1.社交場「モンド」
その年の夏。
聖都は幾度も熱波に襲われ、人々は皆、疲弊していた。
貴族など有閑階級の者たちは別荘に脱出するか、都に留まった者は、激しい夕立によって熱く埃っぽい大地が潤されてから、ようやく外出するという有り様。
某国の大使館付き武官ヴァランタンも、母国と違う執拗な暑さに辟易していたが、まだ若くて頑健。
休日の前夜、社交場「モンド」に繰り出すことにした。
聖都の中でも、かつて侯爵家の別邸だったという「モンド」は壮麗な装飾と、さまざまな遊びが楽しめることで名高い。
男女の出会いの場でもある。
とはいえ、ヴァランタンは母国に婚約者を残してきている身。
赤毛の大男で、ぱっと見いかついせいもあって、もともと華やかな場は得意ではない。
結局、顔見知りの紳士と、1階の撞球室で、最近流行っているモヒートという酒を賭けながら玉突きをしていたら、雰囲気がざわつき始めた。
どうやら、近くの中庭で誰か倒れているのが見つかったらしい。
職掌上、救命措置などの訓練も受けているヴァランタンは、対戦相手に断りを入れて、急いだ。
石畳の中庭には、中央に円形の小さな噴水があり、いくつか花壇があって、ベンチも置かれていた。
そのベンチの一つの傍に、夜会服を着た若い男がうつ伏せに倒れている。
その脇に給仕が膝をつき、男の肩のあたりを揺らしながら、しきりに呼びかけていた。
遠巻きに集まり始めた野次馬をかき分けて、ヴァランタンは近づいた。
「どうしたのだ」
「こ、こちらのお客様が、倒れていらっしゃって……」
ヴァランタンはしゃがみこみ、男の首筋に触れた。
脈がない。
「支配人を呼べ。
あと、人を遠ざけた方がいい」
「は、はい!」
給仕は飛び上がって、駆け出した。
「急病人のようです!
みなさん、医者を探してきてください!
それ以外の方は、お引き取りを!」
ヴァランタンは野次馬達に叫び、自分の身体で視線を遮るようにしながら、男の身体をひっくり返して、え、と声を漏らしそうになった。
暗くてわかりにくいが、男の顔色は紫がかっていて、口と鼻から細かい泡が流れ出している。
泡に触れないように、手で覆ってみたが、呼吸はない。
明らかに、溺死の兆候だ。
しかし、男の身体は濡れていない。
ヴァランタンは、金色の巻き毛や襟元に触れてみたが、やはり乾いている。
男の周辺の石畳も、乾いていた。
一体どうやって、男は溺死したのだ。
「早く! 医者を!」
戸惑いながら叫ぶと、ヴァランタンは定式通り男の胸を力いっぱい押し始めた。
不意に、背後でプシュッ!と、大きな音がした。
ヴァランタンは、思わず振り返って驚いた。
噴水が、壊れたのだ。
四階建ての建物の屋根近くまで、水が噴き上がっている。
まるで凱歌でも上げるように。
支配人が大慌てでやって来たときには、ヴァランタンも遺体も、びしょびしょになっていた。