68.存在
結局、雪は泊まっていった。
心配だから居ると言い張り、ついには添い寝をしはじめ......そして気がつけば先に寝ていた。
うん、普通に寝てたね。
すやすやと眠る彼女の幸せそうな横顔を見て、俺はまたひとつ側にいたいという気持ちと、護っていきたいと言う気持ちが大きくなるのを感じた。
翌朝、先に起きていた雪は俺の朝食を用意してくれていた。
ご飯と、お味噌汁と、目玉焼きに焼き魚......何この人、嫁スキル高くね?
めっちゃ美味かったな......また食べたい。
そうして支度をし、二人一緒に家をでた。
別れ際、無言で差しのべられた両腕と、「ん!」という遠回しの催促を理解し、彼女の体を抱き締めた。
「また泊まりに来るね」、か。
雪の温もりが、彼女の体の......その柔らかい残り香がまだ残っている。
腰は不思議な事に、痛みを感じない。
心が軽い。
この世界には小説のような身体強化する魔法も、特殊能力、チートも無い。
でも、雪の存在が......彼女の笑顔や声が、俺の心を軽くし、強くする。それは魔法や特殊能力、チートのようなもので、それこそ何だってできそうな、そんな気にすらなる。
誰かの為に、強くなれる。
これもある種の魔法だよな、と、そう思った。
落ちてゆく白の結晶に、12月を感じる。
荷物に乗ったそれを平手で払いのけ、待っている人のもとへと急ぐ。
「――すっかり良くなりましたね、腰」
配達から戻ると、金見さんが迎えてくれた。
「お帰りなさい!」
「ただいまです......もう金見さんひとり?」
他に誰かがいる気配はない。
「みんな退社しましたよ~」
「金見さんは......」
俺ももう持ち戻りの荷物の処理と日報を書けばあがれる。
いつもは俺が残業しそうになった時には、金見さんが助けてくれているけど......何かあったのかな?
「ちょっと葉月さんにお聞きしたいことがありまして」
「聞きたいこと......何だろう」
「その、この間の......真城さん」
「ああ、雪」
何だろう、金見さんの......雰囲気が。
彼女の手が服の裾を握りしめている事に気がついたが、俺は素知らぬ顔をしていた。
ここまできてやっと理解する事になる......彼女、金見 春音の心。
自惚れで満身創痍になるのが怖くて、そんなはずないと切り捨てた......あの時の答えが、今。
俺は「見ないふり」が得意だ。
例えば、遠くでしているひそひそ話。
微かに聞こえてくる、誹謗中傷の言葉の欠片。
あからさまな態度、おちょくり人をオモチャにしようとする連中......俺は彼らからどんな風に見えていて、どんな存在なのか。
答えは「そこに在るだけのモノ」
ある者には、いてもいなくてもどうでもよく。ある者には、遊べるオモチャ。ある者には、替えの利く社畜。
存在しているが存在はしていない。
だから、別の世界を作った。俺が俺であるための、壊れないための......
現実は、現実。
俺の世界は、俺の世界。
俺は現実には存在していない。嫌な言葉は聞こえずに、「見ないふり」し、現実を切り離し......俺の世界に想いを馳せる。
そうすれば痛みも苦痛も、和らげることができる。
だからいつしか「聞こえないふり」が得意になっていた......そうしてきた。
ずっとそうしてきたんだ、今までの......今までの俺は。
そして、金見さんにたいしても、知らぬ間にそうなっていたんだ。
けど、この人はこの辛い現実において居場所をくれた。
そのきっかけは偶然で、ちっぽけな俺のドジだったけれど。
彼女はそれを確かに拾いあげてくれたのだ。
だったら......いや、だから「聞こえないふり」はもうやめだ。向き合おう、彼女と。
「――真城さんは......彼女さんなんですか」
瞳が潤んでいる。
こちらを見つめているその眼が、とても美しいと俺は思った。
か細く発せられた声は揺れている。
彼女は何かを覚悟して、その問を言の葉に乗せたのだろう。
「雪は......そうです。 俺の大切な、人です」
胸の奥が、潰れそうな......
そんな
笑顔を、彼女は浮かべていた。
「......そっか」
【とても大切なお知らせ】
少しでも面白い、先が気になる!続きは!?と思って頂けたら、広告の下にある
☆☆☆☆☆で評価して応援していただけると、執筆へのやる気につながります!
ブックマークもと~っても嬉しいので、よければお願いします!
皆様、いつも読んでくれてありがとうございます!!
たくさんの評価とブックマークとPV、励みになってます!長々とすみません。




