第二十七稿 後悔しても、もう遅い
床に魔法薬の小瓶が落ちる音が響いた。
口の中に含んだ甘味のある液体を彼の唇に注ぎ込みながら、覚悟した。
帝国の皇太子である彼にこんな事をして、許される訳がない。
明日、私の命は無いのかもしれない。
それでも。
跪かされた姿勢で顔を背けようとするクローヴィスを逃さないように、彼の頬から首筋を押さえる。
その指に、彼の喉が動く感覚が伝わってきた。
私の指を縋るように握ってくる、彼の指。
唇を離せば、熱い吐息が混ざり合う。
「私は、何も見ない……!」
クローヴィスはきつく瞳を閉じていた。
この魔法薬は、文字が目に入らなければ効果が無い。
文字を視界に入れないことが、彼にできる最後の抵抗なのだろう。
彼の瞼に口付ける。
彼が本当に私の『星の花びら、地に堕ちて』が好きなら、何度も読み返したはず。
暗示に必要な[文字]なら、既に彼の頭の中にある。
「[心に一つ、星を宿そう。
私を守り、鼓舞し、明日へと送り出してくれる星。
悲しみや孤独が私を苛もうとするなら、飲み干そう。
そして明日には、ご馳走様と笑ってやる。]」
クローヴィスの綺麗な顔を見下ろしながら、私はその一節を囁いた。
「その先は?」
私の問いかける声に、クローヴィスはうっすらと瞳を開けた。
金色のまつ毛に縁取られた紫の瞳が切なげに揺れている。
瞳を閉じていても、いや、瞳を閉じていると尚更、文字が頭に浮かび上がってしまうのだろう。
「クローヴィス様はご存知のはず」
促すと、彼の唇がゆっくりと開かれた。
見惚れるような。
諦めたような。
彼の瞳に映っているのは、私だけ。
「[さあ]」
そうだ。
ジェイミーはいつも、そう言って立ち上がる。
「[星の花を探しに行こう]」
手首を強く握られた次の瞬間には、壁に背中を押し付けられていた。
唇に感じる、彼の熱。
息をつかせない性急な口付けに、眩暈がする。
「クロ……ヴィス、様……っ」
「咎めなら受けると言ったろう」
頬に、首に、彼の唇が押し当てられる。
両手の指先を撫でるように絡められて、胸が高鳴り吐息が漏れた。
知りたい。怖い。
二つの異なる感情がせめぎ合う。
「君の中には苛烈な魔女がいる。侮っていたよ。私も……多分、君自身もね」
彼の紫色の瞳が見たこともない鋭い光を宿す。
ジェイミーの言葉は、彼の中の魔物を呼び覚ましてしまったのだろうか。
「掻き乱して、振り回して揺さぶりをかける。君がそうやって読者を愛するなら、私も同じように君を愛でよう」
ぞくりとした。
嗜好が把握されている。
するりと頬を撫であげられる。
「後悔しても、もう遅いよ」




