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第二十九稿 恋と理性の対立(コンフリクト)

 鮮やかだった。

 としか言いようがないほど、クローヴィスの手によってナディアの環境は激変してしまった。


 あの夜の数日後には、帝国国民に向けてクローヴィスと自分の婚約発表がなされ、ナディアは婚礼の準備に奔走することになった。


 魔法学校に居ると準備が大変だろうから王宮においでと、クローヴィスから手紙が来たのが、一週間後の事だった。


 返事を求めに来たクローヴィスの遣いの者に「学校は卒業したい」と言うと、

「王宮で個人授業を受けて学校の修了資格が得られるよう、殿下が手配されております」

 と答えられた。


 魔法学校のカリキュラムに沿った授業が王宮で受けられるように、既に準備されているそうなのだ。


 仕事が早すぎる。


 魔法学校を去ることに一つも未練がないかと言うと、違う。毎週末参加していた仮面文芸即売会には、もう参加できない。

 それでも私は彼を選んだし、そこに後悔はない。


 壮麗な王宮の門をくぐり、高い城壁に囲まれた広大な庭を通り過ぎる。

 ここが、彼の生きる場所。


 宮殿に着き、クローヴィスの執務室で彼の姿を目にした時、見知らぬ場所に突然放り込まれた心細さが和らいだ。

「待ってたよ、ナディア」

 彼の嬉しそうな声を聞いた時、じわりと涙が込み上げた。


 会いたかった。

 クローヴィスが卒業してから会えなかった日々を考えれば大した時間ではないはずなのに、もうずっと長く会えなかったような気持ちだ。

 この制御が利かない感情を、恋しさ、と呼ぶのだろうか。


(厄介だな)

 でも、厄介だからこそ、彼の……クローヴィスの計算を狂わせる事ができたのだろう。


 彼に歩み寄ると、気になっていたことをこっそり訊いた。


「クローヴィス様。ひょっとしてまだ、薬の影響が残ってたりします?」

「そういうことにして今夜君の部屋を訪ねたら、入れてくれる?」

 これは薬がまだ切れてないかもしれない。

 以前のクローヴィスなら、こんな軽い発言はしなかっただろう。


「い、入れません!」

 クローヴィスは私の耳元に唇を寄せた。

「あの夜はあんなに求めてくれたのに」

「ク……!」

 昼間から何を言ってるんだこの人!


 彼はクスクスと笑った。

「残念だな。じゃあ、今ここでキスして」

「クローヴィス様!」


 どうしよう。

 これでは洗脳どころか人格改変だ。

 帝国の皇太子相手に、大変なことをしでかしてしまった。


「ジェイミーの魔法はすごいね。今まで悩んでいたことが、小さなことに思えて。諦めていたことも、やってみようと思える」

 ジェイミーのように勇気があることと、欲望がだだ漏れなのは違うと思うんです私。


 クローヴィスはこちらを穏やかに見つめた。

「一度話したけど、あの魔法薬は、既にある感情を増幅させるだけだよ。私はきっとジェイミーのように、思うまま願うままに行動したかった。困難を恐れて避けるのではなくて、踏み越えていく強さがほしかった」


 執務室の窓からは、秋の色に染まる王宮の広い庭が見渡せる。

 人払いされた二人きりの部屋。


 クローヴィスはしばらく外を見つめた後、「正直な所」と静かに呟いた。

「まだ迷いがある。君をここに招いて本当に良かったのか」 


 紫色の瞳が、こちらを見て困ったように揺れた。

「でも、仕方ないね。もうずっと前に、私は君に囚われてしまった」

「後悔しておいでですか?」


 クローヴィスは私の頬に触れてきた。

「いや。私もまた君を捕らえた。君も……私を捕らえた罰だと思って、受け入れて」

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