最終稿④ トゥルーエンドの条件・覚悟
カチャリと、近くで剣の鞘が鳴る音がした。
「待て!!」
宰相の声が議場に響き渡った。
「続けよ、クライノートの娘」
先程までのざわめきが嘘のような静寂。
斬られてない……。
ごくりと唾を飲み込み、息を整えた。
「王宮の外、民の中で、クローヴィス殿下が得られるものは大きいはずです。物事を奥深くまで見通す殿下です。一年あれば、外の世界で様々なことを学び取られ賢帝になられます、ですから!」
そう言って頭を下げた。
宰相が大きく息をつく気配がする。
「クローヴィス殿下は、幼い頃から自分よりも他者を優先する皇子だ。祖父として、私は殿下のお心映えを誰よりも理解しているつもりだ。だからこそ私は殿下に皇帝になっていただきたい。それは分かるか?」
思いがけず、宰相の声音は優しかった。
「……はい」
「ならば、一年間皇太子の責務を離れる意味は分かるか」
彼の立場が大きく揺らぐ。
「皇帝としての即位が危うくなるかもしれない。それでも、この一年の意義は大きいと考えます。このままではクローヴィス殿下の世は、殿下がいかに有能であろうと……短く終わります」
「宰相! これは殿下に対する不敬です!」
「本を!」
これ以上ないほど声を張り上げた。
「先程お渡しした本を、どうか、お読みください。それから、ご判断を。処罰はいくらでもお受けいたします」
宰相は、少し考え込むような仕草をした。
「“クローヴィス”は昔から不満を言わない子供だった。あれの妹のアンネリーゼは、クローヴィスとは真逆の性格で『わがまま皇女』などと呼ばれているが。お前を妃にと望んだのは、あれの珍しいわがままだったな」
宰相は、机の上の本に皺が目立つ手を置いた。
「一年。クローヴィスの不在で空く穴は、私達、皇后の一族で対処しよう。しかし一年を過ぎて王宮に戻らぬなら、クローヴィスの皇太子位は剥奪の上、後の世に禍根を残さぬよう……分かるな?」
禍根。
皇太子だった人間が、野に放たれれば……反乱を企てる者達の旗印にされる。
そうならないように、良くて一生、本物の檻の中。
最悪の場合。
「宰相閣下。私は既に、クローヴィス様に殉じる覚悟です」
そう告げると、宰相は片方の眉を跳ね上げた。
「クローヴィスと首を並べるというのか」
「はい」
彼がいない世界に価値など無いと、彼が魔法学校を卒業した時に思い知ったのだから。
彼と共に処刑されるのなら、それでいい。
「その代わり」
私は姿勢を正して重鎮達を睨みつけた。
「もし殿下に関する陰謀が企てられた場合。私も悪あがきぐらいいたします」
「ほう。お前に何ができる?」
ぐ。詰められた。
物書きにできる復讐など、昔から些細で陰湿なものくらいしか無い。
「私が書く物語のネタになってもらいます!」
「ネタ」
理解できない言葉を聞いてしまった、という宰相の顔。
「殿下の敵を面白おかしく、とびっきり性格悪く書き上げて、大々的に国内外にその物語を配ります」
世の中、それらしく言った者勝ちだ。
だから言葉を振るう者には、大きな責任が伴う。
「民の人気を得られない皇帝の世が、いつまで続きましょう?」
物書きは、物語の世界で一人の人間を英雄にも大罪人にも仕立て上げられるのだ。
「そして民達が信じるのは、己が目にしていない真実ではなく、信憑性のある物語です」
宰相は、とても嫌そうな顔をした。
「何だ、そのみみっちい嫌がらせは」
「そのみみっちい嫌がらせで国家が倒されることはあります!」
必ず、なんてことはない。
それでも為政者達にとって民からの評判が重要なのは確かだ。
「クローヴィスが選んだ娘は、危険だな」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてはいない。だが、あれがお前を選んだ理由は……お前が望みに正直すぎる所だろうな」
本の表紙に目を落とし、
「あれを捕らえた魔女の預言書を、読んでみようではないか。お前の処分は、この本を読んで決める」
厳かに、だが、はっきりと……宰相は告げた。
※「わがまま皇女」と呼ばれるクローヴィスの妹姫アンネリーゼとその護衛の少年の物語が、短編として公開中です。
『憎まれ皇女アンネリーゼのやんごとなき護衛〜敵国王子を拾って育てたら最強の魔法使いになりました。』
シリーズから辿ってお楽しみください。




