第十三稿 彼女の物語に囚われた冬【side:クローヴィス】
寒さが厳しくなってきた季節のこと。
暗闇に沈む魔法学校の寮の自室で、クローヴィスはため息をついた。
生徒一人一人に用意された部屋は、王都にある離宮の自分の部屋とは広さも雰囲気も全く違う。
それでも、慣れてくると居心地良く思えるもので……必要最低限の家具しか置けないような広さの寮の自室が、今では自分でも意外なほど気に入っている。
ため息の原因は、自分の手の中にあるものだ。
燭台の光に照らされ、ガラス瓶が鈍くきらめく。
聖堂の遺跡から発掘された古代の魔法薬。
口にした者の意識に作用し、読んだ物語を自分の話だと思い込む薬。
成分を解析した結果、現代の魔法薬学の技術で複製が可能とのことで、帝国の魔法薬研究機関が引き続き研究開発に取り組むことになり、研究に必要ないと見なされた分(貴重な物に違いはないが)は、クローヴィスの手に渡された。
報告書と共に問題の薬を持ってきた魔法薬学専門の壮年男性は、使う際はくれぐれも法に触れないようにとクローヴィスに言った後、言葉を選ぶように告げた。
「火のないところに煙が立たないように、この薬は、種のない場所に効果を花開かせるものではありません。あくまで、これは、飲んだ者の感情を膨らませる薬と思った方がよろしいかと」
例えば、この薬を飲んだ人間が「クローヴィスが好きだ」と言う言葉を目にしたからと言って、全員がその暗示にかかる訳ではない。
けれど少しでもクローヴィスに惹かれている人間なら、効果がある。
ふと、考えた。
この薬をナディアに飲ませてみようか。
「自分はクローヴィスが好き」と言う文言を目にした時、彼女はどう反応するのだろう。
無反応か、それとも——
(それで、どうすると言うんだ)
椅子に座り、机に突っ伏す。
彼女が自分を好きでもそうでなくても、彼女が弟のヴィラントと結婚する未来は変わらない。
彼女が好きだと言ってくれたら攫う気か?
自分の未来も国も捨てて。
(できるわけもない)
見えない鎖に繋がれた身体で、どこへ逃げる?
私にはジェイミーのような軽やかさは無い。
それに、いくら感情を増幅させるだけでも、薬の力で彼女の意思をねじ伏せて彼女を手に入れて、自分は満足なのか?
彼女がジェイミーならば、魔法薬すら飲み干して笑うだろう。
そして、私の前から消える。
次の星の花を探して。
彼女の試練の一つになりたいわけじゃない。
私がなりたいのは、もっと。
ならば、別の物語の力を借りるのはどうか。




