第8話 週末の予定
早めに書き終わったから、速めの投稿
「結局一睡もできなかった」
あくびを噛み殺しながら独り言ちる。どっかのバカが頓珍漢なことを言い出したせいで、ギンギンになってしまったとても寝れる状態じゃなかった。いや、ギンギンになったのは目だからな。変な勘違いすんなよ。
剣道の朝練も終わり校舎に向かって歩いていく。うちの学校の武道場は校舎から少し離れた場所にあって、そのせいでわざわざ外靴に履き替えないといけない。
面倒臭くはあるけれど、その分だけ広いスペースを練習場所として使えるため不満はない。
「……またか」
靴箱を開けると、可愛らしい封筒に入った手紙がスリッパの上に乗せられていた。俗にいうラブレターと呼ばれる類の手紙ではあるけど、封筒の裏を見ても差出人の名前は書かれていない。
「どうしたもんかな……」
教室に入って封筒から便せんを取り出す。女子らしい丸っこい文字で思いのたけを書いてくれているのだが、やはりどこにも名前がない。
こういった名前のないラブレターというのは、正直なところ迷惑でしかない。なんか一部の男どもを敵に回しそうではあるが、差出人不詳の手紙で呼び出されていると考えたら怖くないか?
俺はまだ恋人を作ろうとは思っていない。だからいつものように手紙を手でビリビリに破って、ゴミ箱に処分する。
「相変わらずだね、観上くん」
背後から声をかけられる。栗色の髪をポニーテールにまとめた少女、下澤花梨だ。
「勇気を出して手紙を出したかもしれないのに、捨てちゃうのは可愛そうじゃない?」
「うるせえ」
まったくのド正論だ。可愛そうといえばかわいそうである。俺が当事者でさえなければ。ほぼ毎日のように来る手紙にいちいち対応していたら、キリがない。これは下澤も同じはずだ。
「下澤こそいちいち対応してんのか?」
「え、してないけど? これが女の子なら別なんだけどね」
やっぱりしてないのかよ。
下澤花梨はいわゆる学園のマドンナとかいうやつであり、かなりの人気を誇る高嶺の花である。そして学園のマドンナということは、俺の比じゃないくらいにラブレターをいただいているそうだ。実際に見たことはないけど。
ちなみに俺がこうして話していても呪い殺されない理由は、高校1年のときに俺と下澤が学年1位を取り合うライバルだったからだ。今は違うけどな。
それは置いといて、スマホに通知が来ていることに気付く。どうやら宙の親父さんからメールが来ていたようだ。内容としてはお金を振り込んだ、とのことだ。
ただ、ここで問題が1つ発生した。俺は普段スマホのロック画面は有名なひまわりの絵画にして、万が一誰かに見られても大丈夫なようにしている。それはつまりホーム画面はあまり人に見られたくないわけで、思いっきり下澤の前でやってしまった。
「え、何この子かわいい!」
ひょいっとスマホを取られた。俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
ホーム画面に設定していたのは、つい出来心で撮ってしまった宙の寝顔である。それをよりにもよって下澤に見られてしまった。
「もしかして彼女?」
「……違うけど」
「じゃあどういう関係なの? 寝顔の写真を撮れるってことは、かなり親しい間柄よね?」
どういう関係と聞かれて、思わず昨夜のペット騒動を思い出してしまった。いやいやいや、流石にそれはない。宙がペットなら俺はご主人様か、なんて一瞬たりとも考えたりはしていない。
「ただの幼なじみだよ。訳あって今は俺のところに来ているだけで」
「同棲してるの?!」
ああ、やっぱり喰いついてきた。
「一応確認しておくけど、本当に恋仲じゃないの?」
「ああ……違うよ」
片思いかぁ、なんてつぶやいているけど、俺が宙に恋をするなんてことはあり得ないから。そう、あり得ちゃいけないんだよ。俺はあいつのことを守らなくちゃいけないから。
「会いたい」
「は?」
「今度の週末予定開いてる?」
やっぱりこうなった。だからこいつにだけは見られたくなかったのだ。大多数の男子たちは知らないことだが、下澤には百合っ気があり、大の美少女好きなのである。
「でも宙にも聞いてみないと……」
「なるほど宙ちゃんって言うのね!」
あ、やばい押し切られそう。なんだって俺の周りにいる女子(宙を女子にカウントしていいのか?)は押しが強いやつばっかなんだろう。
「ねえお願い。着せてみたい服があるの!」
服と聞いて思い出したことがある。そういえば宙は服を一枚も持っていなかったな。今も俺のTシャツだのパーカーだのを貸してる状態だ。宙もいづれは他人と接するのに慣れてもらわないと困るわけで……苦渋の決断だが、許せ宙。
「じゃあ、いらない服を提供してくれるなら……」
不思議そうな顔をしていたが、すぐOKをもらうことができた。まあ普通に考えたら自分の服を持っていないという状況は想像できないわな。
「土曜にする? 日曜にする?」
「日曜なら部活もちょうど休みで空いてる」
「了解日曜日ね」
その後、週末に知らない人が訪ねてくることを知った宙が発狂するのは、また別のお話。
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