む。


「私がどうして『星の花びら、地に堕ちて』に惹かれたか分かる?」

 思いがけない問いかけに戸惑う。


「いいえ」

「ジェイミーは孤独だ。一人、地上の星の花を探し続ける。どんな困難を前にしても引かず、立ち向かう」


 クローヴィスは瞳を閉じた。

「逃げることを許されない立場の自分と重ねていたのかもしれない。でもジェイミーは、孤独な戦いも楽しんでいくね」

「……はい」


「私が惹きつけられてたまらなかったのは、そこだ。困難な状況を楽しむ強さ、そのエネルギー」

 クローヴィスは私と目を合わせた。

 その冴えた美貌にどきりとする。


「君に選んでもらえるなんて、光栄だな」


 本の表紙を撫でる、クローヴィスの指。

 彼は身を屈め、吐息混じりに囁いた。

「大事にするよ。ジェイミーの物語も、君も」


 ……そんな言い方だと、まるで。


 さざめくように、心が揺れる。

 これは何の予感?


 ゆっくり身を離していくクローヴィスの頬は、かすかに朱色に染まっていた。


 仮面文芸即売会で、回廊のステンドグラスごしに見上げた夜空。

 そこで煌めいていた星々に似た、紫色の瞳。


 あの星々は、私を見守ってくれていた。

 貴方は、私が探し続けた星。


 マチルダなのか、ジェイミーなのか。

 どちらにしろ、私は私だ。

 私は私が描きたい物語を書いていく。

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