第二十四稿 今宵も仮面を着けて
暑い季節が過ぎ去り、ノーヴァ帝国魔法学校に秋とともに新学期が訪れた。
クローヴィスは魔法学校を卒業した後、王宮で政治について学びながら皇太子としての公務をこなしている。
クローヴィスが学校を去った日。
私は彼から魔法薬について教えてもらった。
物語と組み合わせて洗脳の効果を発動させるという魔法薬。
クローヴィスは、その薬を使って実弟ヴィラントを婚約破棄させ、辺境へと追いやった。
全て私のためだった。
「好きだよ」とクローヴィスに言われた。
だからこそ、私を手放さなければいけないと。
ノーヴァ帝国の次期皇帝である彼は、いつも冷静に物事を見つめ、正しい判断を下す。
「妃にと何度も考えた」とも言われた。
そうしなかったのは、彼が、それが正しいと考えたということ。
——「私がどうして『星の花びら、地に堕ちて』に惹かれたか分かる?」
——「逃げることを許されない立場の自分と重ねていたのかもしれない」
彼に生まれながらに纏わりつく、重たい鎖。
彼が死ぬまで、いや死後も、その鎖は消えない。
骨になろうと灰になろうと、彼は“皇太子”、或いは“皇帝”クローヴィスとして語られ、扱われる。
永遠に。
彼は、彼の妃も縛り付けられることになる重い鎖を、私に与えたくなかったのだと思う。
ずっと身軽に、自由に筆を執れるようにしてくれた。何の気兼ねもなく。
(けれど、私は)
魔法薬を使って記憶を消してほしいとクローヴィスに願った。
クローヴィスの姿や言葉を、癒してくれるだけの思い出として抱えて一人で生きていくのは、もう無理だった。
太陽が空を滑り落ち、深い闇の中に星が瞬く。
今夜も、生徒達は仮面をつけて本を探しに行く。
ナディアは今日も新刊をテーブルに並べ、椅子に座った。
(……会いたいな)
彼と学校で会えなくなったことが、正直、かなり寂しい。
こうして新しい作品を書き上げて仮面文芸即売会に持って来ても、もうクローヴィスは現れない。
昔、ひとりぼっちだった私に「面白そうだね」と話しかけてくれた彼は、もう学校にはいない。
——「今度はどんな話を書いたの?」
何でも楽しそうに聞いてくれる彼。
——「この前の主人公、良かったよ。君の作ったキャラクターらしい、まっすぐな性格が素敵だった」
相変わらず仮面文芸即売会での私のテーブルは不人気だ。
けれど最近、通りかかると少し足を止めて、本を手に取ってくれる生徒が数人現れた。
ひょっとすると、作品が売れなくても何度もしつこく即売会に顔を出すうちに、私の存在に気付いてもらえたのかもしれない。
私が書く物語は地味だ。
タイトルやあらすじに、沢山の人を惹きつけるような華はない。
読み始めてすぐ爽快感が得られるものでもない。
それでも、心を掴んで振り回す力なら少しは自信がある。
私が、そんな物語が好きだから。
勉強や雑務で疲れている時に読むものじゃないかもしれない。
それでも、私の物語の色が好きな人が学校のどこかに、クローヴィス以外にもいると信じたい。
ひそやかにテーブルを巡る、仮面を着けた生徒達。
手に取って、ページをめくって、貴方も物語の力に振り回されてはいかが?
そんな、ゆるい気持ちで彼らを眺められるようになった。




