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雷刀

雪がちらつく明け方、東から朝日が男の片目を塞ぐ

厚みのある手で猟銃の引き金を引く、静かな山にドンっと一発鳴ると銃口から緩やかに出る煙が天に昇る、まるで魂が天に昇るかのように

男は白い吐息を静かに吐くと、かじかんだ手を強く擦り合わせ真っ直ぐ前を見て歩きだす

歩く度に氷点下にへばりつく雪を踏む音だけが妙に大地と融合する

足を止め目の前に横たわる雄鹿を一度だけ優しく撫で手を合わせた

「ごめん」

真っ直ぐな言葉で雄鹿を弔う

昇り初めた朝日が赤く染まった雪を照らしゆっくりと降る雪は金色に輝き男は腰に括られたナイフを取ると手際よく鹿を切り捌いていく

家まで担ぐには大き過ぎる獲物はその場で必要な分だけ切り分け、後は鳥や狐が綺麗に食べるのだ、この時期は熊が冬眠してる為、弱い者は安心して腹が満たせれることであろう

川で肉を血抜きし、赤く凍れ上がった手をふところに入れ煙草を出すと感覚のない手でマッチを擦る

吸い込む煙と吐き出す煙は猟に似ている

少し傾き所々隙間がある家に着くと男は早々に出かける支度を始める

山を下り民家と店が並ぶ通りを淡々と歩く

「あら、眞白ましらさんじゃないか、良い肉が取れたんだね」

料亭の玄関先で炭を買っていた女将が男に声をかけると、男は今朝狩ったばかりの鹿肉を並べて見せた

「綺麗な紅葉じゃないか新鮮だねぇ、全部貰おうじゃないか、今夜はお偉い方がお見えになるんだよ」

黙ったまま頷く男は女将から金を受け取ると目線を下げ僅かに礼するとその場を去った

「相変わらず愛想のない人だねぇ」

女将の言葉に炭売りの一徳いっとくが狐のような笑顔で囁き聞く

「見事な捌きようだ、刃物の使い方がお上手なようで、眞白?とか言う男はいつからこの辺りで肉を売っているのですか?」

「いつ頃だったかねぇ、私も店先で出会った時に買う程度で、うちの人が買う時もあるからねぇ…でもさ、あの目を見たかい?」

「目ですか?いいえ…」

「あれは人斬りの目だよ、何人も殺した人の目だ」

「人斬りとは…ハハハハ」

一徳は実に嬉しそうに笑う

「廃刀令が出せれて何年が経っていると思っているんですか?今は明治、あの男が人斬りだとすると相当若くして豪剣の才があったかと…」

一徳の口元は口角が上がったまま声に怒りが滲む

「知らないよ、ただのあたしの勘だよ、眞白はただの山の猟師さ、あんたは炭と一緒に油も売るのかい?」

「あははは、これは一本取られました、明日もよろしゅう」

一徳は女将に頭を下げると足早に眞白を追う

山の麓まで来た所で一徳は足を止める

「悟られましたかね」

静かに振り向くと猟銃を構える眞白が冷たい目で一徳を見た

「何故跡をつけた?」

「私も上等な鹿の肉が欲しくてねぇ、声を掛けようにも、お足が早くてここまで来ただけです」

向けられた銃口は一徳の頭をさしている

しばしの沈黙は吹き曝しの雪が視界を白くする

「肉はない」

「そのようですね」

銃口が静かに降ろされ一徳に背を向け山へ歩き出す眞白

眞白源徳まはくげんとく

一徳が山へと姿を消す背中に声をかけた瞬間、ドンっと雑な銃声がこだまする

弾は一徳の頬をかすめ木にとまる野鳥を撃ち抜いた

「お上手で…本当の名を言われお怒りか」

瞬きせず冷淡な目で互いを見る。

眞白が一徳へ一歩、一歩と足を進め通り過ぎ、撃ち抜いた野鳥を片手に一徳を無視する

「僕を覚えてませんか?人斬りさん?」

「やめろ!何処で会ったかも覚えていないお前の目は人を斬るのが好きな目だ」

その言葉に腹を抱えて笑い出す一徳

「嫌だなぁ、人を斬った数なら貴方には負けますよ!」

「帰ってくれないか」

「嫌だと言ったら?」

「帰ってくれ」

「うーん、嫌だね」

「もう、人は殺したくない!」

眞白が声を荒げた

「嘘ですよ!人を殺せない代わりに貴方は動物を殺めている!生き物を殺めて金を得ている、時代が変わろうが命を奪う事でしか生きていけない人間なんだよ、あんたは!」

一徳は口から唾を吐きながら叫び、眞白に刀を投げる

「さぁ、手にとれ!」

投げ出された刀は眞白の足元に転がり眞白は刀を手にすると遠い記憶が蘇る。

降り始めた雪は徐々に重たく湿り、みぞれになり稲光が見え稲妻の音が霞む


「お前は…」



=元治元年=

梅雨初めの夜、尊皇攘夷派志士を新鮮組が襲撃した池田屋事件の日、十六歳の眞白はすでに名の知れた人斬りで飯を食っていた

その噂を耳にした土佐藩の武士が敵に回すより先に人斬りとして雇い、刀が血で染まらない日はないほど混乱の世で眞白は血の雨を浴びていた

ある夜、女の悲鳴が聞こえ駆け寄ると新鮮組の羽織を来た男が女を斬っていた、その姿は異様で息絶えた女の体を何度も刺し快楽を得ているようである

「斬る事に慣れ命を粗末に扱っているな」

眞白が快楽中の新鮮組の男に話をかける

「命を粗末に扱う?あははははは!お前、名はなんと言う?」

「源徳、其方は?」

「柳家一徳です」

二人はそっと刀を握る

「源徳、どうしてお前は人を斬る?」

「この時代に刀を持ち生まれたからだ」

「ふふ、お前、噂の人斬りだな?」

「噂は好かん」

「私もですよ」

互いの剣が混じり合い察する

〝強い〟と。

その瞬間交えた刀先に稲妻が落ち気を失う眞白と一徳

目を覚ますと、聞いた事のない騒音に思わず耳を塞ぐ

「何だこの音は?」

降り頻る雨の中横たわる二人は起き上がると周りの景色を何度も見渡し激しい頭痛に片膝をつく

「ここは何処だ…」

眞白の言葉に一徳が笑い出す

「地獄にしては活気に満ちていますね…」

刀を鞘にしまい、自然に近づく眞白と一徳

「何がどうなってる…」

と二人は声を揃えるのであった

「ウケる!侍じゃん!」

二人に声をかけたのは、肌が小麦色、髪を金色と桃色に染めた女である

「お前は異人ではないのか?」

眞白が真っ直ぐに女を見た

「偉人?偉人だってウケる、ウチ何も成し遂げてねぇー」

一徳は汚い言葉使いをする女に目を鋭く細める

「言葉が通うじるようですね、お前に聞きたい、今は西暦何年だ?」

「西暦2000年、ノストラダムスの予言は外れたよ?今は平成…何年だっけ?

てかさ、おじさん達びしょ濡れじゃん、これ使いなよ?じゃあねぇー」

女は持っていたタオルを鞄から出すと一枚ずつ眞白と一徳に渡すと雨の中に姿を消した

「2000年だと…?へい…せい…」

頭を抱える眞白の横で雨空を真っ直ぐ見つめる一徳

「これでは私たちは浦島太郎みたいだ…という事になりますねぇ」

僅かな沈黙の後、眞白が口を開く

「…しかし何なんだ、あの娘は髪の色といい、爪は伸び着物の裾は尻を微かに隠しているだけだ…」

「悲惨な事情でもあるのでしょう…」

二人はタオルで顔を拭き驚く

「なんて柔らかく厚みのある手拭いだ」

「良い香りまでしますねぇ」

小雨になった街を行先も分からず前に進む眞白と一徳

「お侍さん?僕の傘あげるよ」

二人に駆け寄る一人の少年

「いりませんよ?」

一徳の作り笑顔が少年の目を刺すが少年は自分がさしていた傘を一徳の手に無理やり持たせ走っていく

「おいっ、」

小走りで少年を追いかける一徳

少年は足を止め振り返り手を振る、信号の真ん中で足を止めた少年の前には車が迫っていた。

一徳は左脚に重心を置き力を込めて一気に走ると轢かれそうになった少年を抱き抱えた。

周囲の人はそっと胸を撫で下ろす

「ありがとう、お侍さん」

「せっかく頂いだ、傘が折れてしまいました」

「いいよ、お侍さん僕の家に来なよ」

行く宛のない一徳と眞白は少年の家についてゆく事にした。

数分歩くと銭湯の前で足を止める

「ここが僕の家だよ、風呂入って行きなよ、お母さーん、ただいまぁーさっき轢かれそになったけど、お侍さんが助けてくれたからお礼にお風呂いいー?」

少年の言葉に慌てて奥から走ってくる少年の母親

「翔平、あんたまた勝手に出歩いたんか?!本当にすいません、助けていただ…」

翔平の母親は眞白と一徳の姿を見て目を丸くする

「本当に侍…役者さん、本当にこの度は息子を助けて頂き有難う御座いました」

深々と頭を下げる母親の姿に少しホッとする眞白と一徳

「良かったら、お風呂入って行ってください、濡れた着物も乾かしましょう、浴衣もありますから」

「辱い」

二人が頭を下げる

「翔平もびしょ濡れじゃない、お風呂入ってきなさい」

湯船に浸かる眞白、一徳、翔平は湯けむりの中、腹から息を吐くように

「あぁ。」

と声を出す

「僕の名前は犬沼翔平、お侍さんは?」

「眞白源徳」

「柳家一徳」

「じゃぁ、源さんと一さんね」

翔平の笑顔に鼻息で答える二人

「僕、侍が大好き!天国のお爺ちゃんがよく言ってた、お爺ちゃんが僕くらい小さかった頃に二人の侍に命を助けられたって、僕のお爺ちゃんは指が無かったのに僕の頭をよく撫でてくれたんだ。僕、侍になる!」

「侍になどならず、ここで幸せに暮らせ」

眞白が翔平の顔に湯をかける

「それなら僕、刀鍛冶になりたい!」

「それは良いですねぇ、私たちの刀も打ってもらいましょうか」

「でも、今の日本に侍はいないからお客さんが来ないなぁ」

「侍がいないだと!」

湯から立ち上がると湯煙が割れた。

そこへ脱衣所の方から物音と共に罵声が聞こえる

「きゃぁぁぁ」

翔平の母親の悲鳴が聞こえ、只事ではない事を示していた。

「何事だ?」

脱衣所の刀が無くなっている事に気がつき目の色が変わる眞白と一徳は裸のまま出てゆくと、刀を持ったチンピラが翔平の両親を脅しているようだった

「お客さん、逃げてください」

翔平の父親が叫ぶとチンピラは2本の刀を抜き雑に振り回す

「やっと見つけたんじゃ、五平さんは何処だ?」

「父は先月亡くなりました」

翔平の父の言葉に逆上するチンピラ

「指の2本や3本切っても逃れられないんじゃ、うちの金、たんまり持って出て行きおって、随分長い、長い間探したわぁ」

「刀を返して下さい」

一徳の裸を見て笑い出すチンピラ

「これ、アンタのか?作り物にしては重いなぁ、よーく出来てる」

そう言うと思い切り投げた刀は一徳の頬をスレスレで壁に刺さる

首の骨を鳴らしながら刀を抜く一徳

「事情は知りませんが、殺してもよろしいですか?」

翔平の父に問いかける

「店の外でしてくれ…」

「分かりました。良い湯でしたよ。」

雫が残る体で刀を持ち唇を舐める一徳

「おいザコ、外だ、外に出ろ」

「裸の侍か!これは、これは」

スッ

風が吹いたような空間にチンピラの指が一本、宙を舞う

「あぁああ!痛てぇ!」

年季の入った木の床に血が滲む

「外に出ろ、聞こえたか?」

怒りの目で自分の指を押さえながら外へと出るチンピラ

裸のまま外へ出る一徳は完全にキレている

眞白も自分の刀を手に取り外へ出る

外へ出ると複数のチンピラが一徳を囲む

「ザコは本当に群れますねぇ…」

裸で刀を構える二人に飛び掛かるチンピラたち、外は風のような刀の音が静かに鳴り、次々に倒れてゆく男達

「最後に言う、今後一切この家の者に近づくな?いいな?」

外の雨は激しくなり、雷が鳴り始め強い稲光が周囲の人々の目を塞ぐと、眞白と一徳の姿は跡形もなく消えていた

銭湯の中に干された着物だけを残して。



= 昭和二十年 満州 =


裸のまま目を覚ました眞白と一徳は死体の山の上で目を覚ます

「何です、これは?」

「ここは地獄かもしれんな…」

夕焼けの空は赤く、地面まで真っ赤に染めていた。

死臭に鼻を塞ぎながら死体の様子を見てまわる

「日本人のようだ…」

軍服の文字を読み奥歯を噛む眞白は手を合わせ死体から服を脱がせそれを着た

「せっかく湯に入ったばかりなのに仕方がありませんねぇ」

一徳も眞白と同様にして服を着る

二人は会話もなく、静かにあてもなく歩き続け人の声がする方へと足を向かわせた

「引き上げ船に乗るぞ、日本へ帰るんだ」

その言葉を聞き二人はここが日本ではない異国だと知る

「ここは何処だ?」

眞白が同じ軍服の男に声をかける

「お前知らん顔だな何処の部隊の者だ?」

無言の眞白を上から下まで見た軍人が眞白の刀に気が付き声を荒げる

「それは何だ!」

「…今は西暦何年だ?」

「お前、私の質問に答えろ!お前の腰に付けている軍刀は何だ!」

軍人は声を張り上げた

「今は1946年だよ」

茂みにいた少年が言う

「収容区から勝手に出て来たな!」

汚れた服に枝のような体の少年の目は黒々と大人達を見る

「徳川はどうなりました?」

一徳は珍しく笑みを浮かべずに問う

「徳川?お前は頭がおかしくなったのか!倒幕し大政奉還され、我々、大日本帝国…」

一徳が刀を抜き軍人の口元に刀を向ける

「今の状況が知りたい、日本は異国と戦をし、勝利してこの地を去るのだな?ここは何処です?」

「日本は負け…」

話の途中で軍人は一徳に半分に切られ、黒い目の少年の頬に生温かい赤い血がついた

声を出せずに怯える少年に冷たい目のまま微笑む一徳

「ここは何処だ?」

眞白が少年の目線まで腰を下ろした

「…ここは、満州だよ。明日引き上げ船が出るから俺と一緒に日本へ帰ってよ」

その言葉に無言の眞白と一徳

「俺の父ちゃんは死んだ、母ちゃんも死んだ、妹も死んだ、みんな死んだ…明日の引き上げ船は朝と昼に出る、朝は軍人とその家族が先に、昼は女、子供、年寄りだ、俺は…少しでも早く帰って生き別れた姉さんを探したいんだ」

少年の黒い目は濡れ、闇夜の湖に浮かぶ月のようである

一徳が少年に近づき、頬に付いた血を手で拭う

「私が怖くはないのですか?」

「怖くない、たくさん人が死んだ、今、俺を殺してもいいよ、その代わり俺の姉さんを探して欲しい」

「名は何と言う?」

「犬沼すみ、姉さんは美人だ」

「お前の名は?」

「犬沼五平」

一徳は服のポケットに入っていた紙を出すと細い枝に血を付けて字を書き五平に幾つか質問し書き留めた紙を渡す

「眞白?気づいていますか?」

「信じられん…」

「どうやら、私たちは様々な時代に移動しているようですねぇ…」

「思い出せない事もある…」

「私もですよ、なのでこれからは出会った人にふみを託すのです。次に行く時代に私たちを知っている人に会えるとは思いませんが、時を超える侍などと出会えば嫌でも誰かに話す事でしょう」

「そのような話…そんな事をして何になる?」

「自分たちを忘れない為ですよ」

「完全に忘れる事などあるのか…」

「現に私は何者なのかもう分からない」

「お前は…」

「自分が侍という事と何の大義があって人を斬っているのかも分かりません」

「日本へ帰ろう」

五平の言葉が二人の胸に染み渡る

翌朝、眞白と一徳、五平は一徳の子供という事にして引き上げ船に乗り込む、鮨詰めの船内に刀は上着に覆い隠した

出向してしばらくすると海が荒れ始め船内で嘔吐する者の吐瀉物の匂いが充満する。

やがて雨がポツリポツリと降り吐瀉物の匂いが微かに消え稲光が見えると懐の刀が熱をおび鞘を抜きたくて堪らない気持ちにさせた

「いつも雨が降っていたな…」

眞白はハッとして一徳に問いかける

「お前の刀は何と言う?」

嵐は一層に強まり声が消されてしまう

その時、船が大きく傾き懐の刀が転がり五平は小さな体で刀に覆い被る

眞白が血走った目を一徳に向ける

「お前の刀は…雷刀か?」

「…何故、わかったのですか?」

揺れる船内に足を取られながら五平のもとに目をやると稲妻はまるで刀に当たりたいかのように五平に向かっている。

眞白と一徳は必死に五平に覆い被ると稲妻は真っ直ぐに三人に直撃した。

海は徐々に静まり、眞白と一徳の姿は完全に消え2本の刀を抱く五平は無傷で震えていた

周囲の人は目の前で父親を亡くした痛ましい子だと両手の刀は雷を直に受けたせいか真っ黒になり周囲の人は皆、軍刀だと思い「形見があって良かった」と。

帰国を目前に無念の死を遂げた。と刀を抱く五平に敬礼するのであった。

軍艦船とはいえ、雷が落ちたというのに、船は焦げた跡だけを残した以外は無傷だった事から奇跡の軍艦と後に語り継がれる。


眞白が辺りを見渡すと一徳は両手を広げて目を丸くしている

そんな二人を見て渋い顔で犬を追い払う仕草で中年の男が酒焼け声で近づいてくる

「撮影後に酔い潰れたのかい?困るんだよ!数件先が火事だってよ、何でも雷が落ちたらしい、うちまで飛び火しないか気が気じゃないわい、早くあっち行きな!」

「刀は?」

辺りを見渡す眞白を横目に一徳が呆れた顔で微笑む

「ないですねぇ」

「ここは何だ」

「昭和と言う年号みたいですよ、先ほど通りかかった人に尋ねました」

「昭和…」

置かれた状況を飲み込めず自分の頬を叩く眞白は手の震えを見つめ握り潰す

「私たちだけ軍服ですねぇ、女は腕や足を出して異国の履物を身に付けている、あれでは犯してくれと誘ってるようだ」

一徳は手を唇に当て生唾を飲んだ

頭が真っ白になった眞白が酷い頭痛を感じながら歩きだす

「おや、何処へ行くんです?火事を見物しないのですか?」

「何がどうなっている…」

眞白は川辺で顔を洗ったが腐ったような悪臭を放つ水にむせ返る

「ここは何処なんだ…」

「どうやら時間をかなり超えてしまったようですねぇ」

「そのような事があるはずがない!」

声を荒げ一徳の胸元を掴み怒りの目を向ける

「何故お前はそんなに落ち着いていられるのだ?」

「あはははは!眞白、お前は死んだんだ、あの時、小雨が降る元治の夜に雷に打たれて私と君は死んだのだよ!」

「じゃぁ、ここは地獄なのか?!」

「天国か地獄かは分かりませんが、私たちが極楽へ行けるとは思えませんぇ」

そこへ、ほろ酔いのチンピラが眞白と一徳に声をかける

「何やお前ら、汚い格好やのぅ」

眞白と一徳が一瞬で冷淡な目を向ける

その顔を見たチンピラは腰を抜かし上擦った声で

「げげ源さんと一徳さん…」

「何故、私達の名を知っているのです?」

「何故も何も…」

チンピラは完全に腰が抜けている

「言わないと殺しますよ?」

一徳が笑顔で脅す

「ちょ、ちょっと待ってくれ!あんた達は本当に源さんと一徳さんなんだな?」

「いかにも…お前は誰だ!」

一徳の唾が飛ぶ

「お、俺だよ、あの時満州からの帰船に一緒乗った五平だ!犬沼五平だ!一体どうなってる…満州から日本に帰る船で嵐にあい落雷で死んだはずだ!あの時俺は九つだった、あれから四十年は経つ、源さんも一徳さんも全く歳をとってないみたいだ!あ、、、あんた達、幽霊か、亡霊か!」

「おい、五平と言ったな?私は満州になど行った事はない、そこにいる無愛想な男も満州になどおそらく行ってない、何の話をしている?」

一徳が五平の髪を鷲掴みにする、五平は思い出したかのように胸元から古びた紙を一枚出し一徳に差し出す

「何だこれは?」

一徳が舌打ちをする

「読んで下さい」

五平の青冷めた目を見て鼻で笑いながら一徳は差し出された紙を広げる

「これは…私の字だ…」

書かれた字は傷みが酷く読めない部分もあったが内容を読むにつれて鷲掴みにされていた手が緩む

「ここに書かれた事が真実ならば、日本は外国と戦争をしているのだな?」

眞白は一徳が読んだ紙を手に取る

「日本はどうなった?」

眞白の声が焦る

五平は言い難い顔で

「日本は負けました!」

そう言うと唇を噛んだ

「嘘をつくな!徳川はどうなった!」

一徳さんは初めて会った時も同じ事を言って軍人を斬り殺しました、本当に覚えていないんか?」

五平は二人の表情から亡霊ではなく生身の生きた人だと確信する

「うちの事務所に…来てください」

五平は自分が所有するビルへと二人を案内した

眞白と一徳は見た事もない大きな建物を見上げ通り過ぎる車を目で何度も追いかける

五平がエレベーターのボタンを押すと自動で開かれる扉を警戒する眞白と一徳

「乗って下さい」

五平に促されるがエレベーターを睨みつける眞白と一徳

「からくり屋敷か…」

五平は片手で頭を掻きむしりながら提案する

「階段で行きましょう」

「階段があるなら早く言え!」

眞白の声がビルにこだまする

「この階段は石でできているようだ、実に見事な職人技だ」

真剣な眞白の言葉に何度も頷く一徳

「ここです」

7階まで上がり息が上がる五平に対して眞白、一徳は涼しい顔をしている

五平が扉を開けると柄の悪い下っぱが眞白と一徳を睨みつける

「お帰りです!兄貴!」

太い声で出迎えられ五平はバツが悪そうに部下達に金を渡し

「殺されるぞ!ラーメンでも食ってこい」と人払いをした

「五平が止めてなければ殺す処でしたよ」

一徳の笑顔が空気を凍られる

「かけて下さい」

五平は革張りのソファに目をやる

「これは何の生き物の皮だ?触れた事のない感触だ」

眞白がそっと腰を下ろすとあまりの柔らかさに直ぐに立ち上がる

「かけて下さい」

五平は深々と頭を下げて二人に敬意を示す

「何があったんです?」

五平の問いに顔を合わせる眞白と一徳

「こちらが聞きたい」

一徳が言うと〝ぐうぅぅ…〟と腹がなった

五平は立ち上がり受話器を取り出前を取る

「醤油三つ」

受話器を片手に誰かと話す異様な姿に変な顔で五平を見る二人

「まさか…五平お前は忍びの者か!」

眞白が立ち上がる

五平は冷蔵庫から缶コーラを取り出し二人の前に置く

「どうぞ」

赤い鉄の筒を持ち不思議そうな顔をする

五平が指で蓋を取ると〝プシュ〟という音が聞こえ

「爆弾か!」

と叫ぶ眞白

五平は眉間にシワを寄せながら缶ジュースを飲む

その姿を見て見よう見真似で蓋を開け香りを嗅ぐ二人

「甘い香りだ、薬のようにも思える」

しばらく沈黙が続く中、眞白がコーラに口をつけ、続けて一徳もコーラに口をつけた。

一口飲むとジュースを吹き出す二人に五平は慌てティッシュを取りテーブルを拭く

「上質な紙を贅沢に使いやがって」

眞白の言葉に限界を迎えた五平がテーブルを叩くと同時にラーメン屋が出前を持って立っている、泣き顔の店主に金を渡しさっさと帰す五平

「食って下さい」

腹の音が聞こえるが手をつけない二人を見かねて五平が割り箸を口で破り一気に麺をすすった

「毒なんて入ってませんよ!」

眞白と一徳は割り箸を手に取り、口で割ると勢いよく麺をすする、あまりの美味さに汚く麺をすする音だけが室内を埋める

「ごちそうさま」

そういうと眞白と一徳は懐から金を出す

「これで足りるか」

テーブルに置かれたお金は十銭ずつ

五平は見た事もない金に顔を近づけ両手で顔を覆う

「私が払ったので大丈夫です」

「辱い…」

眞白と一徳が頭を下げる

「で、何処を旅して来たのですか?」

五平が真意を問う

「わからない」

と目を伏せる二人に五平は自分が子どもの頃に船の上で眞白と五平に会い、落雷に怯える体に覆い被さり自分を守ってくれた事を明かした。

「本当に覚えていないのですね…もう一つ預かり物があります」

五平は立ち上がり自身の背丈ほどのある金庫を開け錆びた刀を出し敬礼した。

真っ直ぐな五平の目は死を沢山目の当たりにした男の目であった。

「これは…」

二人が何故自分たちの刀を五平が持っているか聞くと

「助けられたこの命、信念を持って精一杯に生きてきました、刀を手元に置いておく方法が分からず歩き周り身寄りのない自分は、がむしゃらに生きた、気がついた時にはこの仕事しかありませんでした」

五平の魂が瞳に宿り強魂に心が震える

「刀の事は覚えているんですね」

五平が涙目で微笑む

眞白と一徳は五平から刀を受け取ると息を吸うより早く記憶が蘇っていく、あまりの情報量に脳が悲鳴を上げたかのように差し込む痛みが走る

「五平よく今まで誰の手にも渡らずにこの刀を守ってくれた、本当にありがとう」

眞白の言葉に子どものように泣き崩れる五平

「この刀の正体は魂の分霊刀、その名も

〝雷刀〟この刀で人を七百五十人斬ると稲妻と共に龍が不死を迎えにくるという伝説の刀である。だが、分からない…」

困惑しながらも鋭い目の眞白

「確かに私たちは満州に行った事があるようだが、記憶が曖昧だ…」

「そのようですねぇ、時空を超える度に歪みが生じているのでしょうか…」

刀を握りながら目を細める一徳

「日本は良い国か?」

一徳は何処となく悲しげに五平に問う

「戦争に負けて得た平和は祈りしかない」

「日本国民が一斉に祈ったのだな?」

「玉音放送がラジオから流れ、人々は皆跪いた、死んで逝った沢山の命を弔い、天に祈りました」

五平の顔は薄暗く目は潤んでいた

「日本国民が一斉に祈ったのだ、この祈りの結界は強固であろう、いつまで続くかは知らんが」

眞白が刀を抜き一徳に向けた

一徳もまた、眞白に刀を向けた


「では聞こう、雷刀をどこで授かった?」



=嘉永二年 刀鍛冶の烈山れつざん


桜の花は咲き乱れ、柔らかな風に小鳥が鳴き、美しい川の流れと静かな時間の中、刀を打つ高い音は耳に残る。

小槌を打つ烈山の腕は、がっしりと筋肉がつき火床から赤い玉鋼に烈山の魂を吹き込んでゆく、硬さの中にしなやかさを入れ烈山が打つ刀は知る人ぞと知る名刀であった。

烈山は早くに婚姻し妻と子がいたが、烈山が打った刀で妻子は斬殺され一人生き残った烈山は口を閉ざしたまま刀鍛冶を続けた。

周囲の人々は氷のように心を閉ざした烈山の打つ刀を氷刀ひょうとうと呼んだ。

氷刀を手にした者は心が病むほど人を斬る。と噂がたち、豪腕な武士や侍たちは烈山のもとを訪れた。

烈山と共に暮らしながら刀鍛冶の手伝いをする少年がいた、その少年が眞白である。

眞白は烈山を父のように慕い、剣の稽古も付けてくれる烈山を尊敬していた。

烈山の妻子が亡くなってから数日後、山に捨てられていた赤子の眞白を引き取り育てた烈山、赤子の着物には源徳と名が縫われていた。

眞白が十四になった初夏に烈山は病にかかり床に伏せる日が続いた。

そんなある夜に烈山は妻子が殺された理由を話したのである。

烈山はいつものように刀を打っていた、その日は激しい雨と雷の音に包まれていた。

母屋からは赤ん坊の泣き声と妻が赤子をあやす子守歌が微かに聞こえた時、ピタリと泣き声がやみ、物が倒れたような大きな音がし、烈山が母屋へ行くと妻子は血みどろになって倒れていた。

二人に駆け寄ったが息はもうすでになく、その横では刀を胸に刺し苦しそうにうめく女の姿があった

「この刀さえなければ、うちの人は死ななかった」

女はそう言うと一粒涙を流し息を引き取ったのだ。

女の背中には赤子が背負われていた。

その赤子が眞白である。

烈山は己を呪った

人の命を奪う道具を創り大切なの者を奪われ初めて気がついた、私は命を奪っていると、だがしかしこれも運命、そこに各々の大義があると。自分は刀鍛冶の烈山。この命、尽きるまで刀に命を吹き込むと誓ったのだと。そう話す烈山は眞白に刀を渡す

烈山最後の刀、〝雷刀〟である

烈山が最後に眞白にかけた言葉は

「生きろ」であった。

眞白は烈山の供養を終えると刀鍛冶を辞め旅にでた。気がつけば人斬りになっていた。

雷刀で沢山の命を奪ったのである


= 安政五年 =


烈山の氷刀の噂を聞きつけ遠く住む武士が烈山の家に訪れる事もしばしばあった。

烈山は数ヶ月かけて仕上がった刀を持ってある武士の家に届けに行った時の事である。

大きな門をくぐると、美しい松の木に池には鯉が飼われ使用人もいるほどの大きなお屋敷である。この家の主人、武士の柳家善八郎は元服する息子に烈山に刀を打たせたのである。

烈山は刀を渡すと足早に家路へと向かう、家に一人眞白を置いてきたからである。

家までは三日ほど歩く距離であった。

柳家邸を出て蕎麦屋で烈山が腹ごしらえを終え店を出る頃には夕陽が今日の終わりを告げていた。

宿まで一時間ほどと歩くが、烈山は柳家邸を出てから誰かにつけられいる事に気が付き中路に入り追ってを撒こうし様子を見る事にしが、烈山をつけていたのは一人の少年であった。

烈山はそっと少年の肩を叩いた

「私に何ようか?」

不意をつかれた少年は驚いた顔をした後で瞳を真っ直ぐ烈山に抜けた

「私は柳家一徳です、私に刀を頂けませんか?」

そう頭を下げる一徳の姿は、あのお屋敷に住んでいるとは思えないほど痩せ細り、粗末な着物に腕には痣が見られた

「何故、刀が欲しい?」

「強くなりたいのです」

「何故だ?」

「弱き者を助けこの世を正したいのです」

「お前の大義なのだな?」

烈山は蕎麦屋に戻り一徳に蕎麦を食べせた

余程お腹を空かせていたのか、一徳は夢中で蕎麦をすする

話を聞くと、一徳の母は柳家善八郎の姉で大名の妾の子であるが、ある日、母親は生まれたばかりの弟を連れて姿を消し行知れずになり、一徳は母の実家である柳家の家に引き取られる事になったという。

一徳は「穀潰しが来た」と、善八郎の妻から嫌われているようだった

そんな一徳が鮮明に覚えているのが母が消える前の夜に「烈山の刀」と呟く母を思い出し、いつか刀鍛冶の烈山に会いたいと思っていたとの事。

その話を聞いた烈山は奥歯を噛み締めた

「お前の弟の名は?」

「眞白源徳です」

その言葉に、あの日妻子を殺された雨の日を思い出す烈山は震える手を押さえて一徳に言う

「お前に刀を打ってやる」

烈山の言葉に一徳は目を輝かせたのであった。

一年後一徳は烈山の元を訪ね雷刀を手にすると、眞白に軽く挨拶をし姿を消した。


= 昭和六十年 犬沼ビル7階 =


向けられた刀を下ろす二人は互いが兄弟である事を悟る

「私の本当の名は眞白一徳です」

「お前が、兄だ…と…」

「眞白は珍しい名ではないですが、まさかとは思いましたが、そうですか…何故、烈山は私が雷刀を取りに行った日に教えてくれなかったのでしょうか…」

「あえて言わなったのであろう、いずれにせよ、この雷刀が二人を引き寄せる事を最初からわかっていたのであろう」

一徳は眞白を抱き寄せた

「生きていたのだな」

その言葉を言われる側と言う側の重みを天秤にかけた時、言う側の方がきっと重いのであろう。

五平が二人の顔を交互に見る

「全然似ていませんね」

そう笑うと、眞白と一徳と五平の三人は笑った

「世話になった、五平。五平は生き別れた姉に会えたのか?」

五平は涙を拭い頷いた

「姉は今、焼き鳥屋をしながら静かに暮らしています」

「それは良かったですね」

「二人はこれから…」

「外がちょうど雨なので雷を呼び飛びます」

「本当のお別れですね」

五平は二人に敬礼をした。

ビルの外へ出ると雨は一層強く降り、二人を濡らす

「ここでは人目に着きますから、裏で」

五平は眞白と一徳をビルの裏に連れていき少し離れて刀を構える二人を見た

刀が少しぶつかり、刀特有の高い音と共に落雷が落ちると、二人の姿は消えていた。

五平はその場でしばらく敬礼をやめなかった。


その後も様々な時代を飛び、眞白と一徳にはわかった事があった。

刀を握った状態で落雷を受けないと記憶が抜けてしまう事、そんな時は片方の記憶を頼りになんとか雷刀を握させ記憶を蘇らせるといった感じである。

満州からの帰船では五平が雷刀を持っていた為、二人とも記憶がすっぽり抜けていたのである。

もう一つは自分が生まれる前の時代には行けない事である、未来が変わってしまうからなのではないかと二人は考えた、移り行く時代を旅しながら、二人は戦争時代に飛んでしまうのが一番嫌であった、平成の若者と話すと大義のない生き方に疑問が芽生え、いつしか二人は最初の場所に戻る事をやめる事にした。

最初の場所は元治の雨の夜、二人は初めて時空を超えたが、何度落雷を受けても同じ場所には行けないのだ。

烈山が残した雷刀は二人に残酷な試練でも与えているかのように思えた。

「源徳は、どの時代がいいです?」

「私はどの時代だろうか…」

「何がしたいですか?」

「私は山で静かに暮らしたい」

「私はこの令和とかいう時代を最後にしたいと思っています」

「一徳がそう言うのならそうしよう」

二人は刀を人気のない神社の床下に隠し令和で生活を始めた。

一徳は焼き鳥屋を営む、スミと暮らし始めた、源徳は妻は持たず山で猟師になった。

雨の日には決まって心臓が苦しくなる以外は普通に生活をしていた。

そんな生活が十年以上続いた頃、源徳と一徳は自分たちが全く歳を取らない事に気がつき始める。

「自分たちは死ねるのか…」

そんな気持ちに駆られたある日、源徳が一徳の元を訪ねた

「久しぶりだな」

一徳は源徳も全く歳をとっていない事を確信した。

「一徳、俺を殺してくれないか」

源徳は何度か切腹を試み、猟銃を頭に当てた事があったが、目が冷めると、傷ひとつない状態で目覚めるというのだ。

「やはり、死ねないのですね」

「間違った世界に留まり過ぎたのだ」

「次の満月は雨予報です、雷刀を出しましょう」

「雷刀で違う世界へ行ったとしても死ねない」

「じゃぁ、弟を殺せと?わがままな弟ですね…」

「わかるだろう、俺はお前に斬られたいのだ」

「…そうか…わかりましたよ」

「ありがとう…」

 一徳は長年連れ添ったスミを案じた、二人の間に子供はなく、時代を越えればスミを一人にさせてします事が気がかりだった。

そんな一徳の様子を毎日一緒にいるスミが気が付かない訳もなく、満月の夜に

「ちょっと出てきます」と言って家を出た一徳をスミは気づかれないように追いかけたのだ。

古びた神社の前で、雷刀を持ち一徳を待つ源徳は静かに佇んでいた。

小雨が降り始め、土が濡れる匂いが辺りを包んだ。

源徳が一徳に刀を渡し間合いを取る。

久しぶりに雷刀を手にし腹のそこから力がみなぎる一徳は大粒の涙を流す

「何故でしょう、沢山人を斬りましたが、私の大義が今、揺らいでいます」

「烈山はきっと奪った命の尊さを思い知らせたかったのだ…そして生きた時間が奪った命の重みを痛感させる、そして死ねぬ苦しみも与えた。私たちは烈山の雷刀で斬られるべきなのだ」

「長く生きましたからねぇ、本当に」

「もっと違った形で普通の兄弟として生まれたかった」

「…そうですねぇ、…では互いに心臓をひと突きで良いか?」

「あぁ。それで死ねるのかもわからないが…」

「雷刀と共に死すですね」

雨が強まり、二人が一気に刀を刺すその時スミが間に入り、一徳と源徳に刺さるはずの刀は真っ直ぐにスミの胸へと二本の刀が突き刺さっていた。

手を離す源徳、一徳に抱かれ血を吐くスミに稲妻が落ちる

一徳が気がつくと血だらけの手にはスミではなく雷刀が二本あるだけだった。

「どこへ行った!源徳!」

雪深い山の中、泣き叫ぶ一徳はスミの死を受け入れたものの、源徳が死んだのか分からず怒りに変わっていた。

一徳はスミを愛していたのである。

一徳は二本の雷刀を手にして確信する、源徳は死んでない。

そして一徳は悟る。

奪った命の数だけ苦しむまで、自分は死ねないのだと、この地獄のような不死に記憶を無くして生きる事の甘さは許されないと。

一徳は必死に源徳を探す事にした。

時代は明治、一徳は炭売りとして生計を立ながら眞白源徳を探した。

いつもの料亭の前で足を止め女将が屈強な男と話をしている

「あら、眞白さんじゃないか」

その台詞に心が震えた一徳は次会う時を待ち記憶を無くした眞白の前に現れる事にした。

数日が経ち、その時は訪れた

料亭の女将に炭を売る一徳の前に眞白が現れ狩ったばかりの鹿肉を並べた。

「綺麗な紅葉じゃないか、全部貰うよ。今日はお偉いさんが来るんでね」

俯き加減の眞白を横目に一徳は鹿肉を見て微笑む

女将から金を受け取ると足早に立ち去る眞白

「見事な捌きようだ」

「無愛想な男だよ、あの目を見たかい?あの目は人斬りの目さ」

「人斬りとは…ハハハッ」

一徳は実に嬉しそうに笑う

「廃刀令が出せれて何年が経っていると思っているんですか?今は明治、あの男が人斬りだとすると相当若くして豪剣の才があったかと…」

一徳の口元は口角が上がったまま声に怒りが滲む

「知らないよ、ただのあたしの勘だよ、眞白はただの山の猟師さ、あんたは炭と一緒に油も売るのかい?」

「あははは、これは一本取られました、明日もよろしゅう」

一徳は女将に頭を下げると足早に眞白を追う

山の麓まで来た所で一徳は足を止める

「悟られましたかね」

静かに振り向くと猟銃を構える眞白が冷たい目で一徳を見た

「何故跡をつけた?」

「私も上等な鹿の肉が欲しくてねぇ、声を掛けようにも、お足が早くてここまで来ただけです」

向けられた銃口は一徳の頭をさしている

しばしの沈黙は吹き曝しの雪が視界を白くする

「肉はない」

「そのようですね」

銃口が静かに降ろされ一徳に背を向け山へ歩き出す眞白

眞白源徳まはくげんとく

一徳が山へと姿を消す背中に声をかけた瞬間、ドンっと雑な銃声がこだまする

弾は一徳の頬をかすめ木にとまる野鳥を撃ち抜いた

「お上手で…本当の名を言われお怒りか」

瞬きせず冷淡な目で互いを見る、眞白が一徳に一歩、一歩と足を進め通り過ぎ撃ち抜いた野鳥を片手に一徳を無視する

「僕を覚えてませんか?人斬りさん?」

「やめろ!何処で会ったかも覚えていないお前の目は人を斬るのが好きな目だ」

その言葉に腹を抱えて笑い出す一徳

「嫌だなぁ、人を斬った数なら貴方には負けますよ!」

「帰ってくれないか」「帰ってくれ」

「うーん、嫌だね」

「もう、人は殺したくない!」

眞白が声を荒げた

「嘘ですよ!人を殺せない代わりに貴方は動物を殺めている!生き物を殺めて金を得ている、時代が変わろうが命を奪う事でしか生きていけない人間なんだよ、お前は!」

一徳は口から唾を吐きながら叫び、眞白に刀を投げる

「さぁ、手にとれ!」

投げ出された刀は眞白の足元に転がり眞白は刀を手にすると遠い記憶が蘇る。

降り始めた雪は徐々に重たく湿り、みぞれになり稲光と共に稲妻の音が霞む


「お前は…」


                           =完=

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