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あの日からの物語

不透明

作者: 春樹蒼空

初めまして。星雲ほしぐもです。小説を投稿するのは初めてなので、つたない表現があったりするかもですが、楽しんでいただければと思います。


登場人物:花春はる・ユウイ

 会いたくて、会いたくて、仕方なくても君はもういない。不透明だった君は、昼間の星のように透明になって見えなくなってしまった。

 星がよく見える夜は、君と過ごした日々を昨日のことのように思い出す。




 ある夏の夜。なんとなくなにかが足りなくて、すべてが嫌になって、自室のベランダから逃げ出した。行く宛はなかったが、星が綺麗によく見えたから山を少し登った先の展望台に行き先を決めた。

 展望台に腰掛けるとひんやりとした感触がした。まだ夏は始まったばかりだが汗がじんわりと滲むほど暑いので丁度よかった。

「なんでこうなんだろう。あのときの僕は…」

_何をしていたんだろう。

 わずかに嘆きを含んだ僕のつぶやきは自分の呼吸音しか聞こえないこの場所を崩していった。そしてさらさらと風が吹いて僕の肩ぐらい伸びた髪を揺らした。

 僕は数ヶ月前までの記憶が何故かすっぽり抜け落ちている。なにかが足りないと思っているのはそれが原因だろう。

「やあ、こんばんは。今日は夏らしい暑さだけど、星がきれいだね。」

 僕が思考に耽っていると突然、後ろからさっきの風のような柔らかな声が聞こえた。僕はその声が聞こえるのが当然のように感じて、別に驚くことはしなかった。

「ねぇ、こんな時間に一人だと危ないからさ、僕も隣で星を見てもいいかな。ね、どうかな?」

 この声を知っている、気がした。声の主を確認するために振り返った。

「…………っ!?」

 間近に整った顔をした微笑んだ青年がいて思わず身を引いた。僕は動揺しているのを気づかれないように出来るだけ、平静を装った。

「そ、そうですね。いいですよ。」

 平静を装いつつ、自分の隣を指さした。整った容姿が間近にあるなんてとてもじゃないけど心臓に悪い。彼は立ち上がり一人分開けて、僕の隣りに座った

「ふふっ。ありがとう。」

 少し離れたから、彼の姿が自然と目に入った。

 彼はさっきから言っている通り、整った容姿をしていて、やや細身の同い年くらいの青年のようだ。僕はなんとなく彼に強烈な違和感を感じた。別に彼がおかしいわけではない。ただ、会ったことがないはずなのに見覚えがあるからだ。もしかしたら、記憶を失う前に会ったことがあるのだろう。

「貴方は、誰ですか?」

 失った記憶がいきなり取り戻せるわけもなく、思わず聞いてしまった。彼はわずかに驚きを含んだ顔で微笑んだ。

彼は僕にくっつく形に座り直した。そして歌うように優しく呟いた。

「僕はユウイ。数ヶ月前に幼馴染をかばって事故に遭ってさ。その子のことが思い出せなくて、思い出したくて今幽霊になって彷徨ってる。…のかなぁ。」

 最後は自信なさげに彼_ユウイが言ったことは、にわかに信じがたかったが、不思議と、すんなりと受け入れることができた。彼は、それほど現実味がないのだ。

 彼の名に聞き覚えがあったような気がしたが、やはり記憶にはなかった。

「そう、ですか。その、幼馴染さんの特徴は覚えているんですか?」

 ただ疑問に思い聞いたが、ユウイは星が眩しいかのように目を細めて、静かに首を振った。きっと覚えてないという意味だろう。

 彼の横顔は、今にも泣きそうに見えた。


 それからなんだか気まずく思えて、「もう、帰ろうと思います。」と言おうと口を開いたら、『またね』というユウイの声が聞こえて、ふわっと風が吹いた。気づくと、自室のベッドで寝ていた。一瞬、さっきまでのことが夢だと錯覚しかけたが、僕は、自分の髪を撫でた感触を鮮明に覚えていた。



 次の日の夜もよく晴れていた。星が今日もきれいに見えたから、展望台に行けばなんとなくユウイに会える気がして、また自室のベランダから家を出た。

 展望台につくと、やはりユウイがいた。ユウイは柔らかく微笑みこちらを見ていた。お互い一言も話すことはしなかったが、自然と隣りに座って星を眺め始めた。先にこの沈黙を破ったのは僕だった。

「そういえば、ユウイさん。幼馴染さんの特徴は思い出せたんですか?」

 ユウイを見ると一瞬だけ、顔を歪ませたがすぐに笑って首を横に振った。

「きっと僕は思い出すこともできないほど、どうでも良かった人を自分の死と引き換えに助けたのかも。君と会ってから、その人の名前は思い出せたんだけどね。」

 そういうユウイの表情は、歪んではいなかったが、笑ってもいなかった。だけど僕は好奇心を抑えることはできずに続けて質問してしまった。

「その幼馴染さんの名前って何て言うんですか?」

 ユウイがわずかに溜息をこぼした。

「ハルって子だよ。そういえば君の名前は?」

 僕は頬がひきつった。違う。ただの偶然だ。落ち着いているはずなのに、声が震えた。

「ぼ、くは…」

 ただ名乗るだけだ。何も怖いことなんてないじゃないか。

「はる。」

 僕がやっと声に出すと、ユウイはひどく驚いた顔をした。そして冷や汗を大量に浮かべながら叫ぶように、溜息をつくように、

「…じ。漢字は、どうやって書くの…?」

 漢字?なんでそんなことを聞くんだろう。僕の中でよくわからないものが黒く渦巻いている。言ってはいけない。そう思ったのと裏腹に、口から言葉が漏れていた。

「花の春で、花春」

 ユウイは僕の小さなつぶやきを聞き逃さなかったらしい。彼はひどく驚いた顔をして若干涙を浮かべていた。僕の中での仮説が確信に変わり始めた。声をかけようと口を開けると、「今日はもう遅いから」というユウイの声が聞こえて、また自室のベッドで寝ていた。



 ユウイの様子がおかしかったのはその日だけだった。僕も最初は気まずく思っていたがだんだんと胸の内のわだかまりがとけていった。それから僕は毎晩自室のベランダから展望台へ足を運んだ。次の日も、その次の日も。一ヶ月以上、時間がある限りユウイと話して、ずっと笑っていた。気がつけば、僕はなにかが足りないと思ったり、嫌だと思うこともなくなっていた。夜はユウイに会えるから笑えるのは当然だけれど、昼間は今日の夜はユウイと何を話そうかを考えたり、今までの会話を思い出して一人で笑っている。


 今日もユウイと一緒に星を見ていた。互いに沈黙を保っていたが、不思議と気まずくはなかった。ふと、一等星をつかもうと手を伸ばした。そして視線だけ、星からユウイに向けた。ユウイの端正な横顔を盗み見ているとユウイと目が合い、いつものようにふわりと微笑んだ。

「花春。君はさ、僕が生きているときに会ったことあるのを覚えてる?」

 心臓が大きく鳴った気がした。こめかみに冷や汗が流れた。真夏のはずなのにどこか肌寒かった。

「どういう…こと?い、意味がわからないんだけど。」

 これ以上言葉を紡がないでほしかった。知りたくない。自分の知らない自分なんて、知りたくない!!

「思い出したんだよ。僕が助けた幼馴染の子は」

_嫌だ。聞きたくない!やめて!

「花春。君だったんだよ。」

 体から力が抜けた気がした。

「あ、あぁ。あ?うっ…そ?え。」

 めまいがした。ふわつく視界で僕は軽く首を横に振った。真っ黒だった記憶に少しずつ色が付き始めた。

_記憶が戻ってきている。

 思い出したくないと意識は拒絶していても、徐々に記憶が鮮明になっていく。その記憶の一コマに、ユウイの笑顔を見つけた。

「あ、い…た。ほんとに、ユウイだ。」

 そうだ。ユウイの幼馴染は僕だ。僕の幼馴染はユウイだ。なんで忘れていたんだろう。あ、そうか。ユウイがかばってくれたっていう事故の衝撃で忘れてしまったのか。

 だんだんと落ち着き始めて、彼の顔をしっかりと見ることができた。さっきまで思い出すのが怖かった。けれど、

「思い出せ…て、よかった。」

 絞り出すように声を出すと、頬を涙がなぞった。僕は溢れ出す言葉を涙と共にこぼした。

「僕、ユウイに会う前はね、記憶を失っているのが辛くて、毎日が物足りなかったんだ。だけど、ユウイに会ってから辛くなることなんてなくて、足りないものも埋まっていって。毎日が楽しくて楽しくて、仕方がないんだ。ずっと、ずっと。続いてくれればいいのにね。」

 タイミング悪く風が吹いたため、ユウイにこの声が聞こえたかわからないがユウイの笑顔から聞こえたんだと思い込むことにした。

「僕も、続けばいいと思うよ。…でもね、ずっと続くものはこの世にはないんだよ。」

 ユウイのこぼした言葉は、どんな凶器よりも深く、深く僕に突き刺さった。そして、その言葉で、ユウイが死んでしまっているのを改めて思い出した。このままユウイが消えてしまう気がして、思わず僕はユウイの頬を掴んで引き寄せた。

「……!!」

 だが、それは無駄な行為でユウイが死人だということを、再確認するほかなかった。初めて触れた彼の肌は、柔らかい氷のようだった。



 僕が掴んだ手に力を込めても、ユウイは表情を変えなかった。ただ気まずい空気が流れているだけだった。掴んでいてもユウイの頬が暖かくなることはなかった。しっかり彼の頬を掴んでいるのに、感触がなくなり始めているのを疑問に感じた。彼の端正な顔の向こうに星が映り始めているのを理解した。そこから行動に移すまで1秒もなかったと思う。

「…!は、る?どうしたの?え?」

 彼は僕の行動にまるで予想していなかったと驚いていた。彼がこのままいなくなってしまう気がした僕は彼を抱きしめた。でも、ユウイの感触はどんどん、なくなり始めた。少しずつ抱きしめている自分の腕が自分に近づいてきている。

「嫌だ!消えないで!いかないで!僕を! おい…て、いかないで!もう、一人はい、や。」

 思わずユウイの耳元で叫んでしまったから、彼の体がわずかに揺れた。けど、何をしても彼にはもうすべて無意味で、ただ、ただ、虚しさがこみあげてくるだけだった。僕はぎゅっと、目を閉じた。時間が止まるような気もして。少しユウイの動く気配がした。

_よかった。まだいる。

 ふと額にひやりとした柔らかいものがあたった。それは僕の耳鼻、頬とを次々に冷やしていって、最後に僕の唇を冷やした。

「君は、僕の分まで生き続けてね。花春、ありがとう。僕はずっと、ずっと………。」

 ユウイの声が耳元で聞こえた。ユウイの声って意外とかすれてるんだなぁ。と現実逃避するように考えた。だが、声とともに腕の中の感触がなくなった。なくなってしまった。

「っ………。」

 もう、声を発することもできなかった。代わりに涙が何度も頬をなぞった。何粒も雨のようにこぼれた。涙は彼を思う様に、想いだすよ様に。星が陽の光に溶けるまで流れ続けた。

終章

 あれから数か月たっても僕は毎晩あの展望台で彼を待っていた。今思えば今までのことはすべて夢のことだったかのように思えるが、僕はユウイの冷たい頬や、顔に触れた冷たさも鮮明に覚えている。そのことが、僕が唯一現実だったと信じられる要因だった。

 ふと、さらさらと風が吹いて僕の肩ぐらい伸びた髪を揺らした。幽霊になってしまったユウイとはじめて会ったときのような風だった。僕はもしかしてと思い慌てて振り返った。だがそこに誰もいるわけもなく、そんな僕を嘲笑うかのようにまた風が吹いた。

 考えてみれば、ユウイは透明なはずの幽霊なのに僕は触れることができたなと思った。少し不思議に思ったがそれでもいいか。触れることができないほうが余計虚しさを生んだだろうから、深く考えることはやめた。

 僕はユウイが最後につぶやいた言葉を、なんでかは知らないけどなぞりたくなった。

「『君は、僕の分まで生き続けてね。花春、ありがとう。僕はずっと、ずっと』」

 彼は、透明な幽霊だけれど触れることができた。僕は不透明な幽霊になってしまったユウイのことが、

「『大好きだよ』」

 僕のつぶやきは風の中で透明になった。

pixiv様にても投稿させていただいています。

➡https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19393118

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― 新着の感想 ―
[良い点] またまた感想失礼します。 確かに「あの日の桜は君と見れない」と平行世界的な感じで書かれていてやっぱり感動する話です! 幼馴染の二人共が事故で記憶を失っていてお互いが幼馴染だと気づかないのが…
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