1.社畜
よろしくお願いします。
「――おい! いつまでかかってんだ!」
「......すみません」
職場内に響き渡る怒鳴り声。
俺、葉月 一樹は今とてつもなく修羅場っている。
「槙村くんを見てみろ! お前より遅く出ていったにもかかわらず、とっくに配達を済ませて帰ってきてるぞ!」
「すみません」
配達からの帰りが遅くなったのには理由がある。配達中にお客様からの苦情が入りそれの対応に追われていたのだ。その苦情とは荷物が放置されていたと言うものだった。
荷物は雨に濡れ、お客様にはかなりのお叱りをいただいた。ちなみに昨日放置されていた事から、担当は槙村だと推測される。
「おい、何とか言え葉月! 反省してるのか!? ちっ、明日からはしっかりやれよ! まったく、何も喋りやがらねぇ。 この根暗やろうが......本当、お前は何考えてるのかわからない奴だな」
上司は理由を説明したところでその怒りを静めることは無い。それはここで契約社員として入社し、三年も経った今では嫌でもわかることだった。
この人はただただストレスを俺で発散したいだけなのだ。だから言い訳をせず、やりすごす。
「まーたやらかしたんですか、葉月さん。 毎日毎日ほーんとおもしろっ(笑)」
槙村が半笑いで寄ってきた。笑えるネタの匂いを感じたのだろう。こいつ、誰のせいで怒られてると思って......いや、やめよう。言っても恐らく槙村は「そんなの知らねえし」で終わる。
前にも同じような事が何回かあったが、正社員の槙村と契約社員の俺と言う力関係が働くのか、小馬鹿にしたようにあしらわれる。
もう面倒だ。そう思い俺はいつも通り、「聞こえないふり」をする。
「おいおい、正社の俺を無視すんなよ~。 お前さ年下の俺が仕事出来るのが妬ましいんだろ? あとイケメンだし」
え、そんなイケメンでもないやろ。
「まあ、あんたぶっさいしなぁ。 なにその髪型? 伸ばしっぱなしで眼鏡に前髪かかってるし。 それに何よりその腹(笑) やべーだろその腹は!」
俺も......こんな風になんてなりたくなった。けれど、ストレスまみれの俺には食べる事くらいしかそれを解消する術が無かった。
そのせいでふくよかを越え、えぐい程に貯蓄された脂肪。最近では動くと息切れする。膝も腰も痛い。
「そんなだからいつまでも契約社員なんだよな。 もっと頑張って痩せて身なり整えたら? 基本でしょ基本! 社会人の、きーほーん! まじ清潔感ねーとさぁ......あ、おい、どこいくんだよ? また逃げんのか~」
これが俺の処世術。「聞こえないふり」をし場を離脱する。
そして、痛みを感じている心をこれ以上苦しまないように、トイレに籠って胸の奥深くへと想いを隠すのだ。だが、決して何も感じないようにできる訳ではない。
所詮この痛みや苦しさから目をそらすだけの、遠ざけるだけのその場しのぎの行為だ。
こうして、苦しくも辛い日々をやり過ごしながら、おそらくは幸せな家庭を持つ事もなく一人寂しく逝くのを待つのだ。まあ、このまま暴飲暴食を続ければ少し早く楽にはなれるかもしれないけれど。でも孤独に死ぬのは嫌だなぁ。
現実は辛い事ばかりだ。必死に勉強してどれだけ努力しても運が悪いと全てが無駄になり、そして時と共に若さは失われオジサンと言われ、見向きもされなくなる。
そして、残るものはちっぽけなプライドに支配された思考と、老いて動かなくなりつつある肉体。更にはぶくぶくと醜くでる腹と、後悔、疲労感、暗い未来。
前に、一度だけ奴らをネットでさらして死んでやろうかと思った事があった。しかし、いざ実行しようとした時、そんな勇気もない事を思い知らされた。情けなすぎて逆に笑えてしまう。
ただただ日々が無事に無難に平和に過ぎ去る事を第一に念頭に起き、不利益がもたらされてもそれが天秤で「楽」「平穏」に傾けば目を瞑りまた心を隠し、従う。
心がもう「死にたい」と囁き、体がまだ「生きたい」と動く。そうやってゆっくりとそして目まぐるしく、人生を不毛に無価値に浪費していくのだ。
「......あ、葉月さん、いたいたー!」
トイレから出ると、女性社員が話しかけてきた。どうやら俺を捜していたみたいだ。
「トイレットペーパー切れていたので今度買ってきてください~。 あと、給湯室が汚れてるので清掃しといて下さい、急ぎで!......それと配達車の清掃も忘れずに!」
「......わかりました」
「な、何ですかその目? セクハラ? 文句があるのなら槙村さんに言ってください! あの人の指示なんですから!」
そう言うと女性社員の宮本は足早に通りすぎていく。すれ違い様「はぁ~、きもっ」と溜め息をはいて睨み付けて行った。
......。
「......今日も遅くなるな」
時計は19時を回ろうとしていた。配達担当の俺の定時は17時。ここから給湯室を綺麗にし、六台もある車を全て清掃をするとなると21時は越えそうだ。
車は乗った奴がそれぞれ清掃するはずなんだがな。何故かいつの間にか俺の担当になっていた。さっき女性社員が言っていたとおり槙村の仕業だ。
奴は色々な雑務を俺に片っ端から押し付けていた。それ故に会社全体の作業能率があがりはしたが、当然俺の仕事量はとんでも無いことになっていて、残業をしない日は無かった。勿論、サービスな残業で、俺の残業代はブラックな会社の暗闇へと吸い込まれる。
「......でも、頑張らなきゃな。 働かなきゃ」
そして、俺は疲れなのか脂肪なのかわからないけれど、妙に重く感じる体を引きずり、まずは給湯室かと歩き始めた。
ああ、早く帰りたい。
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