俺は君とは釣り合っていないと思うんだ
今回も釣り合わない系です。
ざるな設定なのでご容赦ください。
「なあ、俺は君とは釣り合っていないと思うんだ……」
「え?」
俺は長年抱えてきた思いを彼女に吐き出した。
「だから俺と君とは釣り合っていない。俺みたいな人間と君とは一緒にいるべきではないと思うんだ」
「………。ねえ、今さら釣り合ってるとか釣り合ってないとかどうでもよくない?」
どうでもいいとかそんなことない!俺はずっと、ずっと釣り合ってないと思ってたんだ!
「あのさ、私達今いくつ?」
「62だけど」
「もう結婚して40年だよ?今さらそんなこと言ったところで遅くない!?」
うっ!確かにそうだ。釣り合ってないという思いを抱き続けて45年。今さら言われても遅いってなるのは当然だよな……。
それに息子も娘も、そして孫も俺達夫婦を見て
「親父とお袋みたいないつまでも仲の良い夫婦でいたいもんだよ」
「おじいちゃんとおばあちゃんラブラブだよね!」
なんて言われるから俺と彼女はお似合いの夫婦だと思われているのは分かっている。
でも俺は彼女には到底足元にも及ばないくらいダメな男なんだ!
勉強もできない、運動もできない。社会人になってからだって出世もできず平社員のまま定年を迎えた。
一方の彼女は勉強もできてスポーツ万能。結婚してからは専業主婦になってしまったが、もし俺と一緒でなかったらもっと高いステージで活躍してたに違いない。
「じゃあ、釣り合ってないといつ言えばよかったんだ?」
「17の時じゃない?その時言われれば納得したかもね」
そうか、17と言えば俺と彼女が付き合った時だ。あの時釣り合ってないと言えば今とは違う未来があったんだな。
俺はこの思いを胸の中に抱き続けてしまったんだな。もっと早く言えればよかった。でも俺にはそんな勇気すらなかった。
でも少しすっきりした。長年言えなかった言葉を口に出せたことで気持ちが楽になった俺は床に就いた。
※
「ほら、早く起きなさい!学校に遅れるわよ!」
もう朝か……。なんだか懐かしい声がする。久々に聞く声だ。え?
「母さん!?どうして?ってなんでそんなに若いんだよ!」
「あんた何言ってんの!?寝ぼけてないで目を覚ませ!」
頭を叩かれて布団を取っ払われる。ここは……実家の俺の部屋だ。
随分と懐かしい。しかも死んだ母さんが生きている……。
これは夢か。とてもリアルな夢だ。
「とりあえず早く制服に着替えて下に降りなさい!もう綾ちゃん玄関で待ってるんだからね!」
そういえば、俺はいつも寝坊しがちでよく妻——綾子が迎えに来てくれたんだっけ。
ふと部屋のカレンダーに目がついた。1980年!今から45年前だ!
これはもしかしてタイムリープというやつなのか!?夢じゃないのか!?
「もしこれが本当にタイムリープだとしたら、思いを告げるばっちしのタイミングじゃないか!」
『17の時じゃない?その時言われれば納得したかもね』
昨晩?綾子が言った言葉通りなら俺と彼女が釣り合わないと納得してもらえる!
俺は制服に腕を通す。懐かしさを感じながらもこの胸の中に抱き続けてきた思いに終止符が打てるという喜びを噛みしめていた。
階段を降りると綾子がいた。若い。そして美しい。彼女は中学からモテて告白されてばかりだった。高校に入ってからはさらに美しさに磨きがかかり、俺はいつか彼女が他の男に奪われるんじゃないかと焦った勢いで告白をした。
「将太おはよ!今日も寝坊だね!」
特大の笑みを見せてくる綾子。その笑顔が大好きでたまらなかった。でもいつからか自分と彼女の間にあるズレを感じるようになり、俺は彼女とは釣り合っていないのではないかと思うようになった。
その笑顔はもっと自分よりも彼女にふさわしい男に向けるべき、そう思うようになってしまったんだ。
「もう少し待っててくれ!すぐに朝飯食べて行くから!」
急いで朝飯を掻き込み、歯磨きをして綾子と一緒に玄関を出る。
「ほら、早く行こ!遅刻になっちゃうよ?」
歩くペースを上げながら綾子と一緒に登校する。彼女とは生まれて間もない頃からの幼馴染。幼稚園に入る前から、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、そして結婚とずっと一緒だった。
横にいることが当たり前の存在。そんな彼女を好きになるのは当然のことだった。誰よりも自分を理解してくれる。言葉で言わなくても分かってくれる。
彼女といると居心地が良い。安心する。俺はそんな彼女に甘えていた。居心地の良さに甘んじて、どんどん成長していく彼女に気づかず努力することを怠った。
当然釣り合わなくなる。気づいた時には遅かった。遥か遠くにいる彼女は眩しかった。誰よりも輝いて見えた。俺がいなければもっともっと輝けたはずなのに。
だから俺は彼女に告げるんだ。
「なあ、俺と綾子は釣り合ってないと思うんだ」
「ん?今何て言った?」
「俺は綾子とは釣り合っていないって言ったんだ!」
「ねえ、釣り合う釣り合わないとか今さらじゃない?」
「え?」
「だってさ、もう私達付き合う前からずっと一緒にいるんだよ?周りからバカップルだって認定されるくらいに仲いいんだよ?誰も釣り合わないとかそんなの思わないよ!」
おいおい、全然納得してくれていないじゃないか!ていうか俺達ってバカップルだったのか……。しかも認定までされてるって知らなかった……。
「それに私、将太のことが大大大好きなんだから離れるわけないでしょ!」
くそ!綾子が俺のことを好きでいる内は釣り合っていないと言っても通じないということか……。
「じゃあ、綾子は俺のこといつ好きになったんだよ?」
「5歳の時だね!いじめっ子から私を守ってくれたのがきっかけだったな」
5歳……、その時に伝えれば分かってくれたのか……。またしても遅かった。
結局綾子に腕を組まれて登校し、久しぶりの授業を受けることになった。それにしても授業ってこんなつまらなかったかな?だんだん眠くなってきたな……。
※
「将ちゃーん、起きてー!ほら、朝だよ!」
ん?どうやら授業中に眠ってしまったようだ。あれ?
「あ、やっと起きたのね!早くしないとバスに乗り遅れちゃうよ!」
母さんがさらに若返ってる……。ていうかこれまたタイムリープした!?
布団から飛び起き、リビングに向かう。カレンダーは1968年!5歳じゃないか!
よし!これなら彼女も理解してくれる!早く綾子に会って伝えねば!
幼稚園の制服に着替え、外に出てバスが来るのを待つ。バスが到着すると先生が出迎えてくれて座席へと案内される。
「将太君おはよ!」
俺の座った隣には綾子。俺の座席はいつも綾子の隣。幼稚園に向かうまでいつもおしゃべりをしていたんだったな……。
この時の俺はまだ綾子に対して好きという感情はなかった。でも一緒にいて楽しかったし、めちゃくちゃ気が合ったのは確かだ。仲良くなるのは必然ともいうべきだった。
でもここで決着をつけないといけない。将来の綾子のために。
「なあ、俺と綾子は釣り合ってないと思うんだ」
「ねえ?つりあわないって何?」
「え?」
「つりあわないって言葉、聞いたことがないから意味が分かんない!」
うわあ、若返り過ぎて言葉を理解してもらえてない。いくら言ったところで通じるわけがないよな……。
「そ、そうだよね。意味分かんないよね」
「うん、そんなことよりさ!今日は一緒に砂場で遊ぼ!」
こうなったら釣り合わないって意味が分かるまで成長を待つしかない。
「ねえ、今日は一緒にお勉強しよ!」
「ねえ、今日はいっぱい外でかけっこしよ!」
「ねえ、一緒に宿題しよ!」
「ねえ、一緒にスポーツの習い事しよ!」
「ねえ、一緒にテスト勉強しよ!」
「ねえ、一緒に部活の特訓しよ!」
5歳に戻ってからは綾子に誘われて色んなことをやる羽目になった。こんなことは過去にはなかったことだ。それで結局ずっと一緒にいることになってしまった……。
でもやっぱり綾子と一緒にいると居心地が良い。その居心地の良さに甘えてしまっている。
このまま行けばまた釣り合わない関係になってしまう。
「将太やったね!テスト学年1位じゃん!一緒に勉強した甲斐あったね!」
あれ?俺ってこんなに勉強できたっけ?
「将太すごいじゃん!リレーぶっちぎりで優勝じゃん!一緒に練習した甲斐あったね!」
あれ?俺ってこんなに足速かったっけ?
「将太おめでとう!まさか全国優勝するとは思わなかった!一緒に特訓した甲斐あったね!」
あれ?部活で全国優勝するなんて……。
ていうか今の俺、綾子と釣り合ってるよな。いや、もしかしたら綾子より上かもしれない。
「釣り合わないっていうならさ、釣り合うようにさせれば問題ないもんね」
「ん?何か言った?」
「なんでもないよ!私達お似合いのカップルだよね!」
特大の笑みで綾子が俺に抱きついてくるのであった。
お読みいただきありがとうございました。
簡潔に書けるよう心がけてみました。
感想をいただけると幸いです。