第十四稿 結末を変える劇薬【side:クローヴィス】
ナディアは、『星の花びら、地に堕ちて』の続きを書かなくなった。
始めは、ナディアにも不調の時期があるのだろうと思っていた。
仮面文芸即売会。
彼女が流行物を書いても、彼女のテーブルに生徒達は来なかった。
時々立ち止まる生徒がいても、買いはしない。
多分、ナディアは流行を追いきれていない。見た目を真似ても、彼女の本の中身は淑女達の求めるものとは少し違うのだろう。
ナディアの『迷走』とも言えるこの時期を、自分は遠くから見守ることにした。
早く『星の花びら、地に堕ちて』の続きを書けばいいのに、と思いながら。
ある頃から異変が起きた。
ナディアのテーブルに、学校中からかき集めたのではと思うほど沢山の男子生徒達が集まっている。
彼女が新しく書き始めた物語が、男子達の心を捉えたらしい。
彼女の文章には、魔力がある。
(気付くのが遅いんだよ)
その時もまた、列を作る生徒達を見てどこか呆れていた。
列に並ぶ時間はなかったので、後日従者に、ナディアの本も含めた生徒達の間で流行っている本を買いに行かせた。
『破滅エンドを回避させた令嬢達が僕を毎晩悩ませてくる』
通称ハメレイ。
男子生徒達の間でちょっとした騒ぎになっているナディアの本。
その実物の表紙を見て考える。
タイトルは完全に紳士向けの流行作品だ。今まで淑女向けの流行を追おうとしていたのに、どうしたのか。
この頃には、ハメレイは学校中で噂になっていた。
男子達は口々に「エロい」と言う。
下品な言葉で彼女の作品が評されるのは不快だが、彼女のことだから、何か高尚なことを描こうとしたのではないか。
芸術は時に扇情的だ。
しかし。
ハメレイを最新話まで読み終えて、重いため息をついた。
これは芸術を追求した作品ではない。
彼女は、自暴自棄になった。
丹精込めて書き上げた物語が、みんなに読まれない。
流行を追い始めた彼女から、自分も遠のいていた。
自分の作品が誰からも興味を持たれない状況。それが彼女を追い詰めた。
「あたくしを選んで」という、ナディア自身の叫びとも取れるマチルダの言葉が、心に棘のように突き刺さって抜けない。
自分の胸の痛みがそれでおさまる訳でもないのに、ハメレイの表紙を何度も撫でる。
痛ましい。
紳士達をそそるような言葉で溢れるハメレイから、彼女の深い悲しみが伝わってきた。
彼女はこのまま、誰にも自分の本当の価値を知られず一生を終えるのか。
夫にも——ヴィラントにも、理解されないまま。
厳重に鍵をかけた金庫から、魔法薬の瓶を取り出す。
どの本と組み合わせれば、誰に使えば、彼女を救えるのか。
従者が即売会で買ってきた大量の『流行の本』達を手に考えた。
NTR。紳士達のトレンド。これを使うならヴィラントだろうか。ヴィラントから、私がナディアを奪うストーリー。
いや。NTRには大体奪われた男側の復讐がセットで描かれる。奪った男性側はバッドエンドだ。
これはダメだ。
次の本に目を移す。
『シークレットベビー』の煽り文句に目が行く。
淑女向けのトレンドの一つだ。秘密の赤子。
主人公の淑女が、身分違いの男性と恋に落ちて深い仲になり子ができるが、その男性の目の前から消える。
最後には、男性と結ばれてハッピーエンド。
叶わぬ恋が成就するストーリーだ。
「叶わぬ恋……」
自分達の状況に合っている。
この物語をナディアに使ったら。
部屋の隅の暗がりを見つめる。
蝋燭の灯りにぼんやりと浮かび上がる人影。
——「クローヴィス様」
身体の線が透けてしまいそうな薄着のナディアが、危うい眼差しで囁いてくる。
——「今宵、クローヴィス様の時間を私に」
「!!」
なんだ、今のは。
顔を覆い、とんでもない妄想をしてしまった自分を嫌悪した。
さっきハメレイを読んだせいかもしれないが、彼女に対するひどい冒涜だ。
大体、相手がうっかりヴィラントや別の男になったら、それこそ自分は立ち直れない。
手に持った本を一度机の上に並べ、その中から一番有力と思われる『婚約破棄』物の本を手に取った。




