第二十稿 予定調和という鎖
クローヴィスの卒業の日が迫る中、私は寮の彼の部屋に一冊の本を持っていった。
『王都を追放された俺、気付いたら辺境の地でモフモフと美女に愛される最強領主になっていた!』
クローヴィスの希望通りの設定で書き上げた新作だ。
「ご苦労様! 手間をかけたね」
いつも通りの爽やかな笑顔で労いの言葉をかけてくれるクローヴィスに、思いきって尋ねてみる。
「あの……どうして、これが必要だったんですか?」
クローヴィスは静かな表情になり、ゆっくりと一度瞬きをした。
瞼の下から再び表れた瞳の紫色が、気のせいか少し深くなったように見える。
「もう、解放してあげた方が良いと思ったんだ」
「解放?」
意味が分からず、首を傾げる。
「君の新作なら、あの子も読まずにいられないだろう」
そんな謎かけみたいなことを言われましても。
「……誰かが、苦しんでいるんですか?」
クローヴィスの指先が、私の肩口に流れる黒い髪に触れる。
「物語の終わりはハッピーエンドじゃないとね。……私がいなくても」
きゅっ、と、嫌な予感に胸の奥が締めつけられる。
頼まれた本は、彼がここからいなくなった後のためのもの?
解放。……解放?
まさか。
彼は、私の物語から退場しようとしている?
——「大事にするよ。ジェイミーの物語も、君も」
そうだ、彼は。
ずっと一緒にいるなんて一度も。
「本を書きあげることが、何かを変えるんですか」
気付いたら、口からその言葉が飛び出していた。
「私はその本を書き終えても、何も変わりませんでした。今だってずっと胸が痛い! わ、私、クローヴィス様がいなくなった後の生活が想像できなくて、怖いんです! 会えなくなるわけじゃないって分かってても、寂しい。どうしようもないほど寂しい!!」
こんなの私らしくない。
駄々を捏ねているだけだと自分でも分かってる。
それなのに、一度溢れ出した感情は蓋をすることができず、涙に変わっていく。
「ナディア」
肩を掴まれて顔を上げると、紫色の瞳が穏やかに自分を見下ろしていた。
「君は自由でいてこそ、魅力が存分に発揮される。強烈な君の光を見つけて愛する人はきっと、他にも現れる」
その言葉が示す意味を悟る。
クローヴィスは私の手を取り、その甲にキスを落とした。
そして、困ったような微笑みを見せる。
「お姫様は幸せになるのが物語のルールなんだから、泣かなくて良いんだ、ナディア」
完璧な王子様。
この帝国の未来を背負う、彼。
彼が口にする言葉は、絶対だ。
それは、誓いであり、必然であり、呪いであり、鎖。
彼自身が、生まれた時から縛られてきた鎖だ。




