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魔女の水牢  作者: 琥珀
1/7

1.社交場「モンド」

 その年の夏。

 聖都は幾度も熱波に襲われ、人々は皆、疲弊していた。

 貴族など有閑階級の者たちは別荘に脱出するか、都に留まった者は、激しい夕立によって熱く埃っぽい大地が潤されてから、ようやく外出するという有り様。


 某国の大使館付き武官ヴァランタンも、母国と違う執拗な暑さに辟易していたが、まだ若くて頑健。

 休日の前夜、社交場「モンド」に繰り出すことにした。


 聖都の中でも、かつて侯爵家の別邸だったという「モンド」は壮麗な装飾と、さまざまな遊びが楽しめることで名高い。

 男女の出会いの場でもある。

 とはいえ、ヴァランタンは母国に婚約者を残してきている身。

 赤毛の大男で、ぱっと見いかついせいもあって、もともと華やかな場は得意ではない。

 結局、顔見知りの紳士と、1階の撞球室で、最近流行っているモヒートという酒を賭けながら玉突きをしていたら、雰囲気がざわつき始めた。


 どうやら、近くの中庭で誰か倒れているのが見つかったらしい。

 職掌上、救命措置などの訓練も受けているヴァランタンは、対戦相手に断りを入れて、急いだ。


 石畳の中庭には、中央に円形の小さな噴水があり、いくつか花壇があって、ベンチも置かれていた。

 そのベンチの一つの傍に、夜会服を着た若い男がうつ伏せに倒れている。

 その脇に給仕が膝をつき、男の肩のあたりを揺らしながら、しきりに呼びかけていた。


 遠巻きに集まり始めた野次馬をかき分けて、ヴァランタンは近づいた。


「どうしたのだ」


「こ、こちらのお客様が、倒れていらっしゃって……」


 ヴァランタンはしゃがみこみ、男の首筋に触れた。

 脈がない。


「支配人を呼べ。

 あと、人を遠ざけた方がいい」


「は、はい!」


 給仕は飛び上がって、駆け出した。


「急病人のようです!

 みなさん、医者を探してきてください!

 それ以外の方は、お引き取りを!」


 ヴァランタンは野次馬達に叫び、自分の身体で視線を遮るようにしながら、男の身体をひっくり返して、え、と声を漏らしそうになった。


 暗くてわかりにくいが、男の顔色は紫がかっていて、口と鼻から細かい泡が流れ出している。

 泡に触れないように、手で覆ってみたが、呼吸はない。

 明らかに、溺死の兆候だ。


 しかし、男の身体は濡れていない。

 ヴァランタンは、金色の巻き毛や襟元に触れてみたが、やはり乾いている。

 男の周辺の石畳も、乾いていた。


 一体どうやって、男は溺死したのだ。


「早く! 医者を!」


 戸惑いながら叫ぶと、ヴァランタンは定式通り男の胸を力いっぱい押し始めた。


 不意に、背後でプシュッ!と、大きな音がした。

 ヴァランタンは、思わず振り返って驚いた。

 噴水が、壊れたのだ。

 四階建ての建物の屋根近くまで、水が噴き上がっている。

 まるで凱歌でも上げるように。


 支配人が大慌てでやって来たときには、ヴァランタンも遺体も、びしょびしょになっていた。


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