第二十三稿 エンディングは私が決める
卒業式の日、ノーヴァ帝国魔法学校を去ろうとするクローヴィスを引き留め、私はヴィラントの異変について問い詰めた。
「どこから話そうか」
中庭の人目の無い場所で、クローヴィスは静かに瞳を伏せた。
「ちょうど君がハメレイを書いていた頃、私が監督していた発掘中の遺跡から魔法薬が見つかったんだ」
ハメレイを書いていた時期と言うと、私がまだヴィラントと婚約中だった頃だ。
「魔法薬?」
「洗脳の効果がある薬でね。それを飲んで物語を読むと、物語を自分のことだと思い込む」
「物語を、自分のことだと……」
違和感を感じなかったのか?
ヴィラントが、余りにも典型的な『婚約破棄』の台詞を叫んだ事を。
あの真面目なヴィラントが、人が変わったような雰囲気で。
「まさか、ヴィラント様の婚約破棄の言葉は」
指先が震え出す。
薬を飲んで……物語を読むと。
「今日突然、ヴィラント様が辺境に行くと言い出したのも……」
人の気持ちを操作するために、私の本が使われた?
物語を、そんなことに。
クローヴィスは静かに頷いて告げた。
「どちらも私が薬と本を使って、ヴィラントにそうするように仕向けた」
「ど、どうして」
クローヴィスにそんなことをする理由はないはずだ。
ヴィラントは彼の同母弟。異母弟の皇子達との間にあるような確執は無い。
どちらかといえば味方であるはずのヴィラントを、わざと追放するなんて。
「あの時も今も、君は苦しんでいた」
そのクローヴィスの声にはっとする。
ハメレイを書く中で、私は作家の自分が、ゆるやかに死んでいくような錯覚を感じていた。
クローヴィスが叫びと言ったものの正体。
「私の、ためなのですか?」
「君のためであっても、君のせいじゃない」
クローヴィスは迷いなく言い切る。
「私が、君の才能が潰れていくのを見ていたくなかった。そしていつからか、君自身に惹かれた」
私に、惹かれた?
告白のような言葉なのに、クローヴィスの声からは温度が感じられない。
まるで、一切の感情を削ぎ落としてしまったような冷たさだ。
「初めに惹かれたのは『星の花びら』のジェイミーだったよ。ジェイミーを通して君が見えた」
その意味と裏腹に無機質に響く言葉達が悲しいのに、甘苦い気持ちが後から湧き上がる。
「私のことを『好きだ』と言われているようです。クローヴィス様」
耐えられず口にしてしまった。
すると、慈しむように微笑まれた。
「好きだよ。だから、私は手放さないといけないね」
(手放さないと……いけない?)
彼は自分の手のひらに視線を落とす。
そこに何かを見ているようだった。
「君を妃にと何度も考えた。けれど私と共に生きれば、君の良さは失われるだろう。君は檻の中で咲ける花じゃない」
彼の足元で、小さな花が揺れていた。
「君が書く本が好きだ。私はそれを守りたい」
終わった話だと言われているようだ。
何もかも分かったような顔をして。
(私の物語の終着点まで、決めつけないで)
「クローヴィス様」
彼の手を握って、その瞳を見つめた。
一つの決意と共に。
「その魔法薬で、私の記憶を消してください」
クローヴィスは、わずかに驚いたような表情を浮かべた。
「私達の物語は……クローヴィス様の中で終わっていても、私の中では終わりません。終わってくれません。なら最初から無かったことにしたい。クローヴィス様のことだけを忘れる物語を、書きますから。その薬なら、できるでしょう……?」
洗脳の効果がある魔法薬。
虚構を真実だと思い込ませる薬。
それならば、記憶の一部が消えたと思い込ませることだって、できるはずだ。
クローヴィスの手が、私の手を包みこむ。
温かい。
「……分かった」
淡々とした声。
その時の彼の瞳は、痛みをこらえるような色をしていた。




