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第五稿 『転』をここから始めよう

 ヴィラントが婚約破棄を告げてきてから、『破滅エンドを回避させた令嬢達が僕を毎晩悩ませてくる』を書こうとすると筆が進まなくなった。


 ヴィラントとどうしても結婚したいと思っていた訳ではない。

 だからテンプレ台詞を返せた。

 それなのに、ハメレイは書けなくなった。


 気付いてしまった。

 私達がお互いに、手に入らない愛を求めていること。

 それなのに、お互い様なことを、ヴィラントは呑気なまでに理解していない。


 何がマチルダ達と共に生きる、だ。

 誰のおかげでそのマチルダが在るのかも知らずに。


 この理不尽な状況の中でハメレイを書き続けることが、私にはできなかった。


 ヴィラントに罰を下す。

 これが私の復讐だ。


 次の仮面即売会の日。

 私は手元に残るハメレイの在庫をテーブルに並べ、その横に[読者様へのお知らせ]の札を置いた。


[作者の勝手な都合ではありますが、

『破滅エンドを回避させた令嬢達が僕を毎晩悩ませてくる』につきましては打ち切りとさせていただきます。

 これまでのご声援、誠にありがとうございました。 著者]


 その札を置いた時、テーブルの前に列を作っていた男子生徒達がどよめいた。

「どうしてですか」

「また書き始める予定は?」

 と、口々に問われたが、私は「ごめんなさい」とだけ答え続けた。


 私はハメレイと、筆名を棄てた。

 そしてヴィラントは、それを受けて寝込んだ。



   ☆☆☆



 ヴィラントの体調はなかなか良くならず、一ヶ月が過ぎようとしていた。

 ヴィラントがハメレイの過激なファンであるという噂は、学校中に広まってしまっていた。


「ハメレイ? とかいう小説の作者が、執筆活動からの引退を発表したのが原因ですって」

「それって先日の婚約破棄の理由の? マチルダ、でしたっけ?」


 いい気味だ。

 そう思えない自分が不思議だった。

 流行りの物語にありそうな、カタルシス展開じゃないか。


 ヴィラントが寝込んで騒ぎになったことで、淑女達の間にハメレイの存在が知られてしまって少し自分にも飛び火している気がするが。

 肉を切らせて骨を断つ、だ。

 そう自分に言い聞かせるのに、すっきりしない。


 夜、自室でモヤモヤしていると、コンコン、と窓から音がした。

 いつもの匿名の手紙だ。


 ハメレイの打ち切りを発表しても、そのファン達からは今もまだ、続きを熱望する手紙が届く。

『ゆっくりでもいいから、書いてください』

『いつまでも待っている』

『あの子達の未来が知りたい』


 今届いたのも同じような手紙だろうか。

 空中でペラリと便箋が開かれる。



『拝啓。ハメレイの作者様。

 私は貴女の作品の大ファンです。

 この度の突然の打ち切り発表、貴女の身に何があったのでしょうか。

 悪役令嬢のマチルダを、あれ程繊細で魅力的な人間として描ける貴女の感性です。

 私は、何かが起きたに違いないと思うのです。それを考えると夜も眠れません。

 私はマチルダに惹かれていると思い込んでいました。マチルダの心根の真っ直ぐさ、時折見せる弱さ。

 私には優秀な兄がおりますが、兄のように振る舞えない自分の不甲斐無さに挫けそうになるたび、マチルダの挫けぬ心が私を励ましてくれたのです。

 マチルダへの愛を貫くために、自分の婚約も破棄しました。

 けれど、私は大きな勘違いをしていました。貴女のことを考えて眠れなくなって、やっと気づきました。

 私が恋焦がれていたのは、マチルダ含む魅力的な令嬢達を生み出した貴女です。許されるなら、貴女と会いたい。貴女が続きを書けないのなら、それでも良い。

 ただ一度、私が感謝と敬意の気持ちを込めて、貴女の手に口付けることを許してほしい。


 ヴィラント・フォン・ノーヴァ』

 


 匿名、では、ない。

 一国の皇子が、一体何をしているのかと本気で頭を抱えてしまった。

 帝国の行く末まで心配になる。

 ヴィラントは愚かだ。

 

 愚かなまでに、私の物語を愛してくれている。


「ああもう! 寝覚めが悪い!」

 一途な人間の人生を狂わせたのが私の方なんて、復讐劇として後味が悪すぎる。

 話の流れ的に、ざまぁされるのが私になってしまう!


 引き出しから、使い慣れた紙とインクを取り出した。

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