12.日常の花
「「「お早うございます」」」
眠い目を擦りながら今日も1日が始まる。目まぐるしく回るも濃厚な勤務時間。それはあまりに忙しすぎて体感的に一瞬にも感じる。
けれど、疲労とストレスまではそうはいかずしっかりたまるのだ。
「おい、葉月! お前、あくびしてんじゃねえぞ」
む、この傍若無人な物言い、槙村か。
「すみません」
「すみませんじゃねえ! そんなだから仕事おせーんだろが! 頭から水かけ流してやろーか?」
手にもった水入りのペットボトルをゆらゆらと振る、槙村。
「すみません、それはやめてください。 風邪ひいたら仕事にならないです」
「風邪でも働けよ!」
「槙村さんは風邪でも配達行くんですか?」
「はん! 俺は風邪なんざひいたことねえよ」
あー、こいつ風邪ひきそうに無いよな。なんかいつも直情的で愚直な感じが滲み出てるし。つまり、馬と鹿......馬、鹿は風邪ひかないってやつね。
「......ああ、何とかは風邪ひかないってやつね。 ――あ」
あ、やべ、口に出てた。
「ちっっっっげええよ!!? おま、俺が馬、馬......てめ、てめえええええ!!!!!」
「ふふっ」
槙村の背後から可愛らしい笑い声が聞こえた。見ると、女性配達員の人が口に手を当てて、小刻みに震えている。笑っているんだと思う。だってクスクス聞こえるし。
「ええええ......え? ちょ、ちょっと、笑わないでくださいよ~金見さん」
「ふふふ、すみません。 だって、葉月さんがあんまりにも綺麗にかえすから。 漫才みたい。 ふふっ」
漫才!?
「くっ、葉月のせいで笑われちまった......ん? おい!
葉月! なに見てんだよ、早く配達いけよ!」
......。
「......はい」
不思議だ......なんだこれは。
配達用の車に乗った時、窓ガラスをコンコンとノックする音が聞こえた。帽子をかぶった黒髪のポニーテール。さっき笑っていた金見さんだった。
「......えっと、なにかありましたか? 忘れ物?」
「いえ、これ、食べてください」
手をちょいちょいと出すように促され、俺は手を出した。
その手のひらに落とされたのは飴玉が二、三。
「しゅわしゅわのです」
「......しゅわしゅわですか。 ありがとうございます」
にこにことしている金見さん。年齢は21で、会社でもお客様にも人気のある女性。優しい目をしていて、小柄で胸も大きい(セクハラ)。でもこの人も今までは俺がなにをされようと見てみぬふりしてたんだよな。おかげで美人で可愛らしいがなんとも思わない。
......んで、急にどうしたんだ?
「葉月さん、最近かわりましたね。 雰囲気が明るい」
「え」
「何か良いことでもあったんですか?」
「良いこと......ま、まあ」
「ふふ、その調子です。 運転気を付けて......あ」
彼女は不意に耳元に口を近づける。そして淡い声で囁いた。
「小説、すごく楽しかったです......メモ帳、こんどは捨てられないでくださいね」
「え!?」
ひらひらと手を振り去っていく彼女を、俺は呆然と眺めていた。あのメモ帳を袋にいれて、しかも綺麗にしてくれたの金見さんだったのか。びっくりした......急だったからお礼も言えなかった。
雰囲気が明るい、か。そういえば、さっきも槙村にいびられた時もそれほどストレスに感じなかった。
何でだ......何で、こんなに心が軽く感じるんだ。
ふと思い浮かぶ、白雪ましろさんの声。彼女との会話。
白雪さんと初めて通話してから、後日、俺達は何度か通話した。色んな話をして、お互い好きなアニメやラノベ、ゲームが似ていていつも話は弾んだ。
それは白雪さんがVTuberだから雑談が得意だからなのか、それとも......また別の要因があったからなのか。いずれにせよ、俺は彼女と話すのが楽しみになっていた。
本当に不思議だ。人との会話ひとつでこれ程世界は変わるのか。もっと白雪さんと話がしたい。
......仕事、頑張るか。
気持ちを新たに配達先へと俺は向かった。
ふと腕時計を見る。時間、間に合うか?指定された時間にぎりぎり間に合うか間に合わないかの時、コンビニへと入った。買い物が目的ではなく、配達物がありそれを届けにきたのだ。
「......っ、あっぶ! きゃあ」
背後で女性の声がした。見るとピンクのパーカーの女の子が躓いたようで買い物かごの中身をぶちまけていた。
「大丈夫ですか!」
「って、て......だ、大丈夫です......ごめんなさい」
「痛いとこ無いですか?」
「ない、です。 スミマセン......あ、お仕事中......? ごめんなさいごめんなさい!!」
「大丈夫、気にしないでください! ひとまず落としたモノかごに戻しますね」
ひょいひょいとこぼれ落ちた商品達をかごにもどしていく。お菓子とかカップ麺が多いな。大丈夫か?
結構若そうな人だけど心配......って、今気がついた。この人めっちゃ綺麗だ!
少しつりあがった目がクール美人な印象。けれど、声は柔らかく優しい、引き込まれそうな魅力のある声色......こんな美しい人いるんだな。まあ、30過ぎのデブったおっさんには関係ない事だが。
「これで全部かな? はい」
「本当にありがとうございました......」
「?」
不思議そうに此方を見ている。何だ?......あんまり見ないで欲しいんだが。コンプレックスのかたまりのこんな容姿。
「......あ、いえ......あなたの声が最近お話している人と似ていたので、何ですかね、思いだして......。 す、スミマセン、失礼しました......ほ、本当にお時間、大丈夫です?」
「......あ、あー......うん、大丈夫です! でももう行きますね! それでは!」
時計を見て青ざめる。完全に指定時間遅れてーら!大人しく怒られよう。人助けとか、お客様からすれば関係ないしな。本当にごめんなさい。
「けど......」
あの優しくて心を掴む声質。感じは違っていたけど、白雪さんと似ていたな......いや、まさかな。
俺はそんな事を考えながら、薄暗い街中車を走らせた。
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