最終稿⑥ トゥルーエンドの条件・彼の帰還
皇太子妃の立場を使ってクローヴィスの滞在地の物語を書くと言うと、彼は目を丸くした。
「作者買いされるのは嫌じゃなかった?」
嫌だった。
読者の人々には、肩書きや立場、個人ではなく、純粋に物語の質だけを見てほしい気持ちは今でもあるけれど。
「クローヴィス様を守るためなら、私が持ってる物は惜しまず使うべきです」
彼のひんやりとした手を取り、温めるように包み込んだ。
「どこに行きたいですか? 子供の頃、見てみたかったものはありませんか?」
ポタリと、私の手の甲に滴が落ちてきた。
気付いて視線を上げる前に抱きすくめられる。
まるで、自分の顔を見せまいとするかのようだった。
「前に……忘れたいと言ったナディアのように、私もまた、諦めるために忘れて……もう、私の中には何も残っていない」
(何も……)
「それなら、一緒に色んな場所に行きましょう」
彼の背中に手を回す。
彼だけが、私の存在に気付いてくれた。
クローヴィスの鼓動が聞こえてくる。
「ナディア」
切なげな声で呼ばれ、きつく抱きしめられる。
「君が無事で良かった。もし君の命が誰かに奪われていたら、今頃私は王宮を血で染め上げていた」
(な、なるほど)
おかしいと思った。
首一つ。髪一本も失う事なく小娘の主張が枢密院で通ったのは、このクローヴィスの危うさを、祖父である宰相が勘付いていたからなのかも。
——「お前の処分は保留とする。……クローヴィスは魔性の手に堕ちたのやもしれんな」
『檻の中の人形王』を読んだ宰相の感想を思い出した。
宰相は、呆れと恐れと苛立ちが入り混じったような、複雑そうな顔をしていた。
ハメレイの生みの親としては、最大級の賛辞だ。
「汝、ナディア・クライノートは、クローヴィス・フォン・ノーヴァを夫とし、死する時まで愛することを誓いますか?」
突然クローヴィスが、婚礼の時の誓いの言葉を囁いてきた。
あまねく全てを見通す、神秘的な紫色の瞳。
——「クローヴィスと首を並べるというのか」
挑戦状を突きつけられた気分だ。
挑むように微笑み、答える。
「骨になろうと、灰になろうと」
ふふ、とクローヴィスが軽やかに笑う。
「私、クローヴィス・フォン・ノーヴァも、ナディア・クライノートを妻とし、永遠にその魂を愛することを誓います」
そうして顔にかかった髪を払われ、優しく深く口付けられた。
言葉よりも雄弁に、求められているのが伝わってくる触れ方。
願いが何も残っていないと言った彼の中に、私は諦められず残っている。
それが泣きたくなるほど嬉しい。
もっと、触れて。
「ナディア、その顔はダメだ」
クローヴィスは少し困った顔をした。
しまった。『読まれた』。
「もっと乱したくなる」
彼の唇が鎖骨に落ちてくる。
自分の物と思えない甘えたような声と共に吐息が漏れた。
これから先ずっと、この腕の中で甘やかされてしまう予感がする。
心地よい温もりの中、目を閉じる。
その時。
「兄上! お待たせいたしました!!」
バサァ!!
という大きな羽ばたく音と共に、月光に照らされた巨大な影が3つ、窓の外、バルコニーの上に現れた。




