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第二十八稿 魔女と皇子

 奪ったのか、奪われたのか。

 相手を飲み干したのはどちらか——


「ナディア」

 寝台の中。

 心地よい微睡の世界で、甘く呼ばれる。


(ずっと、その声で呼ばれたかった)


「……ふ、ぅ……っ」

 離れてしまっていたものが戻ってきてくれたように思えて、自然と涙がこぼれた。

 クローヴィスは労わるように腕を撫でてくれる。


「どうしたの……?」

「嬉しいんです。クローヴィス様」

 もう二度と私を見てくれないと思ってた。


 賭けだった。

 クローヴィスのことを忘れたいと嘘をついて、魔法薬を持ってきてもらった。


 クローヴィスに魔法薬を飲ませるため。


 ジェイミーの大胆さが、彼の『正解』を内側から打ち崩してくれると思った。


「クローヴィス様のことを忘れたいなんて、嘘です」

「……うん」

 蕩けるような微笑みを向けられ、頭を撫でられる。

 幸せすぎて溶けてしまいそう。


「完全に薬のおかげで、クローヴィス様が正気を取り戻したら後悔するだけの夜だったとしても、私にとっては一生の宝物です」

「え」

 ばちりと、クローヴィスが綺麗な顔を強張らせた。


「クローヴィス様にとって私はもう特別じゃなくても、私にとってクローヴィス様は特別です」

「ま」

「ずっと特別ですから」

「いや、待って、ナディアは勘違いをしてる!」


 焦ったようにクローヴィスは早口で言った。

「あの薬は、何もない所から感情を引き出すものではなくて……ああもう、つまり、私は薬が無くてもナディアのことが」

 クローヴィスは自分の口を覆った。

 その頬が何故か赤い。


「クローヴィス様?」

「……ハメレイのせいだ」

 どうしてここでハメレイが出てくるのだろう。


 手を伸ばして、彼の頬に触れる。

 いつも冷静で穏やかな紫色の瞳が、今は少し潤んでいるように見える。


 彼に口移しで無理やり魔法薬を飲ませた場面を思い出し、今更、罪悪感に襲われる。

 私は、何てことを。

 

「気分は悪くないですか? 薬の効果はいつまで続くんでしょう……?」


 クローヴィスは私の手に頬をすり寄せた。

(す、すりすりされた……!)

 慣れない仕草にどぎまぎしてしまう。

 こちらを見て、クス、と彼が笑った。

 また心の中を読まれた。

 心の機微を見通してしまう彼が、今は恨めしい。


 クローヴィスはちら、と床に落ちた魔法薬の瓶に目をやった。

「薬の効果時間には、個人差があるらしい。暗示にかかりやすい人間だと半永久的」

「永遠に……!?」

「そう。でも私のように冷めた性格だと、早くに効果が切れるはずだよ」


 昨晩は全然冷めた性格には見えなかったし、今も何だか、いつもと違うように見えるんですが。


「早く、とは、いつですか?」

「分からない。でも気分は悪くないよ。『ご馳走様』と笑った方がいいのかな」


 『星の花びら、地に堕ちて』の一節を引用するクローヴィスの頬を、思わずペチッと小さく叩いた。

「意地悪です」

「ふふ」

 じゃれあいを楽しむように、クローヴィスは笑う。作り上げられた笑顔ではない、肩の力が抜けている笑みだ。


「今の私は多分、だいぶ迂闊になってる。ブレーキを頼むよナディア」

 責任取ってくれるよね? と言わんばかりだ。

「……はい」


 しばらく待ってみても胸の動悸がおさまらない。この状況が、いまだに信じられない。

 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせて寝台を出ようとすると、クローヴィスに腕を掴まれた。


「どこに行くの?」

「喉が渇いたので、お水を持って来ようかと」

 ぐい。とそのまま引っ張られ、腕の中に閉じ込められる。


「わ……」

「どこにもいかないで、ナディア。特に今後、自分で勝手に悲観して私の前から消えるのはやめてほしい」

 そんな、シークレットベビー物じゃないんだから。


「……クローヴィス様って」

 抱きしめられる息苦しさの中で、ぼやいてしまう。

「思ったより子供っぽいですよね」


 耳に、クローヴィスのため息がかかる。

「私は君と一つしか歳が違わないよ」

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