最終稿⑤ トゥルーエンドの条件・聖地化計画
窓から吹き込む風が、長いカーテンを揺らした。
婚約発表の日から、私がこっそり進めていたこと。
彼が気付いたら、きっと止めただろう。
「物語を書いて枢密院の方々に配りました。『檻の中の人形王』と言うタイトルで」
クローヴィスが肩を強く掴んできた。
彼の顔から血の気が引いているのが、蝋燭の明かりの中でも分かる。
「自分のしたことが分かっているのか!?」
「はい。挨拶の場で首を切られる覚悟もしていました」
どころか今だって実は、いつ誰に『消される』かと怯えている。
「何故そんな勝手を!」
間近で発せられた大きな声に肩が震えてしまった。
彼の怒った顔を初めて見たかもしれない。
でも、怯んではいけない。
「私が彼らに渡した物語は、私が避けたい未来でもあります」
「まさか、枢密院の者達がそれを信じるなんて」
と、そこまで口にしたクローヴィスが、何かに思い当たったように言葉を止めて、少し呆れたようにため息を漏らした。
「重鎮たちは、そのほとんどが男性だ。……つまり、そう言うことだね?」
「……はい」
本というツールで男性達の心を手玉に取る方法についてなら、私は一家言ある。
得意分野と言ってもいい。
安心してください。
上品な描写にはしましたよ。
切なさと、強い後悔を引き出すような、そんな物語を目指した。
——「その不遜な女を叩き斬れ!!」
……と叫ばれたことも実はあったが、黙っておこう。
ああ怖かった。
「怒る人もいましたけど……宰相閣下はクローヴィス様に同情的でした。だからクローヴィス様が選んだ私を、最後には許してくれた」
『檻の中の人形王』は、壊れたクローヴィスと、その手によって帝国が沈んでいく姿を枢密院の代表達に想像させることができたらしい。
「好きな場所に行っていいんですよ、クローヴィス様。クローヴィス様が望むなら、私を置いていったって」
身体を引き寄せられる。
そばにあった燭台の蝋燭の炎が、音を立てて揺れた。
「離さない。やっと皆に認められたんだ」
(離れなくて、いい?)
でも。
「私は、クローヴィス様の新しい鎖にはなりたくな……」
「鎖な訳がない! 君の方こそ私を遠ざけたいんじゃないか?」
え。
「私を奪うと言いながら、私から離れようとする。君の中にある躊躇いの理由が知りたい。心に思う誰かがいるのか?」
「居りません!」
酷い誤解だ。
「私は、クローヴィス様が縛られる姿をもう見たくないだけです! クローヴィス様のことが何より大切で、大好きで……だから、重荷になりたくない」
「ナディア。君の望むことを、君の言葉で教えて」
彼が望んでくれるなら、私は。
「筆を折るのはクローヴィス様と棺で眠る時だけ、その気持ちに変わりはありません……クローヴィス様の隣にずっと居たいです」
涙が溢れてくる。
「私も、ナディアの隣にずっと居たいよ」
指先を絡められ、額に口付けられた。
重なる心を感じて、長く息を吐く。
しばらくしてから、クローヴィスの穏やかな声が落ちてきた。
「ナディアの気持ちは嬉しい。それでも王宮を離れることはできない」
顔を上げると、彼は表情を曇らせていた。
「私がここを離れたら、別の皇子を皇太子にしようとする者達が出てくる。争いの火種になる」
クローヴィスには多くの弟妹が存在する。
同母弟の第三皇子ヴィラントは、あんなでも第一皇子クローヴィスの味方だ。クローヴィスを廃して自分が帝位になどとは考えない。
しかし、異母弟の第二皇子などは違う。
クローヴィスと敵対しているから、挨拶の時も牽制するような態度だった。
クローヴィスの母后の一族が上手くやってくれると良いが、それはそれで、一族内で借りを作ってしまうのだろう。
「では、こうしましょう。クローヴィス様」
物語を紡ぐことしかできない私ができることは、限られている。
「クローヴィス様と巡った場所を舞台に、皇太子妃として物語を作ります。それを帝国中で売って、観光地にしちゃいましょう」
皇太子妃の立場を利用するようで少し狡さも感じるが、戦うためなら手段を選んでいられない。
「クローヴィス様の存在感を維持すると同時に、その足跡を観光地にして儲けを出すんです! クローヴィス様がたどった場所が潤えば、そこはクローヴィス様の味方の土地です」
夢物語だろうか。
けれど何もしないよりは、彼の力になるはずだ。
「正直な所……この戦略が成功するかは分かりません。何の意味も無いかも。でもここ最近の小説の人気を決めるのは、沢山の人の目に留まるかどうか、なんですよ。クローヴィス様の嫌でも目立つ美貌、そして『著者・皇太子妃』なんて、最強のカードだと思いませんか?」




