陽気な死神と陰気な芸人
「どうも~! この度、冥界からあなたの人生の終わりを告げにやってまいりました! 死神の刈御霊で~す!! お名前を伺ってもいいですか?」
「……どうも……蔭ノ裏です……」
「うーん……突然お邪魔した身でありながら、こういうことを口にするのもなんだけど、ここまでリアクションが薄い人は初めてだよ、蔭ノ裏さん? いきなり死神が現れたことに驚いて腰を抜かすとか、死が目前に迫っていることに怯えて泣き出すとか、もう少し反応があってしかるべきなんじゃない?」
「……申し訳ないです……とても陽気な死神さんですね……」
「それは確かによく言われるんだよね! こういう仕事柄、どうしても陰惨なイメージがついちゃうでしょ? だけど死神でも心はちゃんとあるわけだから、意識的にテンションと口角上げていかないと、精神を病んで退職しちゃう子も多いんだよ!」
「……なるほど……死神稼業も大変なんですね……」
「うんうん! 分かってくれて嬉しいよ! それで、君は、どんなお仕事をしているの?」
「……芸人です……」
「へえ! それは驚いた!! いやあ、私も大概職業と性格がミスマッチ、むしろデスマッチだなあとは思っているけど、君の意外性には全くもって敵わないよ! それじゃあ、なかなか売れないことへの絶望なんかが動機ということになるのかな?」
刈御霊は蔭ノ裏の右手に握られたロープをじっと見つめています。
「……いいえ……こう見えても割と人気なんです……こんな陰気な人間がお笑いをやっているってのが、却ってお客さんにとっては面白いみたいで……」
そういってスマホを差し出す蔭ノ裏。画面には数十万回再生されている彼の動画が映し出されています。
「へえ~! 君には驚かされてばかりだね! でも、それなら何で死のうと思ったんだい?」
「……何だか無性に腹が立ってきたんです……僕は、こんなに暗くジメジメとした辛気臭い毎日を送っているのに、僕を見て大笑いしている観客達はとても楽しそうで、世の中は何て不公平なんだろうって……」
「普通、そこは芸人としての喜びを感じて、前向きに生きていこうと決意する場面じゃないかと思うんだけど……まあ、受け取り方は人それぞれなのかもしれないね」
「……それで、刈御霊さんは僕を殺すんですか?」
「結果的にそうなるのかな? 君の同意があればだけど。昔は死神も随分無茶をやっていたらしいけれど、最近は世間がコンプライアンス違反に厳しいからね! 基本的には自殺志願者のもとに現れて、彼らから同意を得たうえで、その寿命を回収させてもらうという手続きになっているんだ!」
「……死神も人間も生きていくのは大変ですね……じゃあ、よろしくお願いします……」
「本当にいいんだね?」
最終確認を行う刈御霊に、蔭ノ裏は無言で頷きました。
「……あ、最期にどうしても伝えたいことが……僕、あなたのことが好きです……」
「…………うん? …………はあ!? ……ちょっと何言ってるんだよ!? 君は、こんな時にふざけているのか? 芸人だからって冗談きついぞ! それとも、まさか死を恐れて私を懐柔しようとしているんじゃないだろうね!?」
「……いえ、僕は今まで人を好きになったことなんて一度もなかったのですが、刈御霊さんを一目見たときからすっかり夢中になってしまいました……人生の最期にあなたに出会えて、しかも、あなたのお役に立つことができて、僕は最高に幸せです……」
「……えええっと……そう言ってもらえるのは、私だってすごく嬉しいよ! ……でも、物事にはタイミングってものがあるだろう!? さすがに私も告白された相手の魂を『嬉しいわ! まあ、ありがとう! さようなら!』ってテンポよく刈り取ったりできないよ!! ……はあ……人間相手にここまで翻弄されたのは初めてだ……」
深い溜息をこぼす刈御霊。
「……それなら、逆に刈御霊さんの魂を僕に預けてくれませんか?」
「……ひょっとして、プロポーズのつもりかい?」
「……はい……幸せにする自信はありませんが、笑顔の絶えない家庭にする努力は精一杯するつもりです……」
「せめてその台詞だけは満面の笑みで言ってくれないと説得力がないよ! ……こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします……」
最後の台詞と同時に二人が頭を下げると、観客達は割れんばかりの拍手喝采を送りました。こうして夫婦漫才コンビ『陽気な死神と陰気な芸人』の初舞台は大成功のうちに幕を閉じたのでした。






