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(短いやつ)ラブコメ&シュールコメディ

【短編】俺、三十三歳 〜中学時代に自分が書いた黒歴史な小説に転生しました 。今さら恥ずかしがっても、もう遅い!~


「なんだ!? お前!? 強すぎる!?」

「うん、あの、ありがとね」

「強すぎる!? 強すぎるぞーーーーーーーーー!?」

「うるさっ、ちょ、やめて! あと語尾の『!?』それ滅茶苦茶うるさいからね。やめようね」

「!!!??」

「会話が成立しない。中二の自分の語彙力が本格的に悔やまれる」


 喧噪収まらない道具屋の中、絶叫する店主の”チェン”との会話を諦め、こちらに注目する人々の視線を居心地悪く思いながらも俺はため息を吐いて出口に向かった。


 たった今喧嘩をしてこの場を騒がせていた張本人であり喧嘩を売ってきた相手をぶっ飛ばしたのは俺だが、俺はあくまで相手に絡まれたのをあしらっただけだ。


 居心地の悪い店内にいつまでも居座るつもりはなかった。


 隙間風が吹き込み、肩口を撫でる風が冷たい。


 今俺が着ている服は袖が引きちぎられたか弾け飛んだように肩口から無くなっており肩が剥き出しだ。


 某世紀末な主人公のようなムキムキ体型が着れば様になっただろうが、俺は普通の会社員、ちょっと恥ずかしい。


 この服もそうだが、怪我もしていないのに両腕に巻かれた包帯や、手の甲だけを覆う真っ黒な指出しグローブも外せるものなら外してしまいたかった。


 道具屋の出入り口、木製の扉は俺が片手で押すとギィと音を立てて簡単に外側へと開く。


 一歩建物から出れば、街中だというのに土の地面に背の低い木造の建物ばかりだ。


 時たま馬の嘶きが聞こえるのはここでは馬車が人々のメインの移動運搬手段だからだろう。


 中世ヨーロッパのような世界観。


 剣や鎗を携え闊歩する者がまばらに見えるここはゲームか何かの世界のようだ。


 そして今こうして個性的な荒くれ者といった風情の格好でその街中に居る俺は、ここがどういう世界なのかを完全に理解していた。


 いや、思い出したと言ったほうが正しい。







 三十三歳。夢見るような年齢でもない。


 俺は日本で普通に生きてきて、普通に就職して、週七勤務の残業続きにやさぐれた帰宅途中にトラックに跳ねられ、そして気付けばこの世界にやって来ていた。




 世界が変わっていることに驚き、慌て、それから高揚した。




 通勤中、電車の中で読むネット小説が密かな趣味だった俺は、これが異世界転生かと、なんてベタな転生なんだと正直(はしゃ)いだ。


 それが十日前。


 やってきた当初、俺はこの街を探索するにつれ奇妙な既視感を覚えた。


 そしてその既視感の正体はすぐに判明した。


「フラッと入った道具屋に”チェン”が座ってんだもんなあ……」







 事態を把握した俺は、あまりの恥ずかしさにバクバクと心臓の鼓動が速まり、大いに赤面して悶え苦しんだ。







 なんとなく知っている気がしていた世界観は、中学生当時ハマっていたRPGゲームを真似た物。



 なんとなく聞き覚えのあった街の名前は、自身の通っていた中学の名前を逆さまに読んだ物。



 街に一つしかない日用品店であり武器屋であり薬屋である道具屋には、当時好きだったアクションスターそっくりの顔をした店主が座っていた。




『あ、俺これ知ってる』




 その気付きがあってからは直ぐだった。



 記憶の奥底、厳重に蓋をしていたパンドラの箱が開いた。






『”竜殺しのテツ”最新話できたけど、誰から読む? こないだタッちゃんからだったから今日はミツ?』

『ヒロインは一人だけが俺の主義だからなー、まあハーレムもそのうち考えとくよ』

『感想はルーズリーフ一枚までにしろよな。感想読んでるより、続き書きたい派だからさー』

『ゲンキ絵ぇ得意だろ? 次の話、挿絵書いてみる?』



























「あ゛あ゛ああああああ!! いっそ!! いっそ殺せぇええええ!!」





 叫んだ。




 思い出してしまったそれに、俺は人目も憚らず叫んだ。




 その時道具屋を出たばかりの道に居り、突然叫び始めた俺を往来の人々はなんだなんだと怪訝に見てきたがどうしようもない。


 今まで忘れていた中学の同級生たちの顔や名前、教室の様子までもが鮮明に蘇ってきた。




 二十年前の中学二年の俺は、オリジナル小説を書いてはクラスメイトや友達に読んでもらっていた。


 いや、もしかすれば()()()()いたのかもしれない。


 気の良い奴らは毎回それを楽しみだと言ってくれて、感想をくれたりもしていた。


 俺は調子に乗った。


 調子に乗りまくった。


 おそらく面白くなんかなかっただろう俺の自己満足小説をタッちゃんもミツもゲンキも楽しそうに読んで言葉を尽くして褒めてくれた。


 調子に乗った俺は陽キャでもないのにクラスメイトに小説を話題に絡みに行ったり、女子から小説のことで話しかけられるんじゃないかと小説を手に近くをウロウロしたりしていた。


 しまいには、ヒロインの名前や容姿を好きだったクラスメイトに似せて……。




「何してるの? 竜殺しのテツ」

「ギャーーーーッ!!」




 今考えていた人物の声がして、俺は叫んだ。


 鈴が鳴るように可憐なこの声の持ち主は、もちろん。


「人の声聞いて悲鳴上げるなんて失礼じゃないかしら、竜殺しのテツ」

「ヒィ」


 悲鳴しか出ない。


 目の前の人物はこの世界の元になった小説のヒロイン的ポジションの美少女だ。


「失礼しちゃうわ、竜殺しのテツ」

「それ、その呼び方もやめて……」

「やめるって何を? 竜殺しのテツ」

「その竜殺しってのやめて……、死にたくなる……」

「うーん、じゃあ、竜殺しのテツが私のことちゃんと名前で呼んでくれるようになったらね」

「……モッチ、いや、ごめん無理」

「もー。モッチヅキサンって呼ぶだけじゃない。何恥ずかしがってるのかしら、竜殺しのテツったら」


 モッチヅキサン。


 超絶美少女で容姿はクラスで一番可愛かった望月さん、その彼女にそっくりのヒロインだ。


 つらい。


 つらすぎる。





 俺のことを”竜殺しのテツ”と呼ぶ彼女はとにかく可愛いことが特徴の女の子で、何故か主人公が冒険に行く先々で突然現れては主人公をヨイショする名前と容姿以外は全て謎に包まれたキャラだ。


 なぜそこに現れたのか、戦えるのか、普段は何をしているのか、その全てが不明である。


 ただでさえ頭の悪い俺が中学の時にまともに成立した小説を書けていたはずもなく、この世界の元になったと思われる小説はストーリーも何もあったものじゃない。


 十年以上経っているとはいえ自分が書いた小説なのだから内容はある程度覚えているが、拙いを通り越した文章だったのは確かだ。


 とにかく、何故か竜殺しって呼ばれている主人公のテツ(俺の名前が哲朗だから)が、モンスターを倒したり人助けをして俺Tueeeするゲーム風の話。


 名前が付いていたキャラはたいてい友達や有名人の名前をもじって名付けていたし、キャラ立ちも本人たちに似せていた。


 この街で過ごして三日経つが、タッちゃんに似せたタッチなど、俺が小説に登場させていたクラスメイトをモデルにしたキャラとは思った場所で遭遇できた。


 道具屋のチェンは白い歯で笑っていて語彙力貧弱の語尾は常に『!?』だし、モッチヅキサンはこうして神出鬼没に現れては俺の呼び名『竜殺しのテツ』を強調しながら可愛い言動をして煙のように消える。


「あ、もういない」


 今も少し目を離した隙に忽然と消えている。




 メインキャラたちはキャラ立ちに忠実だった。


 かといって、この世界自体が俺の書いていた小説のように辻褄の合わないカオスと化しているかというとそうでもなく、結構平和だ。


 名前のあるキャラ以外は普通の人たちだし、ドラゴンやら魔王やらがいるらしく戦いを生業にしている人がやたら多いことを除けばちゃんと世界として成立している。


 良く分からないけど、転生の神様とかが上手いこと世界として成立するよう取り計らってくれているのかもしれない。


 そもそもなんで黒歴史小説に転生させんだよって話ではあるのだが。


「タッチのとこ行くか……」


 俺は半ば諦めの境地に居たが、まあ転生してしまったものはしょうがない。


 この世界は主人公のための世界で、主人公は俺だ。


 主人公には役割があるし、何より楽しまなくては損だろう。


 この建物が並びたくさんの人々が暮らす街において、道具屋と宿屋の他に唯一営業している店舗である酒場へとタッチに会うため向かう。


 タッチは情報通だったタッちゃんに似せたキャラで、長く流した前髪を払いながら『フッ』と余裕のある笑いを漏らすイケメンキャラだ。


 実際のタッちゃんは前髪が長いわけでもないキノコヘアーだったし『フッ』とも笑わなかったけど、タッちゃん自身が『フッ』を気に入って現実に逆輸入したくらいのヒットキャラだった。



 カランカラン



 軽やかな音が鳴る。


 ドアベルの音に反応して、昼間だというのにまばらに居た店内の客たちの視線が集まった。


 そのほとんどがすぐ興味をなくしたように視線を逸らす中、入り口から正面に座る小柄な人物はこちらを見て不敵に笑っている。


「フッ」


 タッちゃん似のキャラ、情報屋のタッチだ。


 イケメンキャラだったはずだが小説内で外見への言及が少なかったためか、現実のタッちゃんそのままで、キノコヘアーから前髪が一束だけダラリと顔面中央に垂れ下がる形になっている。


「フッ」


 タッチの漏らした息が前髪を吹き上げる。


 格好つけているのではなく、息で邪魔な前髪を払おうとしている変なキャラになってしまっている。



 切れよ。


 その一束だけ伸ばしてる前髪を切れよ。



 自分がそう書いてしまったせいだというのに、俺は内心ツッコミたくて仕方なかった。


 なんとかツッコミの衝動を抑え、俺はタッチの正面の席に了解も取らずにドカリと座る。


「タッチだな」

「フッ。俺の名を知って生きている者はそういないはずだが?」


 お、なんだか格好いいぞ。


 さすが中二病全盛期に書いた小説キャラ、受け売りの格好いいセリフはなかなか俺好みだ。


 まあ俺が書いてるんだから当たり前なのだが。


 少し気恥ずかしいような誇らしいような可笑しな気持ちになりながら会話を試みる。


 交渉材料は一切ないため、ドストレートに聞く。


「魔王の居所を教えてくれ」

「フッ。面白い。いいだろう」


 ああ、懐かしいな。


 タッチから逆輸入したタッちゃんは一時期、何を話すにも文頭に『フッ』を付けるようになって、偶に付け忘れた時なんか周囲から忘れてるぞなんて注意されてたな。


 俺がそんなことを考えている間にも、タッチは誰も知らないはずの魔王の居場所を細かに教えてくれ、そこへの行き方まで語り始めた。


「───そしてそこに行くためには船が必要だが、船を動かすための鍵はサイハテ村の村長が隠し持っており、サイハテ村の村長と交渉するためには村長の孫娘を助け出す必要があるが孫娘はレッドヒモ軍の大佐が連れ去っていて実は大佐は魔王直属の四天王の一人青龍の仮の姿であり大佐はレッドヒモ軍を乗っ取り魔王の勢力拡大を謀っていてすでに隣国はその手に堕ちて」


「分かったまずは何をすればいい!?」


 俺は大きめの声を出してタッチの言葉を遮った。


 ネタバレが酷い。


 そもそも対価も無しにどこまで喋る気だと思うし、どこで手に入れた情報なのか疑問すぎる。


 そんなこと知ってるお前は真っ先にその青龍が化けた大佐とやらに命を狙われるのではないか?


 確か、小説のことばかり考えて思いつく限りの設定を詰め込みたかった中学生の俺が、書ききれない部分をこんな裏設定があるんだと読者に分かって欲しくてタッチに語らせていたはずだ。


 タッチは語りを邪魔されたことに不服そうに一瞬眉をしかめたが、気を取り直したように余裕ある表情に戻ると再び「フッ」と前髪を吹き上げた。


「フッ。生き急ぐとは、若いな」


 中学生の見た目して何言ってんだ。


 中学生の頃のタッちゃんそっくり(ただし前髪は不自然に長い)なタッチは大人の姿の俺とは親子ほどに体格差がある。


「今何してんだろうな、タッちゃん」

「?」

「何でもないよ」


 中学を卒業してあの頃の友達とはみんな疎遠になってしまった。


 タッちゃんのその後を俺が知っていれば、今ここにいるタッチの姿も大人だったのだろうかと少しだけ思った。




 その後もタッチから聞き込みを続け、その情報を元に俺は旅立つことにした。


 この小説は本当にストーリーらしい物もなく主人公たちがひたすら活躍するだけの物だったはずだが、一つだけ懸念があった。


 それは唐突に現れた魔王の存在だ。


 連載、と言っていいのか分からないが、その最中に何の脈絡もなく世界が魔王によって蹂躙されようとしている設定が出てきていた。


 そしてこの世界にやってきて、魔王という存在は当たり前のように誰もが知っている危険な物として実在していることも分かった。


 魔王がいるということは、()もそのうち現れるということだ。


 俺が書いていた小説は滅茶苦茶だ。


 だからこそ、世界の危険がいつ訪れてもおかしくない。


 魔王を無視して生活していくことも出来るだろうが、そんなことをしていてある日地球破壊光線とか生命絶滅ウイルスとか発動されては堪らない。


 能動的に危険を排除するしかないだろう。


「さて、行くか」


 そう独り言ちる俺に、


「フッ」


 隣を歩くタッチが応える。


 そう、なぜかタッチが居る。


 酒場にいる情報屋ポジションのタッチだが、なぜか主人公の旅に同行するのだ。


 話を聞き終えた俺は何も言わずに酒場を出てきたが、タッチも何も言わずに当然みたいな顔をして横を歩いている。


 こういうものだと思うしかない。


「……」

「……フッ」


 俺たちの旅はこうして始まった。

























 たどり着いた最初の村で、俺は残りの旅の仲間をピックアップした。


 やはり小説と同じ編成(パーティー)で臨んだほうが間違いが無いだろうと思ったし、中学時代の友人たちを模した主要キャラとはなんだかんだ言って会っておきたかった。


 中学の頃、仲が良かったのはタッチのモデルになったタッちゃんと、それから”ミツ”と”ゲンキ”だ。


 ミツをモデルにしたキャラ”ミッチー”にはすぐ会うことができた。


 というか、村の入り口にニコニコ顔で立っていたので一目で分かった。


 ミツだけは高校も一緒だったので、タッチに比べれば少し大人びている。


 外見はモデルになったミツの高校生の頃の姿そのまま。


 明るいムードメーカーだったミツは人を笑わせるのが得意で、本人もいつも菩薩のような笑顔をしていた。


 実際は垂れ目とややふくよかな顔がそう見せているだけで、怒る時も泣くときも笑っているように見えるだけなのだが。


 得なのか損なのか分からない顔立ちだ。


 そんなミツにそっくりなミッチーは、開口一番こう言った。


「やあ! ここはダイイチノ村だよ!」


 その瞬間。


「ぷっ! ぶはっ! アッハッハッハ!」

「……フフッ、フフフフフフフフ」


 俺とタッチは吹き出した。


 俺は腹を抱えて笑い、タッチはマシンガンのように『フ』を出して前髪をあっちこっちに吹き上げている。


 なんかそういうオモチャみたいになってるのが可笑しくてまた笑う。


「くるしっ! アハハハ! なんで、なんでこんなに面白……、ヒィ」

「ここはダイイチノ村! 僕はミッチーだよ!」

「ブハハハハハハッ!」

「フフフフフフフフフフフ」


 駄目だ、ミッチーが喋る度に訳の分からない力で笑わされてしまう。


 タッチの前髪は『フ』で吹き上げられすぎてとんでもない滞空時間を記録している。


「ハハ、タ、タッチ、ミッチーを押さえろ、ハハハ」

「フフフ、フッ、造作もないこと、フッフッ」


 タッチにミッチーを羽交い絞めにさせ、俺は喋れないようミッチーの口を塞ぐ。


 そうしてムームー言うミッチーに声を出さないよう念押ししてしばらく、やっと俺たちの笑いは収まった。


 笑いすぎて死ぬかと思った。





 ダイイチノ村に入り、俺はやっとミッチーの設定を思い出した。


 ミッチーのモデルのミツはムードメーカーで面白く、みんなをいつも笑顔にしていた。


 そんな彼をモデルにしたキャラを書きたかった俺だが、作者である俺はミツのようなユーモアを持ち合わせていない。


 そこで思いついたのが、ミツが言ったことに対して主人公たちがよく笑うという設定だ。


 小説の中のミッチーに何か気が利いている風のことを言わせ、それを周囲のキャラが持ち上げ面白がることでミッチーがさも面白いことを言ったように読者に錯覚させようとしたのだ。


 話のオチに困った時は毎回、”ミッチーの何気ない一言で爆笑が起きたのだった”とかそんな終わり方をしていた気がする。


 それが現実になったことで、ミッチーの発言は主人公周辺の笑いのツボに問答無用でクリーンヒットしてしまう現象が起きているらしい。


 俺は決意した。


 ミッチーには一言も喋らさない。


 とにかく笑い死んでしまう事をミッチーに説明し、喋らないよう厳命してから俺はミッチーに旅の同行を頼んだ。


 なぜかミッチーはその全てに二つ返事で了承してくれた。


 現実のミツも押しに弱くて良い奴だったけど、そんなミツの特徴を大げさにキャラ付けしたミッチーはニコニコ顔の完全なるイエスマンみたいだ。


 詐欺とか心配だし俺はやっぱり連れていくことを決めた。






 そしてこのダイイチノ村で出会える最後のパーティーメンバー。


 ゲンキをモデルにしたキャラであり、主人公パーティーで主人公に次いで唯一戦闘能力について言及があるキャラである”ゲンキッキ”と合流する。


 そのはずだった。


 そんなゲンキッキは今、俺とタッチとミツの前でじっと俺へと強い視線を向けていた。

























「……お前、ゲンキッキだよな」

「……」


 無事に村の中でゲンキッキを見つけることは出来た俺たちだが、ゲンキッキとの接触は他のメンバーのように上手くはいかなかった。


 俺の姿を認めて足を止め、明らかにこちらを意識した様子だったゲンキッキは、いざ話しかけるとムッスリと黙り込んでしまっている。


 先ほどから何を話しかけてもなしのつぶてだ。


「フッ。因縁の再会という訳か」


 何やらタッチが物知り顔に言っている。


 情報源が不明のこの情報屋タッチはどうやらこの世界の主人公である俺と目の前のゲンキッキとの関係も知っているらしい。





 正直な話、この心配はしていた。


 俺とゲンキッキが上手くいかない可能性だ。


 それは何も現実の俺とゲンキッキのモデルになったゲンキが不仲だったとかそういうことじゃない。


 むしろゲンキは誰より俺が書いている小説を応援してくれていたし、ゲンキ自身絵を描くのが好きでゲームキャラクターの模写なんかをしたりオリジナルの漫画を描いて見せてくれることもあった。


 小説を書いていた俺と一番気質が近かったのがゲンキだったと思う。


 そんなゲンキが喜ぶだろうと、俺は小説の中のゲンキ、ゲンキッキに戦闘向きのジョブを与えたのだ。




 それが、”ドラゴンテイマー”。




 竜使い(ドラゴンテイマー)のゲンキッキ、それが仲間となるはずのゲンキをモデルにしたキャラだ。


 当時の俺は、とにかく竜という物を格好いいと思っていて、一つ覚えのように”竜殺しのテツ”だとか”四天王の青龍”だとか”竜使い(ドラゴンテイマー)”だとかいって竜を乱用しまくっていた。


 そしてそれが現実になって今、悲劇が起きてしまった。





 小説内でその実績が不明にも関わらず”竜殺し”と呼ばれている(テツ)


 小説内で竜の描写が難しかったがために、竜をそばに連れていない”ドラゴンテイマー”のゲンキッキ。





 そしてそんな矛盾だらけの小説の世界が現実となってしまった時、それらは点と点を繋ぐように一つの事実を作り上げてしまった。






 俺を睨んだままだったゲンキッキが、薄っすらとその口を開いて低く唸るように声を出した。







「我が竜の恨み、晴らさでおくべきか」









 やっぱりーーーーー!!!





 これ、たぶん俺が”ドラゴンテイマー”の”(ドラゴン)”を”殺し”ての竜殺しのテツだ!!




 いや、そうじゃないかと思ってたんだ。


 書いていた当時はそんな事考えもしなかったけど、この世界に来てキャラクターや世界の設定を思い出す過程でこの可能性には行き着いていた。


 だって、竜を殺した描写はないのに竜殺しの肩書を持つ主人公。


 そしてドラゴンテイマーというくせに飼っているドラゴンは登場したことのないゲンキッキ。


 そりゃあこうなる!





 俺は逃げた。


 面倒事の気配しかしない。


 ゲンキには悪いが、この旅はゲンキッキ無しで進めさせてもらおう。


 ゲンキッキの外見は中学生だ。


 大人の俺とでは脚の長さも違うし、振り切れると思った。


 声をかけた事など無かったようにスタスタと 歩き去る。


 俺の後ろを駆け足で追う音が聞こえるのはタッチとミッチーのはずだ。




 その足でダイイチノ村を出た俺は、そこでようやく振り返り、小説の強制力を思い知ることになる。



「フッ。歩くのが早いぞテツ」

「ムー」

「ドラちゃん……」


 居る。


 記憶はないがひとまず、ドラちゃんの件は本当に申し訳ございませんでした。


 謝ろうとした俺は両手で口を塞いだミッチーの『ムー』という音にすら笑いのツボを刺激されて吹き出し、ゲンキッキの怒りに火を注いでしまうのだった。


 そんな混沌(カオス)は突如現れたモッチヅキサン(ヒロイン)が「これでパーティーが揃ったね、竜殺しのテツ!」とウインクをしたことで混乱を極め、ゲンキッキがちょっと泣いちゃうまで続くのであった。


 いやホントモッチヅキサン竜殺しとか言うのますますやめて……。

























「ついにここまで来たか」


 普通に声を出したつもりだったのに、俺の声は控え目な声量になってしまった。


 正直、俺はビビっている。


 今俺たちの目の前には魔王城が聳え立っていた。


 やたらと激しく吹き荒れる風が袖が無くて剥き出しの腕を撫でるが、その風がとにかく生ぬるくて気持ち悪い。


 ここの描写を書いた時のことは覚えている。


 中学生の俺は一晩悩み抜いた末に魔王城の恐ろしさを表現する言葉として、『室外機の前に立った時のような気味の悪い風が荒れ狂い』と書いたのだ。


 現実になった小説の世界でその風を感じてみて、この生ぬるさとか気持ち悪さを的確に表現した素晴らしい言葉だと思う。


 いや、その表現を具現化した世界なのだから的確で当然なのか?


「フッ。ちっぽけな城だぜ」


 この激しい風の中、微動だにしないキノコヘアーに前髪だけを扇風機の羽のごとく回転させたタッチが言えば、


「……」


 道中、状況に関わらず仲間を爆笑の渦に巻き込んでは命の危機にさらしたミッチーはついにガムテープで口を固定され、


「魔王……」


 やっとドラちゃんとの別れに心の整理がついたらしいゲンキッキが赤黒く光る魔王城を睨みつける。




 辛く激しい旅だった。


 魔物が跋扈する中を何度も何度も死にかけながら戦い、進んできた。


「竜殺しのテツなら大丈夫だよ!」


 竜殺しって言う度ゲンキッキが泣きそうな顔するんだからやめなさい。


 モッチヅキサンは相変わらず神出鬼没で余計な事を言う。


 どうやってここまで付いて来たのか一切不明で流石に不気味だ。


 今朝も宿屋を出るため会計していたら宿屋の主人に「昨夜はお楽しみでしたね」なんて言われ思い当たることもなくて首を傾げていたら「やだ! 恥ずかしい!」なんて顔を真っ赤にしたモッチヅキサンがたった今俺が出てきた宿の部屋から飛び出してきて肝が冷えた。


 新手のストーカーではないかと顔を青褪めさせた後、そういえばこんな展開を小説に盛り込んでいたことを思い出し、それをクラスメイトに読ませていたという事実に赤くなったり青くなったりした。


 つらい。


 心臓にも胃にも悪すぎる。





 ああ、長い旅だった。


 ついさっきまで人々行き交う平和な街だったのが一変、ここは魔の巣窟、いよいよ魔王と対峙するのである。


 俺は指出しグローブをギュッと嵌め直し、両腕の包帯にほつれがないか確認して気合を入れた。


 仲間たちに目配せると、皆がその視線に応えるように頷いた。


「行こう」

「フッ」

「……」

「竜……竜……」


 俺と、情報屋と、口を塞がれた青年と、ブツブツ何事か呟く少年。

 それから忽然と消えたヒロイン。


 俺たちはついに相手の総本山へと乗り込んだ。


























 魔王城の最奥、そこは魔王城の裏庭だった。




 そう、裏庭だ。




 小説内の表現で風が吹いたり月明かりが照らしたりしていたせいで、魔王の玉座は魔王城を突っ切った先の広々とした裏庭に野ざらしにされていた。



『フハハハハ、よくぞ四天王を倒しここまで来』



 闇をその身に内包するような禍々しい存在は、登場台詞の途中でより濃い闇、強大すぎる者の出現によってその影の中へと消えた。




「───……グガァアアアアアアアアア!!」




 咆哮。



 突如として現れ魔王の頭を丸呑みにしたそれは、一度の嚥下の後に雄叫びを上げた。


 それはやはり、竜だった。


 







 中学生の俺が憧れ、とにかく格好良くて強い生物、竜。


 そしてその竜は。






 ピチュン!







 細い光に貫かれて息絶えた。


















「フッ。光を纏いし地獄の死者が世界の外よりまろび出た訳か」


 お前はもはや何を知っているのかと思うが、タッチが言った通りだ。


 魔王城より遥か高く、聳え立つようだった巨大な竜の更に上。


 上空より現れたのは、光を纏った生命体。


 奴はまごうことなき”世界の外”の者。






 宇宙人だ。




 



『お馬鹿さんな生命体を滅ぼして、この星を手に入れますよ。ホホホホホ!』



 ちょっとオカマっぽい喋り方の宇宙人は、おそらく戦闘力が五十万と少しあるはずだ。


 予想通り。


 この世界の最大の脅威、それは魔王でも巨大な竜でもなく、目の前のこの宇宙人だ。


 この宇宙人の存在は、中学での小説連載が佳境に入りラストシーンを書こうかという頃に俺が大ハマりしたアニメの影響で生まれた。


 (ドラゴン)に願いを叶えてもらうために七つの宝を探す大人気アニメに登場した敵キャラは、当時の俺の中二心を歓喜させた。


 そのキャラのような魅力的なキャラを宿敵として据えたかった俺は、当初考えていた魔王を殺すラスボス竜をさらに殺させることでこの宇宙人を真のラスボスに据えた。


 俺はこの宇宙人がいつ現れるか分からない状況を一番危惧して、旅立つことを決めたのだ。





 問題はある。


 未だにこの真のラスボスをどうやって主人公に倒させたのか思い出せないことだ。


 あの頃の俺はもう小説の中で書きたいことを書ききっていて惰性で執筆をしていた。


 面白い漫画やアニメにもたくさん出会ってそれらを見る側でいるのが楽しくなっており、とにかく尻すぼみな終幕だったのだけは記憶にある。


「勝てるのか……?」


 俺は目の前に堂々とした態度で浮かんでいる相手を見やる。


「フッ。気を付けろ、まだこいつは変身を残している」


 タッチは前髪を吹き上げまだその情報は早くないか? という重大情報を教えてくれる。


「……」


 黙るミッチーは何の役にも立たないが、そのうち本当に後が無くなったら笑い死にさせられないか、死なばもろともの精神で試してみようと思う。


「竜……」


 ゲンキッキは魔王がドラゴンに食われたあたりで何故か滅茶苦茶嬉しそうな顔をしたが、その竜も瞬殺されてしまってまた鬱モードだ。


「俺がやるしか、ないのか」


 分かっていたはずだ。


 俺はそのためにここに来た。


 思い出せ。


 思い出せるはずだ。


 この物語は確かに真のラスボスを倒して終わっていて、その展開は間違いなく過去の俺が考えたもの。


 大人になったからって、俺が分からないはずないんだ。


 思い出すんだ、あの頃の気持ちを。


 年齢を重ねたって、本当は、根っこの部分は中学生だったあの頃と何も変わらないんだって、自分が一番知ってるじゃないか。


 この世界に来た時、俺は確かに高揚した。


 ワクワクした。


 大人の自分が感じている羞恥に勝て。


 心に正直になれ。


 俺はこれを、望んだはずだ。





 中二の俺、力を貸してくれ……ッ!





 俺は両足を開き腰を落とすと、右の腰ほどに両手を揃えて合わせた。


「カーーーー」


 この敵なのだ、この技ではないのか?


「メーーーー」


 手の付け根を揃えた形で捻りこむように腰まで引くが、力が集まるような気配は微塵もない。


『オホホホホ、一体何の真似かしらあ?』


 オカマっぽくさらにデフォルメされた真のラスボスがニヤニヤとこちらを余裕で見ている。


 この技じゃない!


 なら何だ!?



 思い出せ!


 俺が好きだったものを!


 中学二年の俺がハマっていた事を!


 大陸ムー!?


 立ち方の奇妙な冒険者!?


 秘密結社!?


 最後の空想!?


 ドラゴン!?


 疼く右腕!?









「ハッ! そうか!!」










 思い出した!


 この、展開を! 中二な俺が考えたラストシーンは、原点回帰!


 中二病の原点へ!!




 俺は指出しグローブを外し放り捨てると、腕に巻かれた包帯を無造作に引っぺがしていく。


 ぐるぐると念入りに巻かれた包帯が煩わしいが、せっせと外していく。


 すると、俺の右腕にはやはりそれが現れた。


「当たりだ!」


 黒く、痣のように腕に這う入れ墨が姿を現し、俺は歓喜した。


 打てる!


 打てるんだ、あの技を!


 右腕が文字通り疼き、自身からぶわっと風が巻き上がる感覚がする。


 前髪が持ち上がり晒された額がムズムズと蠢く。


「オオオオオオオオ!!」


 先ほどの竜のような咆哮を上げ、俺は右腕を宇宙人なラスボス目掛けて突き出した。


「オオオオオオオオ!! くらえ!!」


 その技は、俺が大好きなドラゴンを従える、何より中学二年生に響く技。



 地獄の業火を呼び出し、



 額に現れた第三の目の開眼によって増幅した魔力が、



 己の右腕に刻まれた竜の形をした痣から、全てを焼き尽くす炎となって顕現する。







「邪王! 炎殺!!」























「──────ッ!!!!」

























 俺の叫びと共に飛び出した獄炎の黒き竜が、蜷局(とぐろ)を巻くように空へと飛翔し宇宙人を飲み込んだ。




「グアッ! ア、アア、アアアアアアアアアアアア!」



 宇宙人が断末魔の叫びを上げ、燃え上がる。



「ガアア、お馬鹿さん! お馬鹿さんガァアアアアアア!!」





 叫びを上げた宇宙人は、燃え盛る地獄の業火から逃れられず、やがて黒墨になるまで焼き尽くされた。


























「終わった、のか」


 呆気ない。


 肩で息をしてやっと立っていた俺はやがて危険が無くなったことを理解して不用意なフラグを立てた。


 しかし問題ない。


 この世界は執筆疲れをしていた俺が書いた小説通り、呆気なく幕引きするのだ。


 真のラスボスは変身を残したまま倒れ、復活はしない。


 この世界に平和が訪れたのだ。


「フッ。次に魔王復活があるとすれば、それはこの世界の人々が幸せを忘れた時だろう」

「タッチお前、キャラぶれ激しいな」


 タッチの格好つけた台詞なのか聖職者の予言なのか分からないような発言にツッコミをいれる余裕もある。




 終わった。


 終わったんだ。




 ほっとすると力が抜け、転ぶようにドスンとその場に座り込んでしまった。


 すると俺にそっと近づく影があった。


「竜の(かたき)を取ってくれて、ありがとう」


 見れば、ゲンキッキだ。


 肩を貸そうと右手を差し出してくれている。


 訳が分からず一瞬ポカンとしたが、どうやら真のラスボス登場で瞬殺された竜の仕返しを俺がしたと礼を言っているらしい。


 竜第一主義すぎて怖いが、仲直りのチャンスなのでその手を取っておいた。


 落ち着けば、立ち上がるのにそう苦労はなく、徐々に実感してきた勝利の余韻が胸を震わせる。


 ミッチーもそばへやって来て、俺たちは当時よくやっていたようにお互いの腕と手を打ち合わせて喜びを分かち合った。





 ──ズッ、ズズッ、





 何かが重く這いずる音がしたのはその時で、全員に緊張が走る。


「なんだ……?」


 首の無くなった魔王、消し炭になった宇宙人のその向こう。


 大きすぎる巨体を力なく横たえる竜が蠢いているように見える。


「!?」


 その蠢きが一際大きくなった瞬間、そこから飛び出る影があった。


















「さすがは竜殺しのテツ!」













 どこから出て来てんだモッチヅキサンよぅ!




 相変わらず訳の分からない身体能力で竜の体を突き破って現れたのは完全無欠のヒロイン、モッチヅキサン。


 やはり変わらず可愛く可憐だ。


 ガバっと抱き着かれ、俺は緊張だか混乱だかトキメキだか何か分からない感情でバクバクしたままの心臓に血が巡りすぎて頭が痛い。


「フッ。モッチヅキサンはテツにベタ惚れか?」

「テツは罪作りだなあ」

「竜が! 竜があああああ!!」


 茶化すタッチに、朗らかに笑うミッチー。


 そして再び悲しみに突き落とされたゲンキッキを置いて、モッチヅキサンに抱き着かれたままの俺はどさくさに紛れてガムテープを剥がして喋ったミッチーの発言がツボって腸が捩じれるほど笑い倒すのだった。




「笑いすぎだよ、テツったら」



「フッ。フフフフフフ。フー。フー」

「竜、はは、竜が、はははははは、竜のお腹が、ビリッって、ははははははは」

「もうやめ、っ、ヒィ、アハハハ、苦しい、誰か、ミッチー黙らせろ、アハハハハ」

「竜殺しのテツったら、うふ、ミッチーって本当に面白いわね、うふふ」



 ───世界を脅威から救った竜殺しのテツと仲間たち。


 彼らは手に入れた平和な世界で、幸せに暮らしていく。


 激しい戦闘を終えたその場所では、”ミッチーの何気ない一言で爆笑が起きたのだった”。


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