22.月夜のハーデンベルギア ③
「本当に居なくなったの? トイレとか、それか浴室は?」
捜しているとは思うが一応きいてみる。
『ううん、居なかった......お酒の空き缶が二つテーブルにあったけど、酔っ払ってどこか行っちゃったのかな』
あ、その可能性は高いかも。お酒がなくなって買い出しにでたとかは有り得る。同居している妹になにも言わないで出ていくんだ。近場のコンビニとかが濃厚かな。
「そうかもね。 もしかしたら......コンビニとか?」
『あ、かもしれない! でも、お兄ちゃんお酒弱いんだよね。 多分出掛けたなら、ふらふらで帰ってこれないかも』
「マジでか」
『私、ちょっとさがしてくる。 ごめん、また今度お話して』
「わかった。 真城さんも気を付けてね」
『うん、ありがとう! 戻ったら連絡するね』
「うん」
その時、通話口の向こうでサイレンが聞こえた。
――プツン。
「サイレン......」
スマホの画面に映る時計に目をやる。23時16分。女の子が一人で出歩くのはちょっと心配だ。
けれど、俺にはどうする事も出来ない。外ではサイレンが鳴り続けていた。
「なんだろう、近いな」
そういや真城さんの方でもサイレン鳴ってたよな。もしかして、近くに住んでる?......いや、あり得ないな。たまたまだろ。俺、真城さんが心配で気が動転してる。
真城さん、大丈夫かな。お兄さんすぐ見つかると良いな。
通話で話した通り、俺にも妹がいる。しかし真城さん兄妹のように仲良くはない。俺が実家暮らしだった頃はいつもケンカばかりで、俺が家から出ていく事が決まった日には「あ、あんたなんか別にいなくても良いわよ! せーせーするわ!」と言われてしまう始末。
しまいには涙を浮かべていて、泣くほど嬉しいのかと心を痛めた記憶がある。昔はおにいたんおにいたんと、俺の後をくっついて回る可愛い妹だったのに。
いいなぁ、仲良しの兄妹。俺にも真城さんのお兄さんみたいな面倒見の良い兄弟がいたら、こんなふうに30過ぎで契約社員なんてやって無かったかもしれないな......なーんて、人のせいにして現実逃避して。虚しいな。......でも、お姉ちゃんが良いな。どっちかというと。めっちゃ甘やかされたい。
そんなアホな妄想を頭のなかで繰り広げていると、玄関に気配を感じた。
......あ。
みると、玄関の方に誰かがいた。体が淡く光り、ふわふわと浮いている。
彼の名は、ノア......俺の小説の主人公が、そこにいた。
扉の前でニコッと笑う彼は、ドアノブに手をかけ俺を急かすように、こちらを見つめている。
「......ノア......?」
いつかのように現れる幻影、彼の世界の英雄。
「――わかった、行こう」
急いで外へと出る仕度をする。もしかしたら、俺の頭はずっと前からおかしいのかもしれない。
度々現れる彼の幻影。幻、幻覚、幻影......しかし幾度も彼には助けて貰ってきた。
だから別に行く先に何があろうとも、何もなくとも構わない。おそらく無駄足だろう。けれど、もし、もしも、この先に......誰かが居るのなら
――奇跡的に俺と彼女の世界が交わっていて助けになれるなら、助けたい。力になりたい。
押さえられない気持ちを胸に、見たことも会ったこともない人を捜しに、俺は家を飛び出た。
ノアに手をひかれ、夜の町を走る。
◆◇◆◇◆◇
コンビニからコンビニへと渡り歩き、真城さんのお兄さんを捜す。
今手元にある情報は、「コンビニ」と「酔っ払った男」。しかも彼はアルコールに弱く、それも歩けるかわからないくらいに酔っているらしい。......とにかく近場のコンビニをしらみ潰しに行くしかない。
真城さんから連絡はない。ってことはまだ真城さんも捜し回ってるに違いない......俺も出来ることをする。したい。例え的外れな行為でも。
「見つかるまで捜すぞ、ノア」
隣のふよふよ浮いてるノアが笑顔で頷く。
道中すれ違う人達で確信したが、やはりと言うべきかノアは回りの人には見えてはいないようで、俺だけに見えている。
これが職業病ってやつなのかな......小説は趣味だけど、妄想癖が極まるとリアルに投影されてしまうのか?しかし、俺にははっきりと見えているから、不思議な気分になるな。
淡い光に包まれている、小説の主人公、ノア。俺の相棒で、ヒーロー。
五軒目のコンビニから出たところで、真城さんからメッセージが着ていることに気がついた。
『見つからない、どこ行ったんだろう』
文面からも不安な気持ちが伝わってくる。俺が側にいたら......一緒に捜してやれるのに。言い様のない悔しさが心の底からわいてくる。
メッセージを返す。『一度家に戻ってみたら? お兄さん帰ってきてるかもしれないよ』
時計は0時36分を回っていた。
「......警察に相談するよう言った方が良いのかな」
ちょいちょい
下を見ると、ノアが服の袖を指で摘まみ、引いていた。
「......? どうした?」
ノアが指差す公園のベンチ。そこには缶を片手に座り込んでる人がいた。
髪が少し長めで、うつむいているがメガネをかけた男だとわかる。
真城さん?と声をかけそうになり、すんででやめた。もし真城さんだったら急に知らない人に名前を呼ばれる事になるのだから、間違いなく怖がらせてしまう。
でも真城さんだという確認は必要だ。だから、とりあえず声をかけよう。
俺はゆっくりと歩み寄った。
「あのー......大丈夫ですか?」
声をかけられた男は、びくっとしてこちらに顔を向けた。
「え......だ、誰ですか......?」
彼に近寄ってみてわかったのだが、スマホで曲を聴いていた。聴いたことのあるメロディー。この曲は......
「あ、俺は葉月って言うもので、何だか具合が悪そうだったから大丈夫かなって......急にすみません」
「あ、ああ......すみません。 少し酔っているだけですから......大丈夫」
大丈夫じゃなさそう!横に置いてあるコンビニ袋の中にある酒、三本あるけど全部空いてるし。この人そうなのかな......どうにか真城さんのお兄さんか確認せねば。確認......そうだ、曲。
「......その曲、VTuberの白雪ましろさんの曲......『ハーデンベルギア』ですよね......?」
「え? あ......はい。 この曲、知ってるんですね。 あなたもVTuberがお好きなんですか?」
「はい! 白雪さんは最近知ってファンになったばかりですが。 良い曲ですよね、メロディーが透き通るように心に染み渡る」
「......ああ、妹も同じ事を言ってたな......透き通る透明感のある曲だって......」
「妹さんもVTuberが好きなんですね」
「好き、と言うか、まあ」
この人、多分......きっとそうだ。でもまだ、もう少し。確証が欲しい。
「......俺も妹がいるんですよ。 性格的に相性が悪くて、仲良くはないんですけど。 逆にあなたと妹さんは仲が良さそうですよね。 VTuberっていう趣味が同じみたいだし」
真城(仮)さんは溜め息を吐き出し、ゆっくりと喋り始めた。
「......まあ、仲は悪くない、かな? 多分」
「多分?」
「......もしかしたら、今まで悪く無いように見えていただけかもしれない」
そう言う真城(仮)さんの瞳は闇を映し沈んでいた。彼の見据える先には何がある?
「......さっき、妹とケンカをしたんです。 その時、お兄ちゃんには私の気持ちわからないって言われて」
ケンカ......てか、それ俺も言われたことあるわ。キツいよね。
「......そうだ。 妹はきっと心の底で、口にはださないだけで俺を恨んでるんだ......」
「恨む?」
頷く真城(仮)さん。一口手に持つ酒をあおった。
「俺は、妹の人生を狂わせた奴だから」
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