【書籍化記念SS】カイエルは守りたい
本作の書籍化版
【穢れ令嬢メイベル・シュートは溺愛される~愛を知らない令嬢が暴虐皇帝と幸せになるまで~ 1】
が、11/14からサーガフォレスト様より絶賛発売中です。
それを記念しましてSSを投稿させていただきます。
設定等は書籍版に準じております。
こちらを読んでWEB版との違いが気になるなどありましたら、ぜひ書籍をお手に取って、応援していただけると幸いです。
「また、いない」
朝、メイベルが起きるとカイエルがベッドにいないことが増えた。
理由を聞けば仕事だという。しかしどうも納得がいかない。
普段はメイベルの方が早く起きる。自分だけが先に起きて、まだ寝ているカイエルの顔をゆっくりと眺める時間が好きだった。それができないのはつまらない。
しかも寝ているメイベルを起こさずにベッドを出ていけるのも気になる。魔境育ちのメイベルは気配に敏感で、なにかあればすぐに起きられるはずなのに。それをかいくぐって抜け出すとはおかしい。
メイベルはそんな不安を枕元で丸くなっているポンに相談した。
しかし常識的狸にも理由はわからない。
「ぽん(なんだろうね? ツガイに限って女って線はないだろうし)」
ポンの一言にメイベルの気持ちはささくれた。
「女? やだ」
脳裏に力を暴走させた時の悪い記憶がよぎる。
「ぽん(いや違うって。ツガイはそんな男じゃないって話だよう)」
「わかってる、でも、心配」
「ぽん(そんなに気になるなら、じゃあ今度いなくなる時にこっそり見に行ったらいいよ)」
「うん、そうする」
この日はそういう話になった。
◇◇◇
ある日の明け方。
こっそりとカイエルがベッドを抜け出したことにポンが気づいた。
これだけわかりやすく抜け出したんだ。当然、メイベルも気づいて寝たふりをしているんだろうと考え、カイエルが部屋を出ていってから、ポンはメイベルに声をかけた。
「ぽん(行ったよ)」
返事がない。スウスウとした寝息、完全に寝ている。
「ぽん(ご主人、まさかの熟睡!? ちょっと! ご主人、起きてよう)」
ポンが鼻先で顔をつつくと、くすぐったそうにメイベルが目を覚ました。
「朝?」
「ぽーん!(いやいや、ツガイがこっそり出ていったよう。後をつけるんでしょ? 完全に平和ボケじゃないか。魔境に住んでた頃の尖ったご主人はどこいったんだよう。そりゃツガイが出ていっても気づかないよ! なにが私に気づかせないで出ていけるワケがない、キリッ! だよう)」
「不覚」
常識的狸の長文な憤りにメイベルは一言で返す。
強い言葉とは逆にメイベルの平和ボケを喜ぶように、ポンはふーんと鼻を鳴らした。
「ぽん(ほら急いで行こう。それとバレないようにしないとダメだよう、ご主人)」
「わかってる。魔境と一緒。気配断つ。行こう」
メイベルの号令で、一人と一匹は寝室を飛び出した。
ポンの鼻をフル活用してたどり着いたのはメイベルの知らない広場だった。
端の方には武器防具が整然と並んでいるから、おそらく騎士の訓練場の類なのかもしれない。
「ぽん(いた!)」
「ん」
そんな広場の中心にカイエルは立っていた。ただ立っているだけではなく。
ひとり、黙々と剣を振っている。
その剣線は美しい。
思わずメイベルが見惚れるほどだった。シュート公爵家は基本的には素手で戦う。だからメイベルは剣に馴染みがなく、人が剣を振る姿を見ることも少なかった。
こんなに美しかったのかと、メイベルは思わず見惚れてしまった。幸い、気配を完全に消しているメイベルに、カイエルが気づくことはなく、変わらず剣を振っている。
せっかくなのでその姿を少し離れた場所から見ることにした。
天には月。
その光がカイエルだけを照らすように降り注ぐ。そんな中で、剣を振り上げ、振り下ろす。それだけの動作を延々と繰り返すカイエル。
汗が舞う。
湯気が踊る。
気合いの入った息が耳を打つ。
美しい姿、ずっと見ていられる。
気付けば思っていたよりも、夢中で見つめていたらしくいつの間にか陽は上り、朝焼けの中でカイエルは剣を降ろして立っていた。どうやら素振りは終わったらしい。
「ぽん(ご主人、これ)」
見れば、ポンが前脚でタオルを差し出していた。持っていけということだろう。
「ん、常識的狸」
「ぽん(ご主人になさすぎるだけさ。早く行ってあげなよう)」
「ありがと」
メイベルが気配を戻し、タオルを持ってカイエルの元へと駆けよると、カイエルはとても驚いた。それから自分の隠れた努力がバレたことを恥ずかしそうにしていた。
それを可愛いいと感じながらも、剣を振っていた理由を聞けば。
メイベルの横に並び立ちたいからだと答えた。
人間からメイベルを守ると誓ったカイエルだが、それだけでは満足していなかった。物理的にもメイベルと一緒に並び立てるようにと考えて剣を振っていたという。
それを聞いたメイベルは胸が熱くなった。どうしたらいいのかわからなくなって、思わずカイエルの胸の中に飛び込んで、カイエルの体に腕を回して抱きしめた。
「ちょ、ベル! 俺、汗だくだから汚いよ!」
「いい。逃がさない」
逃げようとするカイエルをギュッと掴んで決して離さない。
その力強さにカイエルも諦めて優しくメイベルを抱きしめた。
お互いを思う気持ちごと抱きしめ合う。
朝焼けの中で一つのシルエットになった二人を遠くからポンが満足げに見つめていた。
お読みいただきありがとうございました。




