逆ハーレム要員と思われていた側近たちの申し開き
とある大国で王太子と公爵令嬢の婚約が解消された。
優秀で仲睦まじいと思われていた二人の成婚間際の婚約解消に、国の貴族達は驚いたが、公爵令嬢が北の新生共和国に留学するためと聞き、時代の変化に対応を迫られたことをひしひし感じたのだった。
かつては、ほとんどの国が王制だった。
北の帝国では革命が起こった。新たな法律により帝王一家が民衆の前で処刑され、帝国は新生共和国となり、民主主義が始まった。
西の連合都市国家は、もともと盟主が世襲ではなかったが、候補者と選挙人、選挙結果が透明化され、完全民主化の日も近いと言われている。
東の皇国では、名ばかりだった皇王はそのままに、実質の最高権力者だった将軍がその地位を返上し、新生共和国を習って、民主化への舵取りを始めた。
南の群島国家は未だに王制を保っているが、国の規模が小さく、王も貴族も牧歌的で、大国の参考にはならなかった。
時代の変化はやむなしとしても、できるだけ穏やかになるように、次代を担う王族か上位貴族に民主主義を学んでもらう必要があると思われていたのだった。
しかし、当代の王家には王太子一人しか子がおらず、公侯爵家にも適した令息がおらず、貴族令嬢は王族か王族の妃でもなければ政治に関わらないとされていたため、人材がいなかった。
貴族たちはそれゆえにやむなしとして、民主化への模索は先のばしにしていた。
そこに婚約解消してまでの公爵令嬢の留学話であった。
妃教育が修了しており、王太子より一つ年上なため今年学園を卒業する優秀な公爵令嬢は、皮肉にも王太子との婚約さえなければうってつけの人物だった。
納得はできるものの、婚約の解消までは必要がないのでは?と首をかしげる貴族たちが、王侯貴族の子女が通う学園での最近の様子にあまり詳しくない一方で、今の学園の事情に明るい貴族たちは、訳知り顔を隠してその場を立ち去って行った。
最近の学園での様子を知っているものならば、王太子と公爵令嬢の仲はもはやかつてのように仲睦まじくはなく、王太子の側近たちが公爵令嬢の妹令嬢に侍っているのは、もはや常識だった。
学園の様子を知る多数派の貴族たちは、今回の発表は、民主化への布石というよりは、王太子の婚約者を姉から妹に替えるための布石と考えた。
***
「申し開きを聞こうか」
「はい。私共は、低位貴族の出でありながら畏れ多くも代々の王家にお仕えして来た身、このたびは、王太子殿下の側近であったにも関わらず、殿下をお諌めできませんでした。実家ともすでに縁を切ってございますれば、咎はいかようにも……」
「何を言っている?!おまえたちの咎は、側近としての仕事を放棄し、我が子ヘンドリックスのクリスティーン嬢との婚約をクリスティーン嬢の妹マリエッタ嬢とのものに入れ替えるため、クリスティーン嬢の共和国への出奔を手助けしたことだ!!」
「落ち着いてください国王陛下。クリスティーン嬢の出奔を手助けしたのはまだ容疑の段階です。そして婚約に関して意見していただけでは罪にはなりません」
「宰相……、そなたに任せよう。わしは冷静になれそうにない」
「そんな、あなた。ヘンドリックスはクリスちゃんをお嫁に貰えなくなったのがショックで寝込んでいるのよ。それにクリスちゃんが国を飛び出してしまったのは、彼らがヘンドリックスに『優秀だと知れ渡っているクリスティーンとの婚約解消などしたら、後が大変だ。どれほど嫌でもクリスティーンを娶るしかない』なんてひどいセリフを言わせて、クリスちゃんが誤解したからだわ」
「王妃陛下も落ち着かれてください。順番に問いただしていきましょう」
「……わかったわ。でも軽い罰で済ませる気はないから」
「ではまず、クリスティーン嬢の共和国への出奔に関わったかどうかから始めましょう。これが真実なら罪に問われます」
「クリスティーン様を北の新生共和国へお連れしたのは私共です」
「……っ何故ですか?そのためにヘンドリックス殿下とクリスティーン嬢との婚約は解消しなくてはならなくなったのですよ!?クリスティーン嬢は、自由を謳い身分も国籍も性別も問わない新設の大学に首席入学したことで、一躍時の人となってしまったため、今更わが国が身分制度や政略結婚を理由に連れ戻せば国際問題になりかねないのです」
「ヘンドリックス殿下とクリスティーン様のためです」
「……どういうことですか?」
「……以前よりお伝えしていたつもりでおりましたが、ヘンドリックス殿下とクリスティーン様のご関係は良好ではありませんでした」
「……あなた方がそのような懸念を持ち、私たちに伝えていたのは知っています」
「でも問題なかったって聞いているわ。ヘンドリックスからの女神祭のプレゼントをクリスちゃんが気に入ってくれてたってクリスちゃんから聞いたわ!!」
「わしも問題なかったと聞いている。クリスティーン嬢の誕生日と女神祭の折には、プレゼントとカードを贈っていたと確認したぞ」
「私も聞いています。時流に合っていてかつ最高級品であったと」
「……何を贈られていたかヘンドリックス殿下が把握されていなくてもですか?」
「「「え?」」」
「毎回カードを書くのが面倒くさいからと、全く同じ内容を数年前に一気にお書きになられたものを使用されていてもですか?」
「「「え?」」」
「誕生日と女神祭が近づくと商人を呼び出して、ご婦人方に流行しているもので最高級品を送るようにと仰って、カードを添えるようにとお渡しになって、それっきり……。私共が何を贈られたか知っておいた方が良いのでは?と申し上げても、聞いてはくださいませんでした」
「クリスティーン様は几帳面な方でございますから、カードはすべて取っておられました。カードを並べれば、同じインクで同じタイミングに書かれたものだとすぐにわかります」
「クリスティーン様が、どのようなものをお好みになるか、お伝えしようとしたことがございますが、女性の好みはよく分からないと仰って……」
「「え……」」
「……でも前の、さっき言ったクリスちゃんが気に入ってくれたコサージュは、流行りのものとは違っていたわ?!流行っていたのは純白のコサージュだったけど、クリスちゃんのは緑の縁取りがあったでしょう」
「……私共が提案いたしました。商人も困っておりましたし……」
「「「え?」」」
「クリスティーン様は、緑色を好まれておりますが、ご領地産の絹が映えるように好みとは別のいつも非常に淡い色のお召し物を着ていらっしゃいます。それを知っていた商人が、白いコサージュではクリスティーン様がお困りではないかと、ヘンドリックス殿下に申し上げておりました」
「そ、それでヘンドリックスは?」
「クリスティーン様は白っぽい色が好きなのだから問題無い、という意味のことを仰っていたかと」
「……では何故?」
「……私が抜け出して退出する商人に、緑色を縁取りに入れるようにと。商人もクリスティーン様がお好きな緑の色合いは分かると申しておりました」
「……そうか。よくやった。それで問題なかったのだろう?」
「……後悔しております。クリスティーン様をかえって傷つけてしまいました」
「「「どういうことだ?」なの?」ですか?」
「緑の縁取りのコサージュをクリスティーン様は殊の外喜んでくださったのです。揃いのドレスをあつらえるほどに」
「聞いたわ、クリスちゃんから。ヘンドリックスの提案でないことは残念だけど、あなた方が黙っていれば大したことにはならないのではなくて?」
「クリスティーン様にとって本当に特別なことだったのです。ヘンドリックス殿下から単なる流行りのものではなく、クリスティーン様個人のお好みが反映されたものが贈られたことが。ですが、ヘンドリックス殿下はそのコサージュを自分が贈ったものだとお分かりにならず、なぜ皆とは違うコサージュなのかをクリスティーン様に尋ねておられました」
「「「……」」」
「クリスティーン様からヘンドリックス殿下への思いも恋ではなかったと思います。けれども、クリスティーン様は精一杯ヘンドリックス殿下に寄り添おうとされておられた。ヘンドリックス殿下への贈り物は、いつもヘンドリックス殿下の好みに合ったもの。添えられるメッセージにも心砕いておられた」
「最初に王妃陛下が仰ったヘンドリックス殿下のお言葉も、ヘンドリックス殿下がクリスティーン様についての褒め言葉として、よく言っていらっしゃったものです。クリスティーン様のお耳に入らないように、できる限り配慮してはおりましたが、ヘンドリックス殿下の言動をお諫めできなかった以上、時間の問題でした」
「殿下とクリスティーン様の執務の負担も偏っておられました」
「……殿下から、協力しあって行っているので、問題ないと聞いておりますが……」
「殿下には、執務を行うために側近として私共がついておりますが、クリスティーン様には、そのような立場の者はおりません。殿下の執務は私共が手伝いますが、クリスティーン様はお一人で、殿下と私共三人が行うのと同じ執務量をこなしておられました」
「私共のような立場の者がクリスティーン様にも必要ではないか、と申し上げましたが、それはクリスティーン様ご自身が差配されるべきことと仰っていました。王宮に出入りするためには、王家からの許可が必要と申し上げると、言われれば許可を出すから、こちらから言うことはではないと」
「学園の生徒会の執務では、画期的なことを度々ご提案なさるけれども、提案だけで、何も差配されることのない殿下のために、すべてをクリスティーン様が差配されておりました。執務量の偏りについて、私共も申し上げましたが、殿下が提案し、クリスティーン様が実際に動いて、平等であると仰っていました」
「「「……」」」
「私共も長く心痛めておりましたが、学園にマリエッタ様がご入学になられて、ご協力いただけることになったのです」
「マリエッタ嬢も共犯なのか?!」
「いいえ!!マリエッタ様はあくまで、我々に協力してくださっただけ。クリスティーン様の出奔はあくまで私共の責任です!!」
「……クリスティーン様出奔の話は後に調査をします。マリエッタ嬢はどのような協力を?」
「最初は、マリエッタ様が、クリスティーン様から、私共でも手伝える内容のものを引き取って私共に渡してくださるようにしていただいておりました」
「その後、マリエッタ様からご自身もクリスティーン様の執務を手伝いたいと、仰ってくださって、畏れ多くも私共がお教えしておりました」
「マリエッタ様がご協力してくださるまでは、クリスティーン様はお妃教育や王宮でのヘンドリックス殿下の執務の手伝いに加えて、ほぼおひとりでなさっている役員の仕事のため、お眠りになられる時間もほとんど取れなくなっておられたと思います」
「お前たちがマリエッタ嬢に侍っていたのはそのためか?!」
「マリエッタ様のご評判を下げてしまい申し訳なく思っております」
「「「……」」」
「再度申し上げます。この咎はすべて私共に」
「「……」」
「……クリスティーン様の出奔に関する件は、咎めないわけにはいきません。決まるまでは、拘束させてもらいます」
「「「かしこまりました」」」
***
とある大国のその後。
婚約解消となった王太子は生涯、婚姻も即位もすることなく、長く父王が在位し、その引退とともに完全に民主国家になったという。
つつがなく行われたその民主化について、後年の歴史書では、立役者に、いち早く民主化に成功した近隣の国々から協力を得ることに成功した公爵家の二人姉妹令嬢と、かつて王太子の側近だった貴族令息三人の名が挙がっていたという。
当時流れた噂についても記述がある。
曰く、王太子の側近たちが何らかの罪を犯したとして、国外追放処分となったとか。それを受けて、低位貴族ではあっても、優秀と知られた国王王妃両陛下の側近たちも、子息たちの罪を償うとして、側近を辞したとか。
曰く、王太子は婚約者を新たに、公爵家の妹令嬢にしようとしたところ、妹令嬢が嫌がって、国を出奔、姉を頼って北の新生共和国の新設大学に入学したとか。
曰く、国を出奔した公爵令嬢姉妹も、国外追放処分の元側近も、実家とは連絡を取りながら、北の新生共和国の大学で、のびのびと学んでいたとか。
曰く、時代の大きな境目で、新しい時流に乗った公爵家は、貴族でなくなったのちも、名家として永く残ったとか。
曰く、優秀な側近を手放した王家は、衰退の一途をたどり、民主化ののちは、行方が知れないとか。
曰く、かつての王太子は、初恋だったかつての婚約者にした仕打ちを最後まで理解できぬままだったために、その生涯に寄り添うものは誰もおらず、非常に寂しい一生を終えたとか。
信憑性の高い噂のみを集めたとも記述されている。
読んでくださってありがとうございます。
拙いところは多くありますが、ご容赦ください。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
ブクマ、ポイント、いいね、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
読んでくださっただけでも嬉しいです。
誤字報告もありがとうございます。助かります。
使い方が分かってなくて直せなかったものや、
あえて残したものもありますが、ありがとうございました。
キャラ視点が書けなくて放置し、諦めて投稿した作品でした。
作者の頭の中にしかキャラ分けがなくて、
主人公なのに、名前も付けてあげられなかった、
かろうじて三人なのが分かるかな?な扱いを受けた不憫な側近たち。
妹令嬢視点、書きあがりました。
https://ncode.syosetu.com/n8337ic/
前日譚になります。
よろしければ、そちらもどうぞ。